6 [ルーカス] スピラのたくらみ通りにはならない
先代魔法卿レジナルド対策のミッションは、誰も傷つかない方法でレジナルドを中央魔法協会から遠ざけることだ。
仕込みの連絡はすぐに送った。しばらくは返答待ちをして、何度かやりとりをすることになるだろう。
レジナルドがいる間は最後の祭壇に行けないし、空間転移もできるだけ避けたいため、時間が空いた。
中央魔法協会の魔法卿の執務室で、魔法卿付きという名目通りの仕事をしながら、他の時間は少し育児の手伝いをして、何気ない日常を過ごしている。
(スピラさんとペルペトゥスさんと一緒にいる時間はだいぶ減ったかな)
ダークエルフとエイシェントドラゴンの二人は正体を知られるわけにはいかないから、なるべく魔法卿たちの前に出したくない。朝食と夕食は一緒に食べられるようになったが、ジュリア目的のスピラはどことなく不満そうだ。
(暇を持てあまして余計なことを考えてないといいけど)
こういうイヤな予感は、昔からよく当たる。
ジュリアが約束していたピクニックの日に、スピラが街の女の子を二人連れてきた。スピラにべったりだ。
(どこかで見たことがある感じだね)
ジュリアの魅了の古代魔法でジュリアを崇めていた貧民窟の住人に似ている気がする。それよりいくらか恋愛色が強いだろうか。
「この子たちも一緒でいいかな?」
「もちろんです。一緒に行きましょう。スピラさんにお友だちが増えて嬉しいです。よろしくお願いしますね」
なにも疑っていないジュリアが笑顔で受け入れる。
(エルフ種は魂の年齢が百歳を超えていないと恋愛対象にはならないんだっけ)
本人は子どもに懐かれているくらいの感覚なはずだ。
(うーん……、ただ連れてきただけじゃなくて、もっと何かたくらんでいる気がする)
スピラの顔にそう書いてあるのに、ジュリアは無警戒だ。
オスカーはスピラがジュリアから離れてくれそうで安心したのと、何を考えているのかと様子を伺っているのと半々といったところか。
「お天気、よくてよかったですね。あ、お弁当、五人分しか用意していないのですが」
「お昼も水筒も、ちゃんと二人分以上用意してきたから大丈夫だよ」
「よかったです。ありがとうございます」
「むしろいつもありがとう。ジュリアちゃんのお昼、楽しみにしてるんだよね」
二人のやりとりに女の子たちが嫉妬する気配はない。
(うん。気持ちを操られているのは間違いなさそうだね)
いったい何をたくらんで連れて来たのか、考えられるパターンを想定していく。
(ジュリアに嫉妬させて意識させるつもりなら失敗しているのは明らかで、その時点で表情に出るだろうし。
オスカーへのハニートラップなら一人で足りるだろうし、自分に気を持たせる意味はないだろうし)
なんとなく、ペルペトゥスが何か知っている気がする。
「ペルペトゥスさん、スピラさん変じゃない?」
歩きながらこっそり聞いてみる。
「ふむ。どのメスも大差なかろうという話をしたら、文句を言いつつ、いい手だと納得しておったのう」
「んん?」
ペルペトゥスは正直に答えた印象だが、スピラがそう思っているようには見えない。
(いい手っていうのは何か違うことを指してそうな気がするかな)
敢えて歩くのを速くしてペルペトゥスを誘導しながら、ジュリア、オスカー、スピラたちから離れ、声を小さくして尋ねる。
「どんな手があるっていう話だったの?」
「適当なメスを惚れさせて自分も惚れ薬を飲めば、つがいの問題は解決できようと」
「惚れ薬? 持ってるの? スピラさん」
惚れ薬の需要は常にあり、高く売れる魔法薬のひとつだ。けれど本当に効果があるものは滅多になく、気休め程度の効果しかないものや、まがいものも多く出回っていると聞く。
(そもそもそんなものに頼ろうとする時点で外道だよね)
「うむ。昔作ったのが余っておると言っておったし、最も強力な惚れ薬のひとつが、ダークエルフの唾液を元に作る魔法薬ではなかったか? ウヌはその方面は詳しくはないが」
「魅了の古代魔法を使えるのは知ってたけど、惚れ薬までできるんだ……」
ダークエルフは全身が素材だと言っていたのはジュリアだったか。正に歩く金塊だ。素材にできる人からすれば希少素材の塊で、それ以外の一般人から見れば不吉な存在という感じか。
(ただのヒトと同じように扱ってるジュリアちゃんがすごいんだよなぁ……)
先代レジナルドが当代の魔法卿に言っていた。「ヒト型で会話ができる魔物をヒトと同じに扱うクセは改めた方がいい。あいつらの思考はヒトとは違う」と。ジュリアは衝撃を受けていたが、自分は一理あると思っている。
