7 お土産のワッフルとレジナルドの乱心
ソフィアにワッフルをお土産に買った。なかなかいいお値段だったから、気兼ねされないようにソフィアの分だけだ。気に入ったらソフィアが魔法卿たちの分を取りよせるだろう。
「今日は楽しかったです。また遊んでください、お姉様」
「ふふ。機会があればぜひ」
スピラがなぜ彼女たちから懐かれたのかはわからないけれど、親しい人間が増えるのはいいことだ。年齢的には子どもに見えているだろうから、前の時に自分をかまってくれていた感覚に近いのだろうか。
(師匠はやっぱりお人好しでいい人なのよね)
師弟として一緒にいた時間が懐かしい。
「……じゃあ、この子たちを送ってくるね」
「あれ、スピラさん、あまり楽しくなかったですか?」
ちょっと元気がなさそうに見える。
「え、そんなことないよ?」
「そうですか?」
少し心配だけど、本人が聞かれたくないなら無理に聞かないでおくことにする。
ペルペトゥスはスピラについて行くとのことで、いったん三人で魔法卿の邸宅の庭に作った拠点に戻る。
「スピラからはワッフルと、後から追加で水筒をもらったが。どうする?」
「うーん、どうしようね?」
「二人ともいらないんですか? なら、ワッフルは一緒にお土産にしましょうか。あ、でも、魔法卿たちが三人にソフィアさんだとひとつ足りないですね」
二人が机に出したものと自分が買ってきたお土産をひとまとめにしたらルーカスが渋い顔になった。
「あれ、やっぱり食べたいですか?」
ひとつ返したけれど、苦笑される。
「まあ、この家の中で食べるぶんには大丈夫なんじゃないかな。いいよ、一緒にお土産にして」
「そうだな。自分もそれでいい」
「ちょっと怖いもの見たさで効果も見たいしね」
「効果?」
「ううん、こっちのこと」
使用人に、ソフィアにお土産を渡したいと伝えると、すぐに通された。乳母やベビーシッターと一緒に子どもたちをあやしていたようだ。
「お帰りなさい、ルーカスくん、オスカーくん、ジュリアちゃん。ちょうどみんな寝たところなの」
小さく柔らかな声でソフィアがささやく。
「ソフィアさん、いつもお疲れ様です。あの、これ、一部は貰いものなのですが。流行っているらしくて、おいしかったので、お土産です」
「あらあら、ありがとう。ちょうど疲れていたから、さっそくいただきましょうか」
「あ、ソフィアさん。それ、魔法卿の前で食べてほしいかな」
「エーブラムの前で?」
ソフィアが不思議そうにしつつ、魔法卿に連絡魔法を送った。今日も休日対応をしていたようだが、ちょうど帰り道とのことで、すぐに着くそうだ。
お茶をいただきながら帰りを待つ。
「ルーカスさん、魔法卿がいた方がいいんですか?」
「おいしいものは好きな人と一緒の方がいいでしょ?」
「そうですね」
珍しいものをもらったらオスカーと一緒に食べたいし、一緒の方がおいしい。全面的に同意だ。
「お師匠様たちの分は残した方がいいでしょうから、私とエーブラムで半分こかしら」
「すみません、中途半端な数で……」
「あら、いいのよ。エーブラムはそんなに甘いものを多く食べないし、お師匠様たちも居候で、あなたたちと立場は同じなのだから気をつかう必要はないわ」
「ラシャドさんは?」
「子どもたちの冬の服を頼む店に生地を見に行ったわ。持ってきてもらえばいいと言ったのだけど、全部は持ってこられないだろうから見に行った方が早い、ですって」
「ふふ。お父さんしてますね」
「そうね。はしゃいでいて、十歳以上若返ったみたい」
「長生きしてくれるといいですね」
「ふふ。そうね」
話していたところに魔法卿が入ってきた。その後ろに先代の姿もあって、背中に緊張が走る。
「お帰りなさい、エーブラム。お疲れでしょう? ジュリアちゃんたちのお土産、一緒に食べない?」
「甘いものか? 俺は味見程度でいいぞ」
「ふふ。なら私と分けましょうか」
ソフィアの言うとおり、魔法卿は一人でひとつは要らなさそうだ。数が合ってホッとする。
「己ももらっていいのか?」
「ええ、もちろん。どうぞ」
