7 術式の結果
「ジュリア、待たせたな。戻っていい」
「はい、お父様」
何を言われるのだろうかと思いながら、おそるおそる術式の部屋に戻る。
粉々になった水晶のカケラが床でキラキラ輝いている。
(……やっぱりぜんぶ割れてるわよね。魔法で元に戻すのは……、お父様とオスカーをごまかせないものね……)
大変なことになった。それは間違いない。水晶が全部こなごなになるなんて聞いたことがない。なんとかなると甘く見て術式を受けたのがいけなかったと後悔する。
「ジュリア。ひとつ、聞きたいのだが」
「なんでしょうか」
何かに気づかれたのだろうか。バックンバックンと心臓がうるさい。
「魔法卿になりたいか?」
「え? ……魔法卿、ですか?」
斜め上すぎる質問に、素で問い返した。
「ああ。冠位一位、全魔法使いのトップだ」
「……あの、なぜそのようなことを聞かれるのかがわからないのですが」
「大事なことだ。なりたいのか、なりたくないのか。それを知りたい」
「そう言われるなら、なりたくありません。まったく興味がないというか、面倒そうというか……。私には手に余ると思います」
前の時に、魔法卿ほど実務がない冠位二位すら蹴っている。当時とは状況が違うとはいえ、冠位の地位に魅力を感じないのは変わらない。
「そうか」
父がどこか安心するように息をついた。自分の答えは正解だったのだろうか。
「ジュリア、水晶が割れて驚いただろう。多分保管が悪かったんだな。気にしなくていいが、魔法協会の恥になるから、割れたことは内緒にしておいてくれ」
(……え?)
想定外のことを言われ、父とオスカーを順に見る。
オスカーがゆっくり頷いた。
(そういうことにしておいてくれる、っていうこと……?)
父が情報記録用の魔道具に数値を入れて、それを見せてくれた。
「お前の魔力値や適性はこんなものだろう。魔力は高く、どの適性も高めだ。いい魔法使いになると思う。これで見習い登録をしておく」
(これって……)
はからずも、前の時に示された数値とほとんど同じだ。
「それと、お前の教育係だが。オスカー・ウォードに担当してもらうことにした」
(……はい?)
何がどうなってそうなったのか。今回の父はオスカーを目の敵にしていたのではなかったのか。
「ウォードの言うことをよく聞くように。間違っても、習っていない魔法を自分一人で学ぼうとしてはいけない。いいな?」
「……はい、お父様」
彼と父が何を話したのかはわからない。わからないけれど、自分を守ろうとしてくれているのだろうとは思う。
(習っていない魔法を……)
前の時には、積極的に学ぶように父は言っていた。正反対のことを言われたのは、やはりさっきの異常によるのだろう。
控えて様子を見ていたオスカーが一歩前に出る。
「クルス嬢。至らないところもあるだろうが、よろしく頼む」
「私の方こそ。よろしくお願いします、ウォード先輩」
既視感があった。前の時にもこんなやりとりをした気がする。
(ウォード先輩……)
尽きない愛しさに初恋の思いが重なって、どうにも心臓がうるさい。
「育成部門には私が報告しておく。ウォードはこのまま、ジュリアに魔法協会を案内してくれ。初日の基礎講習を兼ねてな。終わったらオフィスに顔を出すように」
「了解した」
父が足早に術式の部屋を出ていく。
(一応、なんとかなったっていうことでいいのかしら……?)