(まぁ、ヒト同士も違うし、わかりあえない時は魔物以上にわかりあえないから、みんな違うっていう前提なんだけど。ちょっと文法が違う時はあるよね)
ジュリアはその違いを理解した上で、ヒト同士の違い程度にしか思っていない気もする。
(いや、むしろヒトの方が嫌いな時があるって言ってたっけ)
彼女の過去の話によれば、大事な人をみんな失った後、ヒトの社会に彼女の居場所はなくなったようだった。そんな彼女を立ち直らせたのがスピラだったなら、今はどうであれ信用しようとするのは道理かもしれない。
が、その時と今とではあまりに関係性が違う。全ての人にはいろいろな面があって、どこが出るかは関係性によって変化するのを忘れてはいけない。
(今の問題は惚れ薬だね)
「ペルペトゥスさん、スピラさんの惚れ薬はどんな種類のものなの?」
「どんな種類とは?」
「惚れ薬には大きく分けてふたつの系統があるでしょ? 事前に惚れる相手を指定しておくものと、飲んだ後に見た相手に惚れるものと」
「どちらもできるのではなかったか? ベースは後者で、そこに指定したい相手の一部などを入れて加工することで前者にもなったはずよ」
「なるほどね……」
「ジュリアには使わぬと言っておったぞ。むなしいのも、後から嫌われるのも泣かれるのもイヤだと」
「そうなんだ?」
方向が見えた。
「ありがとう、ペルペトゥスさん。助かったよ」
「ふむ。話しておったら離れてしまったな」
「うん。このへんでちょっと待ってようか」
ほどよく開けていて休憩によさそうな場所だ。
「オスカー、ちょっといい?」
「ん? どうした?」
ジュリアと連れだって、スピラたちと一緒に来たオスカーを呼んで耳打ちする。
「わかった」
「一応、ね」
予想が外れたら外れたで、特に問題はないはずだ。
すぐにみんなで昼食になる。
「大勢なのも楽しいですね」
「ジュリアお姉様とお近づきになれて嬉しいです」
「スピラ様とはただのお友だちなのですよね?」
「はい、もちろん」
ジュリアは女の子たちと仲良くなったようだ。見た目はジュリアと同い年くらいだけど、彼女たちの方が少し年下らしい。
(村の人たちもそうだったけど、魅了にかかってても普通に会話はできるんだよね)
質が悪い惚れ薬だと意識がもうろうとすることもあるらしいが、古代魔法はそうではないらしい。
「お昼、私が作ったのは五人分なのですが。よかったら私の分を食べますか?」
「まあ、嬉しいです」
「私が買ってきたものと半分ずつにしなよ。ジュリアちゃんにはこれあげるね」
「ありがとうございます」
ジュリアが市販のサンドを受けとる。前に自分が夜に買ったのと同じもののようだ。
「あと、おやつは全員分。これ、最近このあたりで流行ってるらしくて。ワッフルって言うんだって」
木箱の中に個包装の箱があり、格子状に焼かれたお菓子が入っている。貴族のお茶会に出てもおかしくなさそうなきれいな木箱とお菓子だ。
女の子の一人が目を輝かせる。
「高価な砂糖を使っているからなかなか買えなくて。一度食べてみたかったんです」
「はい、ジュリアちゃん。オスカーくんとルーカスくんも取って」
「ありがとうございます」
(惚れ薬が味に影響するかは聞いておくべきだったな)
思いつつ受けとり、ジュリアのお弁当を食べながら、ワッフルを箱ごと荷物にしまう。
席どりが、自分とオスカーが女の子たちと向かい合う位置に誘導されている。ジュリアには個包装を手渡し、残り二つが自分たちに配られた形だ。
おそらく、ワッフルには相手を見て惚れるタイプの惚れ薬がしこまれている。ターゲットは自分とオスカーの二人。スピラがオスカーの心変わりをなぐさめる立場になるためには、自分も邪魔なのだろう。
オスカーには、スピラから渡されたものは食べ物だろうと飲み物だろうと口にするなと言ってある。自分の様子を見て、オスカーもワッフルをしまっているから問題なさそうだ。
「あれ、二人とも食べないの?」
スピラが肩透かしを食らったように聞いてきたから、おおむね推測通りだろう。とびっきりの笑顔で答える。
「うん。ジュリアちゃんのお弁当でお腹いっぱいだから、後で食べるよ」
「同じくだ」
「おいしいですね、ワッフル。あとでソフィアさんへのお土産に買いたいです」
「あ、うん。お店、案内するね」
(このピクニック中に食べてくれないかなっていう顔かな)
スピラのたくらみ通りにはならない。もし他にも用意していたとしても、何も口に入れなければいい。




