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46 魔法卿の前で謝り倒す


 魔法卿の家に移動して、ソフィアと使用人で子どもたちを引き取り、必要な手配をしていく。

 魔法卿とラシャドと共に残された形だ。


「ぼくら三人、今は魔法卿直属の自由部隊みたいな立ち位置で。誰にでも名乗るのは難しかったから、偽名を使わせてもらってたんだよね」

 ルーカスがそう前置いた。まさか魔法卿にも関わりを知られないために伏せていたとは言えない。


「ぼくはルーカス・ブレア」

「オスカー・ウォードだ」

「ジュリア・クルスです」

「ラシャド爺さんのとこの子どもたちの解呪ができるかもと連絡があった時は眉唾だったが。お前たちが関わっていたとはな」

「なんだかすみません……」


「そもそも爺さん、行方不明だったんだぞ? こっちからの連絡には返事がないし。どうやって見つけた?」

「偶然……、デートをしていて……?」

 魔法卿が思いっきり眉根を寄せてラシャドを見る。

「無人島サバイバルデートぢゃったか?」

「すみません……」


「いや、叱っているわけじゃない。俺は状況を理解したいだけだ」

「自分とジュリアで休日を過ごす際に、屋外で人がいない場所に行きたいという話になったんだ」

「それで、前に見かけた無人島らしい島に遊びに行って。ラシャドさんの使い魔を食べようとして攻撃されまして」

「使い魔を食べようとして……?」

「そんなこともあったのう」

「すみません……」


「ときにエーブラム。直属ということは、この嬢ちゃんたちにツバをつけておるということでいいんぢゃな?」

「どうだかな? 形式上はそうなっているが、こいつらは俺にはコントロール不能でお手上げだ」

「ふむ。冠位にはせんのか?」

「あー……、誰が解呪をしたんだ?」

 解呪ができる魔法使いは稀少だ。取りこみたいのはわかる。


「いえ。解呪をしたのは友人で、私たちではありません。本人の希望で、誰かは内緒にすることになっています。仕事としてはしていなくて、仲間や友人を助けるだけだと言っていました」

「よく爺さんの子を助けてくれたな」

「ちょっと縁があって、私たちがその人を助けたことがあったので」

「だそうだ」


「解呪師としてではなく、前途有望な魔法使いとして見ておる」

「……お前ら、俺に口止めしておいて、爺さんの前では何をやらかしたんだ?」

「え、そんな大したことはしてないですよ。小さな無人島を魔法封じのミスリルの檻でおおったり、絨毯を変形ミスリルでおおってここまで飛ばしてきたり、くらいです」

 どちらも魔法卿が知っている範囲だ。前者は魔法卿に見せた方がはるかに大きい。


「……ジュリア・クルス」

「はい?」

(あれ、これ怒られそう……?)

「それはどっちも大したことだ。認識を改めろ」

「すみません……。気をつけていたのですが、前者は他に人がいなかったのと、ちょっと怒っていたので……。後者は、もう前者を見せちゃってるし、赤ちゃんを乗せて何日も旅をするのは大変だから、いいかなって……」


 魔法卿が盛大にため息をつく。

「だから想定できないほど到着が早かったのか……。いいか? ジュリア・クルス」

「はい」

「お前は冠位にも次期魔法卿にもなりたくないし、なる気はない。違うか?」

「そのとおりです」

「その才能があるのにも関わらず、だ。これがどういう意味かわかるか?」

「えっと……、もったいない……?」

「阿呆。魔法協会と人類の損失だ。それを知ってて隠している俺も同罪ってことだ」

「すみません……」


「で、この爺さんが何者かと言うとだな」

「先々代の魔法卿ですよね?」

「知ってたか」

「前に話を聞いてから確認したので」

「ああ、アイスドラゴンだのアースドラゴンだのと言っていた時か。そういうことだ。ある意味では俺よりも立場が強い。爺さんが言いふらした場合、俺でもかばえんぞ」


「え、ラシャドさん、言いふらすんですか?」

「恩人にそんなことはせんよ。が、冠位や次期魔法卿候補になってほしいとは思うておる。エーブラムとも似たような話をしておったとはな」

「つまり爺さんも片棒を担ぐってことだな。いいか? 師匠……、レジナルド・チェンバレン、先代の魔法卿にだけは絶対に知られるな。あいつは俺たちと違って頭が固い。個人の希望なんかより全体の利益を優先する奴だからな」


