5 [スピラ] 惚れ薬はいい手かもしれない
先代魔法卿は面倒な人間らしい。自分の正体がダークエルフだと知られるとやっかいなたぐいだそうだ。
誰に知られたところでやっかいだし、当代魔法卿にももちろん知られない方がいいが、輪をかけて大変だから「絶対」という話らしい。
接触しないようにすることで、ジュリアと行動をともにできる時間が減った。北の凍土に残されていた期間もあって、なかなか一緒にいられないのが不満だ。
(気長にいこうって決めてたのにね)
ジュリアに出会う前は、何年、何十年、何百年がとくに変わりばえしなかった。ヒトの営みも魔物たちもこれといって大きく変化していない。どちらかが増えたり減ったり、どこかの国が国土を増やしたり減らしたりというくらいのことしか起きない、暇な時間が続いていた。
(オスカーくんがいなくなるまでの数十年なんてすぐだと思ったんだけどね)
前に、死んでからでいいと言ったら泣かれたから二度と口にしてはいないけれど、自分の思いは変わらない。ヒトの寿命なんて短いものだし、彼女だけを若返らせて延命させるのはたやすい。その先の時間を二人で過ごすためなら、数十年くらいの下積みは軽いと思っていた。
なのに、彼女に出会ってからは時間が長い。
一緒にいられると嬉しいけれど、決して二人きりにはなれない。触れたいし愛されたいのに、指一本触れるのは叶わないし、彼女の心はただ一人にとらわれている。それを承知で一緒にいるのに、何も感じないようにすることができない。
そばにいられない時はいられない時で、彼女のことばかり考えて落ちつかないし、さみしい。出会う前の方が孤独だったはずなのに、友人としては受け入れられている今の方がさみしくなる。ルーカスを除けば、他のヒトの友人たちよりよっぽど近くにいるのに、だ。
安全のために夕食は別でと言われてすねるくらいは許されたい。
「ピクニックは楽しみだけどさ。でもやっぱりジュリアちゃんはとられちゃうし、ルーカスくんも盾になってガッチリ守ってるし、ムリに何かしようとして嫌われたら元も子もないし、でもやっぱり近づきたいじゃん? どうすればいいと思う?」
「ウヌに言われてものう」
ペルペトゥスとサシで飲みながらくだを巻く。この古竜に言ってもしかたないのはよくわかっている。
「ペルペトゥスには恋愛っていう感覚がないもんね」
「生殖対象となり得る相手に出会ったことがないからのう」
「まだ若かった頃はいたんじゃないの?」
「ふむ。当初から周りとは違うと感じておったのう」
ペルペトゥスがエイシェントドラゴンと呼ばれるようになる前、グレースとも出会うより前になら、そういう相手が存在したのではないかと思ったけれど、そうでもないらしい。
「両親は?」
「知らぬ」
「そっか」
竜種は卵生だ。そういうこともあるだろう。ペルペトゥスくらいの存在なら、孵ってすぐでも一人で生きられたのかもしれない。
(そういえばこういうことを話す機会はなかったね)
かなりつきあいが長いのに、まだお互いに知らないことはあるようだ。
「当時はムンドゥスや精霊が身近であったから、そのあたりから教わったことが多かったか……、よう覚えておらぬ」
外の店でこんな話をしていていいのかと思わなくはないけれど、ペルペトゥスくらいになると荒唐無稽過ぎて、酔っ払いの戯言にしか聞こえないだろう。そもそも周りの声の方が大きくて聞こえていない可能性も高いから、わかりやすいキーワードを伏せる程度で問題ないはずだ。
「その時代は私も想像つかないや。ペルペトゥスはさみしくないの? ずっと一人で」
「はて。遊び相手がおらぬようになってからは暇ではあったのう。スピラも数百年ほどは来てなかったか」
「その前に、遊ばれすぎて死にかけたからね? 痛い思いをする前提だと足が向かなくなるよね?」
「ふむ。どれだけ難易度を上げても挑んでくる故、喜んでおるものかと」
「痛いのを喜ぶ趣味はないからね?! いや難しくなるのは、攻略してやろうっていう楽しさがあったけどさ。死にかけたらそりゃ、何やってるんだろうってなるよね」
