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45 子どもたちの行き先が想定外すぎる


「おおっ! おおおおっ、おおおおおっっ」

 ラシャドのところに子どもたちを連れていくと、驚きからむせび泣きに変わった。

「本当に……! 本当に……っ」

 父と子の感動の対面だ。ゆりかごの中で泣いている一人をラシャドが抱きあげようとして、驚いたように手を引いた。

「こんなに、柔らかいのか……」


「抱っこしても壊れないから大丈夫ですよ。首が座ってないので、こう、支えてあげてください」

 仕草で抱きかたを教える。ラシャドがおそるおそる抱きあげ、しっかりと抱きしめると、その子はいっそう大きな声で泣いた。他の二人の泣き声も大きくなって、どうしていいかわからない顔で見られる。


「哺乳瓶と人工乳、最低限のおしめは用意してきました。人肌にあたためて飲ませて、おしめを確認して、寝かしつけてから、ラシャドさんのご友人のところまで私たちの絨毯じゅうたんで一緒に連れて行きましょう」

「……ああ。育てられるのかと聞かれた意味が身に染みてわかった。生きているというのは大変ぢゃな」

「ふふ。そうですね」


 沸かしたお湯で人工乳をあたためる。

「ちなみに、子どもたちを預かってくれるご友人はどちらにお住まいですか?」

「メメント王国の首都の郊外に住んでおる」

「だと、ここからはかなり離れていますね……」

 メメント王国の首都は中央魔法協会があるところだ。先々代魔法卿の知人なら、そこの所属という可能性も高い。ミスリルの檻で覆った状態で飛ばしたとしてもまる一日はかかるだろう。ふつうのスピードだと長い旅程になる。


「うむ。わし一人で絨毯で連れていくつもりぢゃったが」

 洞窟の入り口あたりに置かれたままの古びた絨毯にちらりと目をやってから、ラシャドの視線が戻ってくる。

「どうにも一人で対応しきれる気がせん。言葉に甘えてもいいだろうか」

「もちろんです」


 ブロンソンが申し訳なさそうに眉を下げる。

「嬢ちゃん、悪いがオレたちは今日中に戻らないとだ」

「はい、もちろん。私たちで手伝うので、ブロンソンさんたちは戻ってもらって大丈夫です。今のうちに見送りますね」

 空間転移で帰さないとブロンソンたちも今日中には帰れない。オスカーとルーカスにラシャドたちのことを任せ、見送りという名目でついて行って、ラシャドの目がないところで空間転移で送った。


「ブロンソンさん、リリーさん、ありがとうございました。解呪だけじゃなくて、いろいろな面で助かりました」

「おう。そいつはよかった。魔道具の件はまた連絡する」

「ありがとうございます」

「驚きの連続だったけど、いい経験をしたわあ。うふふ。子どもがほしくなりそうねえ?」

「そうですね……」

 子どもがほしいかどうかと言われると、オスカーの子がほしい。けれど、それが叶うかはわからないし、クレアのことも思いだして複雑だ。


「なんだ、オスカーの坊主とはまだ結婚しないのか? 子どもはいらないとでも言われたか?」

「あ、いえ。ブロンソンさんに出会った時に、私の呪いを見てもらいましたよね」

「ああ。世界の摂理絡みっていう、オレには見えなかったやつな」

「それが解決しないと結婚できなくて」

「そういうことか」

「がんばってはいるのですが、本当に解決できるかわからないので」


「あらあらあら、あなた、他人のことに関わらずってる場合じゃないじゃないの」

「まあ、そうなんですけど。そのあたりのことにケルレウスさんの協力も必要なので、まったく関係ないことをしているわけでもないというか」

「そうかい。なんとかなるといいな」

「ありがとうございます」


 二人と別れて、孤島の近くまで空間転移で行き、ホウキで戻る。男性三人がおそるおそる哺乳瓶でミルクを飲ませている。なんとも微笑ましい。

「ジュリア、これで大丈夫か?」

「ええ、ふふ。上手ですよ」

 クレアの時と同じように聞かれて、懐かしさに泣きそうになるのをぐっと飲みこむ。オスカーは相手の様子を見ながら合わせるのがうまい。子育てに向いているタイプだ。ルーカスは器用だから問題なさそうで、一番心配なのが実の父親のラシャドだ。


