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2 先代魔法卿レジナルド・チェンバレン


(どうしてこうなったのかしら……)

 向かい側に魔法卿が三人並んでいる。歴代の魔法卿だ。先々代ラシャド・プレスリー、先代レジナルド・チェンバレン、当代エーブレム・フェアバンクス。

 当代は決して小さくないが、先代レジナルドが一番体格がいい。顔も体も表情も四角四面な印象だ。年ごろはちょうど二人の真ん中くらいだろうか。魔法使いでなければ退職しているくらいの歳に見える。


 自分の右側にオスカー、その横がルーカスだ。ルーカスと先々代、オスカーと先代が向かい合っている。自分の向かいは当代だけど、その隣に妻のソフィアがいてくれているのが唯一の救いだろう。

 子どもたちは食事の間、使用人や乳母が別室で見ているそうだ。

 スピラとペルペトゥスは正体が知れると面倒だから二人で飲みに行ってもらっている。


 ソフィアが苦笑する。

「ごめんなさいね? 主人とお師匠さんたちの圧が強くて」

「えっと……、いえ。光栄です……」

 圧が強すぎて胃に穴が空きそうだ。目の前にごちそうが並んでいてもまったく食べたいと思えない。


「エーブラムにジュリアちゃんが話したがっていると伝えたら、夕食がいいだろうと言われたのだけど。ラシャドさんもレジナルドさんもどうしても同席したいとおっしゃったものだから」

 原初の魔法使いの魔力開花術式の部屋を見せてほしいと、ルーカスから当代に話してみてもらうつもりだった。

 使用人から先代と先々代の同席を打診された時、一度断ってみたけれど断りきれなかった。

(首が飛ぶかもって言われたら受けるしかないわよね……)


 先代レジナルドがワインを含んでから重苦しい声で言った。

「ついにエーブラムが弟子をとれたのだから、顔は見ておく必要があるだろう?」

「弟子じゃない。事情があってしばらく直属にしてるだけだ」

「お前は他人に任せるくらいなら自分で動いた方が早いと考えるタイプだろう? しかも自分にメリットがないことはしない。そのお前が直属に置いたんだ。師匠の解呪までしたというのだから、鍛えがいがありそうだ」


「あの、発言してもいいでしょうか」

「あらあら、そう気を張らないで? いつも通りでいいのよ?」

 ソフィアはそう言ってくれるけれど、レジナルドはそういうタイプには見えない。

「そうだな。自由に話していい」

「ありがとうございます」

 当代の許可を受けて、先代レジナルドの発言を訂正する。


「ラシャドさんの件は私たちの知人が子どもたちの解呪をしてくれただけで、私たちにできるわけではないですし、その人もラシャドさん本人の呪いは大きすぎてムリだと言っていました」


おのれが知る範囲では、エレメンタルのドラゴンの血が必要だと言われていたが。それは?」

「解呪ができる知人が、エレメンタルのドラゴンのツメを納品できるような人なので」

 何か聞かれたら、とりあえず全部ブロンソンになすりつける方針になっている。ブロンソンは魔法使いではないから、自分たちほどは魔法卿の影響を受けない。


「そうかい。エレメンタルの目撃情報自体がここ六十年ほどなかったから、己が世界中の秘境を探して回ることになったのだがな」

「ならたぶん、まだ行かれていない場所ではないかと……」

「自分たちではなくその友人の手柄だと?」

「はい」


「わからんな」

「わからない?」

「他人の手柄を自分の手柄だと吹聴する人間には山のように会ってきたが、その逆は初めて見る。功を手放す理由はなんだ」

「そもそも私の功ではないので……」

「バカがつく方の正直ということか?」

「……それでいいです」


「ふむ。尚更わからん」

 いったい何がわからないというのか。レジナルドは合間に食べ進めながら話しているが、こちらはそれどころではない。尋問されている気分で、胃がひっくり返りそうだ。ソフィアが心配そうに気にかけてくれているけれど、食事どころじゃない。


「エーブラムはバカと無能が嫌いなんだ」

「師匠……」

 言い放たれた当代が苦笑する。否定はしないから、あながち間違ってはいないらしい。

「初めての直属の部下で、自分の家の庭に住まわせての客人待遇。こいつは対等かそれ以上の相手にしかそんなことをするやつじゃない。あるいは何か弱みを握られたか」

 ギクリ。

 弱みを握って脅したのはその通りだ。交渉したのは自分ではなくルーカスだが、それが可能な状況を作ったのは自分だ。


(魔法卿にできないレベルの魔法を使ったことは絶対に知られるわけにはいかないのよね……)

 魔法卿候補になりたくないならレジナルドには知られるなと当代からきつく言われている。


「あらあら。そのあたりの事情はお話ししていないの?」

 ソフィアが夫に尋ねる。当代が気まずそうに眉をしかめた。

「ああ、話していない」

「なら、私から」

「ソフィアさん……?」

 どこまで聞いていて、何を言うつもりなのだろうか。心臓がイヤな跳ね方をしている。


 と、ソフィアから軽くウインクを投げられた。

「お師匠様からすると取るに足りないことかもしれないのだけど。私たちが仲違いをしていたことがあって、取り持ってくれたのがジュリアちゃんなのよ。

 それから私の話し相手になってくれて、だいぶなぐさめてもらったわ。その頃はこの人、ぜんぜん家に帰ってこられていなかったものだから。

 本当は娘にしたくてお願いしたこともあったのだけど、ご両親が健在だから難しかったの。魔法卿の下で学ぶということなら数年くらいこっちに連れてこられそうだったから、お友だちと一緒に来てもらったのよ」


「なんだ、そうならそうと最初から言えばいいだろう」

「ふふ。エーブラムは家庭の不和を口にするなんてプライドが許さないタイプでしょう?」

「さもありなん」

 どうやら納得してもらえたようだ。少しホッとした。最終的な事情ではないけれど、最後以外は真実だ。当代も否定しないで、苦笑しつつも頷いている。先代に言える範囲では最善だろう。

(さすがソフィアさん……!)


「そういえば師匠はいろいろな秘境を旅していたんだよな」

「うむ。目撃情報がないということは、生息している可能性があるのはヒトが立ち入らない場所ということになるからな」

 当代が話題を自分たちからそらしてくれたことで、やっと食事に手をつける気になれた。


「クロノハック山にも行っていたりするか?」

「生物が生息している範囲は見て回ったな」

「山頂に向かって険しくなるあたりから魔法が使えなくなって、魔物もいなくなりますものね」

「なんだ、詳しいな」

「ちょっと話に聞いたことがありまして……」

 今のラシャドよりも高齢で登らされて死ぬ思いをしたとは言えない。


「山のヌシには会ったか?」

 想定外の当代の言葉で食べ物をのどに詰まらせそうになり、むせかけたのをハンカチでおさえる。

 バケリンクスの力を借りて老エルフの姿で当代を倒し、山のヌシを名乗った犯人は自分だ。


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