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1 世界の摂理に会うための祭壇のありか

※残酷表現があります。苦手な方はご注意ください。


 世界の摂理、ムンドゥス。

 その名は血の記憶と紐づいている。


 前の時ーー。


 幼なじみと結婚するクレアを送りだして、最愛の夫(オスカー)と二人に戻って幸せに歳を重ねていくのだと思っていた。


 結婚式で母への手紙を読むことを始めたのは誰なのだろう。クレアからこれまでの嬉しかったことを語られ、こう言われた。

「お母様。お母様の子で、私は世界一幸せです」

(むしろ私が、オスカーといられて、クレアが娘で、世界一幸せ……!)

 彼との出会いから今までのことが心に満ちて、この上ない幸福感に包まれ、涙腺が崩壊した。娘が愛しくて、オスカーが愛しくて、世界の全てが愛おしい。


 限りない幸福感が全身からあふれ出たように感じて、次の瞬間、世界は暗転した。


 暗闇の中で、すぐに魔法を唱えた。何も起きなかった。何度唱えても魔力の感覚がしなかった。

 オスカーもまた、魔法で、物理で、自分やクレアを守ろうとしてくれた。それはクレアも、父も母も、他の魔法使いたちも同じだ。

 誰一人魔法が使えない。決して抗えない何か大きな力が働いているかのようだった。


 断末魔の叫びがいくつも重なり、徐々に近づいてくる。自分が大切に思っている順を逆回しにしたかのように声が消えていく。

 最後に、クレアとオスカー。

(次は私……)

 そう思ったが、自分にだけは何も起こらなかった。


 色が戻った世界は真っ赤に塗りつぶされていた。


 全ての大切な人たちが血に染まって、それぞれがいくつかの塊に分かれていた。その状態を戻せる回復魔法はない。

 認識したのと同時に、自分のものなのだろう悲鳴がこだました。


 あふれ続ける涙は意味を変えた。


 泣きながらうわごとのようにいくつもの言葉をつぶやいて、どれだけ多くの意味をなさない声の後にか、ひとつの問いがこぼれた。


「なんで……? ……なんで、私だけ、生きてるの……?」


『なぜと問うか、ヒトの子よ』


 どこから聞こえているのかわからない、頭の中にだけ聞こえているのかもしれない、男とも女ともつかないいくつもの音が重なったような声だった。


「……誰?」

『我は世界の摂理。ヒトの子が神とも悪魔とも呼ぶもの』

「神様……? 悪魔……?」

『それらはどちらも世界のことわりの一面にすぎない。我は全である』


「……この状況は……、あなたに関係があるの……?」

『しかり。賢きヒトの子よ。我はなんじの祖先に力を授けた代償をもらい受けた』

「祖先……? 代償……?」

『汝の祖先グレース・ヘイリー。かの者はこの世界の人類を救うために我と契約をした。最も幸福な子孫の幸福を代償に、ヒトが魔法という力を得る契約を』


「最も幸福な子孫の幸福……?」

『すなわち最も幸福なる汝の、最も幸福なる先ほどの瞬間なり』

「なら、私を犠牲にすればいいじゃない! 私の周りの、私の大切な人たちには関係ないわ!」

いな。汝の犠牲は汝の幸福をもらい受けたことにはならぬ。汝の幸福とはそれ即ち汝の大切とする者たちなり』

「そんな……、そんなことって……」


『契約は履行された。以降、汝は自由である』


 世界の摂理と名乗る何かの声を聞いたのは、後にも先にもこの時だけだった。



 あれから長い月日をかけて時間を戻す魔法を発動して、オスカーに出会う前まで戻った。出会わない覚悟をしていたのに、また手を取り合うことができて、多くの仲間に恵まれた。

 世界の摂理に会うことで契約を書き換えられる可能性があるという細い糸をたどり、世界にある六つの祭壇に体の一部を納めてきた。

 いよいよ直接会うための祭壇を残すのみだ。


 会えたところで、本当に契約を書き換えられるのかはわからない。オスカーとこの先に進めるのか、結婚して子どもを持てるのかはそれ次第だ。

 たとえうまくいったとしても、クレアだけはどうにもならないだろう。もしまた子どもを持ててもあの子(クレア)にはなり得ない。すべてを取り戻すことはできないけれど、その思いとともに生きるしかないと思っている。


 臨時収入を分配した後、ルーカスとスピラのおごりという形で、個室があるちょっといいレストランに入った。


「ペルペトゥスさん、世界の摂理に会うための最後の祭壇はどこにあるんですか?」

「ふむ。世界地図がこうだとすると、ちょうど真ん中の北寄りよ」

 ペルペトゥスが指先で描いておおまかな位置を示す。


「メメント王国あたりだろうか」

「目印はありますか?」

「ふむ。グレースが最初に魔力開花術式の魔法陣を設置した場所の下にあるのだが、知っておろうか」

「原初の魔法使いグレース・ヘイリーが最初に魔力開花術式の魔法陣を設置した場所……」

 知識として聞いたことがあった気がする。どこだったか。


「中央魔法協会にある魔力開花術式の部屋じゃないか? 古代から受け継がれていて、今はもう使われていない歴史的な場所だったはずだ」

「つい最近、入口前まで行ったあの中央魔法協会ですか……」

「だね。魔法卿の拠点、魔法使いの総本山」

「なんでまたそんなところに……」

 頭を抱えたい。どんな魔物がいる秘境よりもよっぽどめんどうだ。


「ふむ。出てすぐに試したからであろう」

「何かあったときに入り口が見つからなくならないようにするっていうのもあった気がするかな。実際、これだけ年月が経ってもすぐにわかる場所でしょ?」

「わかるのと入れるのとは別問題です……」

 魔法卿に中央には寄りつかないようにすると言った舌の根も乾かないうちに、まさか中央魔法協会の中に入る必要が出るとは思わなかった。


「そんなに入りにくい場所なの?」

 魔法協会に所属していなくて感覚がないスピラの問いにオスカーが頷く。

「だな。まず、中央魔法協会の魔力開花術式の部屋は歴史的観点で封鎖されていたと思う」

「中央とは別で街に支部が置かれてて、術式はそっちでやってるらしいね」

 ルーカスが受けて補足し、オスカーが続ける。


「それから、魔法協会には侵入者防止のための魔道具が置かれていて、忍びこむのは難しい」

「ホワイトヒルですらそこはしっかりしてたからね。中央はもっと厳しいだろうね」

「最後に、自分たちは魔法卿の直属ということにはなっているが、正式に中央に所属しているわけではない」

「最低限、魔法卿の許可はとらないと入れないだろうね」

「許可を取るためには理由がないといけないが、本当の理由は話せない」


 ぜんぶ二人が説明してくれた通りだ。

「なので、今のところ入れる手段が思いつかない感じです……」

 最後の最後で世界の摂理に会う前に詰むとは思わなかった。みんなで頭を抱える。


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