先代レジナルドが言って、ソフィアから一箱受けとる。
「ちまたで流行っている菓子だろう? 気になっていたんだが、男が買い求めるものではないからな」
そう言って口にするレジナルドはことのほか嬉しそうだ。
(ちょっとはかわいいところがあるのね)
男が買うものじゃないというのはレジナルドらしいけれど、顔や性格に反して甘いものが好きなことには少し好感が持てる。
「あらあら、おいしい」
「悪くないな」
ワッフルを食べながらソフィアと魔法卿が顔を見合わせる。
「……ソフィア」
「なにかしら? あなた」
「その、なんだ……。なかなか一緒にいられなくて悪いな」
「あら、ふふ。いつもおつとめご苦労さまです」
(何かしら、このラブラブオーラ……)
ソフィアと魔法卿は確かに仲がいいけれど、人前でそういう雰囲気になるタイプではなかったはずだ。
「二人ともなかなか一緒に休めないんでしょ? 休憩してきたら?」
ルーカスに言われて、二人がもじもじしながら連れだって出ていった。ういういしくて新婚のようだ。
「この菓子はワッフルと言うのか。なかなかうまい……、……ん?」
レジナルドがほとんど食べ終えつつ、自分の顔を見て止まった。
(顔に何かついているのかしら?)
「ぁ」
ルーカスがしまったというかのように声をあげる。
「ジュリア・クルスと言ったか」
「はい、ジュリア・クルスです」
最初に会った時に名乗っていたはずだ。今更名前を聞かれる意図がわからない。
「年上をどう思う?」
「はい?」
何を聞かれているのかがまったくわからない。いったいどうしたというのか。
「娘か、早ければ孫に近い歳の女に惹かれる気持ちはまるでわからなかったが。これはなかなかどうしてアリかもしれん」
「あの、おっしゃっている意味がわからないのですが」
「行こう、ジュリアちゃん。レジナルドさんはきっと、お菓子がおいしすぎてご乱心なんだよ」
「阿呆。そんなわけがあるか。こんな気持ちは別れた彼女と出会った当初以来だ」
(おつきあいしたことはあったのね……)
ソフィアが、レジナルドに愛情を持っている人はいないと言っていたけれど、一時的にはそういう経験もあるようだ。
「あの、レジナルドさん。自己紹介の時に言ったかもしれないのですが、私の婚約者はオスカーです」
「ああ、そうだったな。冠位でもない一介の魔法使いより、己の方がいい暮らしをさせられるぞ?」
「はい?」
いよいよもってご乱心だとしか思えない。
「ジュリア、行こう。まずはここを離れてルーカスとスピラを問いただすところからだ」
オスカーに手を引かれる。
(ルーカスさんとスピラさん???)
二人がどう関係しているのかがわからない。わからないことだらけだ。
「行くな、ジュリア・クルス」
反対の手をレジナルドにつかまれる。オスカーのような、力強いのに優しい感じではない。どこか力任せで痛みを感じるつかみ方だ。
「離してくださいっ」
「イヤだと言ったら?」
「あの、本当に。離してほしいのですが」
「会えない時間が長くなると、会っている時もケンカばかりになるんだ。だからもし次があったら絶対に手放さんと決めていた」
「勝手に決めないでくださいっっ」
必死にふりほどこうとしているのに、レジナルドの手を外せない。
「アイアン・ソード。……ジュリアを離せ」
オスカーがレジナルドの喉元に剣をつきつける。と、レジナルドが不敵に片方の口角を上げた。
「なんだ、やるか? 青年。女をかけて決闘というのはわかりやすくていい」
「何をしておるんぢゃ」
部屋を出ようとして扉を開け放っていたからか、通りかかったらしいラシャドの声がした。
「ラシャドさん、助けてくださいっ、レジナルドさんがおかしいんですっ」
「ふむ。このアホ弟子がっ」
状況を見たラシャドが、手をつかむレジナルドの手をピシャリとひっぱたく。レジナルドが反射的に手を引っこめてくれて解放された。
「しかし、師匠」
「しかしもかかしもないわ。女性には優しく接しろとあれほど言うたぢゃろっ」
そのままお説教モードに入ったラシャドに場を任せて、そそくさと庭の拠点へと戻った。