「わかりました。先代も行方不明なんでしたっけ?」

「ああ、爺さんの子の解呪ができそうで、うちで預かるかもしれないと連絡したら、初めて返事があった。近いうちに顔を見に寄ると言っていたな」

「そうなんですね」


「そもそも師匠がエレメンタルを探していたのも爺さんのためだったしな。その必要がなくなったんだから、先代魔法卿として冠位上位くらいの働きはしてほしいところだ」

「私をムリやり冠位にするよりずっといいと思います!」

「おい」


「エーブラム? ジュリアちゃんは私の友人で、娘も同然なのよ? あまりいじめないでね?」

 少し手があいたらしいソフィアが来てやんわりと言った。

「いじめているわけじゃないぞ? 俺はこいつらのためにだな」

「ええ、そうね。けれどだいぶ顔が怖くなっているわ」

 ソフィアが笑って、魔法卿のみけんのシワを指先でのばす。


「やめてくれ、恥ずかしい」

「ふふ。私たちの仲を取りもってくれた恩人で、友人で、娘のようでもいて。また恩が増えたわね。息子が二人に娘が一人。三人も子どもを持てるなんて思わなかったわ」

「むしろ、ありがとうございます。ラシャドさん一人で育てるのはムリだと思うので。引き受けてくれたのがソフィアさんで安心しました」


「俺とソフィアへの態度がずいぶん違わないか?」

「そうですか? 魔法卿はほとんど家にいないから子どもたちのことはソフィアさんががんばるものかと」

「あらあら、ふふ。そうね?」

「これでもだいぶがんばってるんだぞ?! 昔よりは時間をとっているし、今日もここにいるしな」


「だいぶ、抱えていた仕事を振り分けたのよ。この人以外にもできることは。でもやっぱり中央は人手不足ね。集まってくる難しい案件に対応できる人材が足りないの。あまり地方から吸いあげすぎてもそっちが手薄になっちゃうから難しいところなのだけど」

「師匠は絶対に逃せないな。俺の平穏な生活のために」

「なるべく中央には来ないようにします……」

「普通にしてりゃあいいんだ、普通に」

「普通にしているつもりなんですけどね……」


「ひゃっひゃっひゃ、ここはおもしろいのう」

 ラシャドが大きく笑った。

「エーブラムもレジナルドほどではなくとも遊びのないつまらん後継者ぢゃったが。歳をとって丸くなったんじゃないか?」

「じいさんは軽すぎるんだ、昔から。出会いがしらに気まぐれに上級魔法を打ってくる元魔法卿がどこにいる」

「ここにおるのう」


「あれって昔からで、私たちが使い魔を攻撃したからじゃなかったんですね……」

「魔法使いだとわかったからちと前途ある若者と遊んでやろうと思っただけぢゃ。わしが捕まるのは想定外ぢゃった」

「は? お前ら、じいさんを捕まえたのか?」

「えっと……、はい……。先々代の魔法卿だとは知らず……、すみませんでした……」


「怒ってない。驚いているだけだ。それは本格的に話が変わってくるぞ」

「え、でも、ラシャドさんは本気じゃなかったって言っていたので。そんなに大したことではないかと」

「阿呆! このじいさんの本気じゃないはよく知っている。あんなのをいなせるのは最低でも冠位以上だ。オレが若い頃はさんざんやられたんだ」


「でも私たちは二人でしたし」

「二人まとめてめんどうを見てやるから、本気で育てられる気はないか?」

「……ごめんなさい」

 魔法卿が盛大にため息をつく。

「気が変わったらいつでも言え」

「ありがとうございます」

 ラシャドにも同じことを言われている。なんだか申し訳なくて、知っていることを少し話すことにする。


「たぶん、私よりいい後継者にどこかで出会えると思いますよ。それに今回はラシャドさんの子どもたちもいますし」

 前の時、冠位二位は空席だったけれど、魔法卿が途切れた話を聞いたことはない。自分は長く生きたから、当代の後を誰かが継いでいたはずだ。関わっていないし興味もなかったから名前は覚えていないが。

 それに、魔法の才能は完全な遺伝ではないとはいえ、影響することも多い。先々代の魔法卿の子どもたちで、現魔法卿の養子なら前途有望だろう。


「今回……?」

「あ、いえ、あの子たちも十分、候補になる可能性があるなって」

「そうぢゃろう、そうぢゃろう。わしの子なんぢゃから当然ぢゃ」

 ラシャドが上機嫌に笑う。

 関わりを魔法卿に知られたのは想定外だし、ちょっとまずかった気がするけれど、子どもたちのことが丸く収まったのは嬉しい。


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