「加減が難しいのう」
「話を戻すけどさ、ほんと、どうしたらいいんだろう……」
「それはどうすれば好いたメスに好かれるか、あるいは交尾ができるかという意味であろうか」
「まあ究極的にはそうなんだけどさ。抱きたいのはもちろん抱きたいよ? でもとりあえず今は好感度を保てればいいって思ってるはずなのに、それだけで済まない自分を持て余してるっていうか」
「面倒よのう」
「ほんと自分でもそう思う」
「確か惚れさせる古代魔法もあったし、惚れ薬も作れるのであろう?」
「まあね……。昔作った惚れ薬なら余ってるけど。魔法や薬はたぶんオスカーくんとルーカスくんにすぐバレて、二度と近づくな宣言されるだろうね。そうじゃなくてもなんかイヤだなって思うし」
「ほう?」
「だって、ぜんぶ本心じゃないのわかってるんだよ? イヤだよね?」
「昔、楽しげにかけて遊んでおったと思うが」
「それはなんとも思ってない相手だから実験できたことで、好きな子をあやつるのはちょっとね」
「ふむ。ならば他のメスで発散するか、いい夢でも見ておくか、かのう」
「前者はムリだし、後者はむなしいかな」
「ワガママが過ぎぬか?」
「自分でもそう思う……」
ぐだぐだと酒量が増えていく。そういえば、ジュリアに出会う前は酒を飲まないと眠れなかったか。すっかりその習慣はなくなった。もし彼女がいなくなったらもっと酒量が増える気がするが。
「そもそも惚れ薬って使い勝手が悪いんだよね。古今東西、欲しがるヒトは多いけどさ」
「警戒されずに飲ませるより魔法をかけた方が早い、だったか」
「うん。私に惚れさせるならその方が簡単だね。魅了の魔法には二種類あって、性的魅力を感じさせる方を使うのがゴールまでの最短ルート。
まぁ、ジュリアちゃんに限定して言えば、今の彼女の魔力だと気づかれたら抵抗されてかからないだろうけど」
「どちらにしろ気づかれぬように、となるな」
「どっちにしろ使う気はないけどね。さっき言ったみたいに何を言われても魔法や薬の影響って思うのもイヤだし、どっちも永遠にかけておくことはできないから。解けた時に泣かれるのも嫌われるのもイヤだもん。……泣かれる方がダメージが大きいかな」
「記憶は残るのだったか」
「もちろん。夢に浮かされてたような感覚で冷めるらしいね。だからあと一歩っていう時のひと押しに使うのが一番いいんだよね。本人の感情や感覚と地続きで違和感がなければ、ただ気持ちが強くなった感じがするだけだろうから」
「ふむ。望むべくもないな」
「うわぁ、バッサリ。そんなの私が一番わかってるよ……」
「エルフと和解したならエルフでもよかろうに」
「確かに最初は彼女以外に抱きたくなる相手がいないっていうところからだったけどさ。もう他の誰かは想像できないっていうか。
そもそもエルフは嫌いだし、向こうも私のこと嫌いだしね」
「難儀な……」
「ほんとにねぇ……」
「まるでお主が惚れ薬を盛られたかのようよのう」
「ふふ。ジュリアちゃんになら喜んで盛られるけどね」
「いっそお主が飲むのも手であろうか」
「私? もうこれ以上ないくらい大好きなのに?」
「否。適当な相手に魔法をかけて惚れさせ、自らにも長く効くようにして飲めば、なんら問題はなかろうて」
「待って、問題しかないよね?!」
「要はつがいたいのであろう?」
「話聞いてた?! ぜんぜん違うからね?!」
「ふむ。どのメスも大差なかろうて」
「大差しかないよ……」
ダメだ。相談した相手が悪かった。わかってはいたが。
(……ん?)
ふいにいいことを思いついて、もやが晴れた気がする。要はジュリアに使わなければいいのではないか。
「いや、うん。それはいい手かも。ありがとう、ペルペトゥス」
「ふむ。当たって砕けて泣きそうなお主を見られなくなるのはつまらぬがのう」
「それ、おもしろいの……?」
「退屈しのぎに来ておるのであらば」
「うん、そうだったね。知ってた……」