「代わりますか?」

「ふむ。頼む」

 声をかけるとラシャドが助かったという顔になる。子どもと哺乳瓶を受けとって飲ませていく。

「嬢ちゃんは若いのに手慣れているのう」

「……親戚の子と暮らしたことがあるので」

 そういうことにしておく。前の時に娘がいたと言う関係ではない。


「助かったわい。今のうちに荷物を整理しても?」

「もちろんです」

「おっと、早いうちにこれは返さないとぢゃな」

 ラシャドがトレーに乗せたまま、指輪とネックレスを持ってきた。

「ありがとうございます」


 ミルクを飲み終えた赤子にゲップをさせて、一度ゆりかごで休ませる。

(クレアが赤ちゃんだったのなんてもうすごく昔なのに、意外と覚えているものね)

 前の時とは違う、オスカーが選んでくれた婚約指輪を指に戻す。それから、あの頃と同じネックレスを懐かしく思いながら首にかけ直した。


「すぐ暗くなるだろうから、出発は明日の朝がいいかもね。ラシャドさん、今夜は島に泊まってもいい?」

「もちろんぢゃが。保存食くらいしか出せんぞ」

「うん、十分だよ。ぼくらは野宿も慣れてるから心配しないで」

「魔法使いなのに冒険者みたいぢゃのう」

「オスカーたちは一応、冒険者協会にも所属しているからね」

「ああ。この前もブロンソン氏のパーティと旅をしていたからな」

 確かに、そういう経験は魔法協会の魔法使いとしては珍しいのかもしれない。



 翌朝、準備を整えたラシャドと子どもたちを絨毯に乗せた。荷物は最低限だ。不要なものをどう処分するかは後日考えるそうだ。

 誰が運転するかというところで、オスカーが口を開いた。


「ジュリア。爺さんの前で、ミスリル・プリズンで島を覆ったことがあっただろう?」

「えっと、はい。そうですね……」

 あれはやらかしたという自覚がある。

「今更だから、絨毯をおおって最速で向かわないか? 赤ん坊を連れての長旅は厳しいだろう?」

「確かに。それがいいですね」


「なんぢゃ。あんなもんでおおったらむしろスピードが落ちるぢゃろう?」

「ミスリル・プリズン」

 全員乗った状態で、スピードを出せる形態のミスリルの檻で全体をおおう。

「なんぢゃこれは! 檻系の変形魔法なんぞ聞いたことがない!!」

「えっと……、すみません、ご内密にお願いします。運転も私がしますね」

 いつもはスピラが運転していたけれど、ラシャドには会わせていないから、再び北の凍土で留守番中だ。


 子どもたちに負担をかけないように最速でメメント王国に向かう。

「……嬢ちゃん、やはり次期魔法卿候補にならんか? わしが推薦しよう」

「それは全力で遠慮したいです……」

「ふむ。恩人に無理強いはできんか。もし気が変わったらいつでも言うがよい」

「ありがとうございます」


 子どもたちの世話を男性三人に任せて、必要に応じて指示しながら絨毯を飛ばす。メメント王国に着いたのは夕方だ。首都が見えてきたところでスピードを落としてミスリルの檻を解除し、普通の絨毯に戻した。


「まさかもう着くとはのう」

「この後はどこに行けばいいですか?」

「中央魔法協会の前で待ち合わせるのがよかろう。この時間なら、本人がムリでも奥方は出てこられるぢゃろう」

「わかりました。中央魔法協会に向かいますね」


「インフォーム・ウィスパー。ラシャドぢゃ。思っていたよりだいぶ早くついた。中央魔法協会の前まで迎えを頼む」

 ラシャドが連絡魔法を送る。そう経たずに返事が来た。

『もう来たのか? 聞いてないぞ。急いで手配して迎えに行く』

(ん?)

 ものすごく聞き覚えがある声な気がする。


(ラシャドさんの子どもたちを育ててくれる知人って……)

 中央魔法協会の前の広場の、邪魔にならないあたりに絨毯を下ろす。中にも外にも停められるスペースがあるのは助かるところだ。

 ラシャドが、停めた場所の連絡を入れる。少し待っていると、中央魔法協会から知った顔が歩いてきた。


「……待て。なんでお前らが一緒なんだ?」

「えっと……、なりゆき、ですかね?」

 魔法卿に不審がられ、ソフィアはおかしそうに笑う。

「なんぢゃ、知り合いぢゃったんか?」

「ああ。うちの庭の居候たちだ」

「世界は狭いですね……」

 苦笑するしかない。


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