3 オスカー、ルーカスからのケア
当代魔法卿エーブラム・フェアバンクスが、先代魔法卿レジナルド・チェンバレンにクロノハック山のヌシについて尋ね、レジナルドが首をかしげた。
「山のヌシ?」
「ああ。老エルフなんだが」
「知らんな。聞いたことがない」
「そうか」
「そんなのがいるのか?」
「ああ。クロノハック山で戦闘になり、まるで歯が立たなかった」
(ソフィアさんに家出された魔法卿がクロノハック山で暴れて魔物たちが困っていたからです……)
戦闘になったと言われると、対等か、こちらに非があるように聞こえるが、それは違うと言いたい。
「危険だな。三人で退治しに行くか」
(ちょっと待って。どうしてそうなるの……)
「いや、危険はない……はずだ」
「なぜそう言いきれる?」
「話せばわかる相手だった」
(師事したとは言わないのね)
先代レジナルドがため息をつく。
「エーブラム。昔からお前には甘いところがあったが。ヒト型で会話ができる魔物をヒトと同じに扱うクセは改めた方がいい。あいつらの思考はヒトとは違う。いつか足をすくわれるぞ」
背筋がゾワッとした。山の主を演じた自分のことはどうでもいい。大事な友人たちを全否定された感じがしたのだ。心の奥底が、レジナルドは敵だと警鐘を鳴らす。
「……ジュリア」
オスカーに呼ばれてハッとする。
「大丈夫、です……」
「いや。今日はずっと調子が悪そうだっただろう? 休ませてもらった方がいいと思う」
そんなことをしてもいいのかと迷ううちにルーカスが続いた。
「ソフィアさん、どうかな? せっかく用意してもらったところ悪いんだけど、ジュリアちゃん、一度メイドさんに食事を断ろうとしたくらいには、今日は調子がよくないんだよね」
「あらあら、ごめんなさい。早く気づくべきだったわね。どうぞお休みになって。元気になったらまたお茶をしましょうね」
「すみません……、ありがとうございます」
「心配だからぼくらもここで」
「失礼する」
立ち上がったところでオスカーに手を差しだされる。エスコートに甘えてその場を後にした。
庭の拠点の集会所まで、オスカーがホウキに乗せてくれた。甘えさせてもらってだいぶ落ちついた。
「ぜんぜん食べた気がしないでしょ。ちょっと何か買ってくるね」
「ああ。頼む」
ルーカスが出て、二人で残される。
「すみません……」
「いや。自分もあの場は居心地が悪かったからな。早く抜けられたのはよかった」
「ありがとうございます」
オスカーがフッと笑って、そっと抱きこまれる。
「オスカー……」
彼の腕の中は安心する。イヤなことも怖いことも溶かしてくれるかのようだ。
「……こんな時なのに、ジュリアがかわいい」
「えっ、かわっ、えっ……」
ささやかれた音の甘さに一気に顔が熱くなる。さっきまでのもやもやした感じがふっとんだ。
求められるがままにキスをして、大好きを返してキスを求める。
「……ん。さっきのあなたは最高にカッコイイナイトでしたよ。ふふ。いつも最高にカッコイイから、うまく形容できないですが」
「ん……」
オスカーが嬉しそうな恥ずかしそうな顔をして、どちらからともなくキスを重ねる。彼と二人でいるとどんなことでも大丈夫になる気がする。
しばらくそうして思いを重ねてから、一緒に座ってひと息ついた。いつルーカスが戻ってくるかわからないからあまりいちゃいちゃしているわけにもいかない。
「魔法卿……、当代の魔法卿が、先代のレジナルドさんには知られないようにと言っていた意味がよくわかりました」
「ああ。あのタイプはジュリアとは水と油だろうな」
「ラシャドさんも様子を伺っている感じでしたものね」
「余計なことを言わないように気をつけてくれていた気はするな」
「レジナルドさんが旅をしていた理由がなくなったから、魔法協会に戻っているんでしたっけ」
「先代魔法卿という肩書きで、当代魔法卿の補佐として助力しているようだな」
「すごく関わりたくないのですが。祭壇に行くのには避けて通れないですものね……」
「難しいところだな。先代がいることで、当初自分たちが想定していたより、許可を取って入ることのリスクが大きく上がっていると思う。場合によっては却下していた、忍びこむ方を再検討した方がいいかもしれない」
ひょいっとルーカスが戻ってくる。
「せっかく二人きりにしてあげたのに、なんでまじめな話をしてるの? いちゃついてていいのに」
「ちょっ、ルーカスさん?!」
「そういう気配がしたら外で待ってようと思ってたから、冷たくても美味しいものにしたんだよ? はい」
野菜と生ハム、チーズのサンドだ。ありがたい。
「ありがとうございます」
「で、祭壇だよね。ほんと、このタイミングで先代に居座られたのは困ったね」
「ですよね……」
「当代だけが相手なら交渉のしようはあると思っていたんだけど、先代からいろいろつっこまれるとちょっとね」
「また用事ができてここを離れてくれるといいのだが」
「あはは。作っちゃう? 用事」
「え、そんなことできるんですか?」
「やりようはあるんじゃないかな。簡単なところだとケルレウスさんやペルペトゥスさんがひと暴れしたら放っておけないとか」
「それ、ケルレウスさんはそれなりに危険ですし、ペルペトゥスさんは危なくはないでしょうが、人類が恐慌状態になりますよね……?」
「まぁ、いちばん簡単な方法がいちばんいいとは限らないからね。要はそういう方向で何か起きれば中央から離れさせることができるんじゃないってこと」
「当代が行く可能性は?」
「案件によるだろうけど、他の冠位だと役不足な場合、当代よりは先代が先にここを離れると思うよ。
当代は司令塔だからね。任せられる相手がいなければ行くしかないけど、いるならそっちが先でしょ?」
「なるほどな。内容自体はもう少し考えた方がいいだろうが、手段としてはアリだな」
「うん。先代が離れている間に当代を丸めこむなら当初の予定通りに戻せるからね。
忍びこむと見つかった時のリスクがかなり高いから、ぼくらの関与が疑われない方法で先代を遠ざけるのを優先しようか」
「わかりました。けど、ケルレウスさんとか誰かを危険に巻きこむのはナシですよ? 相手は魔法卿を勤めたくらいなんだから、戦うとなると大変だと思います」
「うん。ジュリアちゃんはそう考えるよね」
心なしかルーカスがいつも以上にニコニコしているように見える。
「私は、ですか?」
「うん。もし同じ状況に置かれたら魔法卿たちはみんな、迷わず魔物を利用するんだろうなって思うから」
「レジナルドさん以外もですか?」
「そうすることで目的を叶えられるなら、ラシャドさんも当代もそうするだろうね。ジュリアちゃんと一緒にいなかったらぼくも選択肢に入れるだろうし」
「私が変みたいじゃないですか……」
「あはは。でもぼくらはそんなジュリアちゃんが好きなんだよ。人として、ね?」
「……ああ、そうだな」
「ほめられたことにしておきますね」
「うん。ほめてるよ? レジナルドさんをここから遠ざける手段はもう少し考えておくね」
「ありがとうございます」
完全にルーカスに任せっぱなしは申し訳ない。自分もできるだけ考えてみようと思う。