問題自体は起きたけれど、父とオスカーがなかったことにしてくれた、ということのようだ。
詳しい話をされなかったのも自分を守るためだろう。何も知らなかったと、自分は言い逃れられるようにされている。
(お父様……、オスカー……)
二人ともまじめで、不正をよしとする人たちではない。なのに正しさよりも守ることを優先してくれたのだろうと思うと、涙が込みあげそうになって、ぐっと飲みこむ。
オスカーと視線が絡む。
何度も守ってくれている彼に返せるものが何もないのが、とても申し訳ない。
(大好き……)
言えない思いがつのるばかりだ。
オスカーが小さく息を飲んで、一度軽く目を閉じる。それから、部屋の外へと足を向けた。
「……クルス嬢。こちらへ」
「はい」
仕事モードの彼はとてもカッコいい。外で会っていた彼も好きだけれど、仕事の時はよりキリッとして見える。
(私もちゃんとしないと……)
見惚れないように必死に理性をかき集めて、少し距離をあけて隣を歩いていく。
「術式をパスした場合、その日は魔法協会について簡単な説明をして、内部を案内することになっているのだが。
説明の部分は、ルーカスと会った日にクルス嬢が言っていた方が詳しいくらいだから、改めてする必要はないだろう」
「……あの時は失礼しました」
重ね重ね、彼には申し訳ないことをしている。謝り足りる気がしない。
「いや。話せてよかったと思っているし、失礼と言うならむしろ自分たち……、というか、ルーカスの方だろう」
「いろいろ驚きましたが、私もお話を聞けてよかったと思っています」
「そうか」
オスカーがわずかに目を細める。あまり大きく表情を変える人ではないけれど、そんな小さな変化が好きだ。
魔法協会ホワイトヒル支部は二階建ての建物だ。一階部分には一般向けの受付とメインのオフィス、福利厚生のための給湯室や休憩室、魔力開花術式の部屋と見習いのための研修室がある。
父から、終わったらオフィスに来るようにと言われたため、内勤の魔法使いたちがいるオフィス部分は最後に行く方向で、他を軽く見て二階に上がる。
「そういえば、ルーカスさんと行っていた調査はどうなったんですか?」
「調査……? ああ……。クルス嬢はもう内部の者になったから話しても構わないだろう」
(あれ……?)
一瞬不思議な間があってから、オスカーが納得したように話を続ける。
「あの日は、若い恋人を演じて宝石商を回っていたんだ。自分の容姿が一番警戒されにくいだろうという指名で、それにルーカスがつきあってくれた形だな」
「そうなんですね」
(予想通りね)
そう思ったのと同時に、オスカーが不思議そうにした理由に思いいたる。
(あれ? ルーカスさん、調査って言ってたかしら……?)
またやらかしたのかもしれないけれど、すべての秘密を知っている彼の前では今更な気がする。
オスカーが続ける。
「買いたいけれどピンとくるものがないというていで、何日かかけて街のすべての宝石商に何度か足を運んで……、盗品リストにある指輪に近いイメージを伝えて回ったところ、出してきた店があった」
(前の時と同じ流れね)
「証拠品として購入し、その先は管理部門に返した形だ。
管理部門の方では宝石商を泳がせて魔法使いとの接触を待っているらしいが、それ以来現れていないと聞いている」
(ここも一緒……)
自分から遠いことは、やはり同じようになるらしい。
教えてもらったお礼を言って、案内の続きを受ける。
二階は支部長室とVIPルーム、資料室と保管庫になっている。魔法協会所有の魔道具や魔法薬、備品のストックなどはすべて二階にある。重いものでも魔法使いは簡単に運べるから、保管庫が二階でもあまり困らない。
「それと、地下だが……」
二階の見学を終えて一階に戻ったところで、鉄の柵で塞がれ、魔道具のカギがかかった地下への階段の前で足を止める。
「その場での罰金などでは済まないような、重犯罪者の取り調べや拘束のための場所になっている。管理部門でなければ入ることはないだろう」
「領主邸でお父様が倒した二人がもし生きていれば、ここでしょうか」
父が得意とするターゲティング型の紫の雷が直撃したように見えた。手加減していなければ命はないだろうが、父のことだから助かっている可能性はあると思う。
「ああ。地下にある魔法封じの檻の中で、魔法薬で治療されたと聞いた。まだ意識不明のままそこにいるとのことだ。取り調べられるようになったら残り二人の居場所を聞きだして、その後、中央に移されると聞いている」
「そうなんですね」
一命はとりとめたけれど、重体ではあったのだろう。
裏魔法協会の魔法使いが捕まったという話は、前の時には聞いていない。魔法協会の総本山、中央魔法協会の管轄になるのは納得だ。
「他に聞きたいことはあるだろうか」
「そう、ですね。その残り二人、ラヴァと背が高い男性は……」
「広範囲で捜索されたが、何も手がかりがないそうだ」
「そうなんですね」
「ああ。空間転移魔法は足跡が残らないからな。術者の行ったことがある場所にしか行けないため、突然ここに現れることがないのは助かるが」
「そうですね……」
足跡が残らないおかげで自分は疑われないで済んでいるが、逆に、捜索する側からすると雲をつかむようなものだろう。
お見合いの席は切り抜けたけれど、まだ何も解決していなくて、気が抜けないのだけは確かだ。




