44 解呪完了、新しい手がかり
ペルペトゥスと一緒にみんなのところに戻る。あたり一面銀世界で位置をイメージできないため、空間転移では戻れないのが大変だ。
来る時は夢中でペルペトゥスたちを追っていたから、帰りの方向がわからなくて一瞬焦ったものの、身体強化で視力を上げているおかげでなんとか見つけられた。
「戻りました」
「ジュリアちゃんってほんとに規格外ねえ」
「え、私ですか?」
リリーから言われたが、心外だ。そこはペルペトゥスじゃないのか。
「……ほっぎゃあ、ほぎゃあー」
まだ声帯が弱い小さな泣き声がした。赤ん坊に駆けよって抱きあげる。
「生きて……、ますよ……! ちゃんと生きて……」
涙があふれだすのを止められない。
「ああ。よかったな」
「はいっ!」
まだ目を開けることもできない顔を真っ赤にして、生を主張してくれるのが嬉しい。
「ごめんなさい、ママじゃないんです」
ホットローブの中に包んで優しくゆらすと、泣き声が小さくなっていく。
(ミルクを用意してくればよかったかしら)
「首も座ってない赤ん坊をよく抱っこできるわねえ。折れそうで怖くないのかしらあ?」
「強くゆすったり落としたりさえしなければ意外と大丈夫ですよ」
「育てたことがあるような言いぶりねえ」
「えっと、親戚の赤ちゃんを抱っこしたことがあって」
リリーとブロンソンには育てたことがあるとは言えない。今は、ここにいるのが娘ではない悲しさより、長年生きられなかったこの子が元気なことへの嬉しさが大きい。
「こっからあと二人か……。気張らないとな」
休んでいたブロンソンが身を起こす。
「あ、ペルペトゥスさんはもうダメですよ? 私はフォローしませんからね」
「ふむ」
「じゃあ、次は私ね」
スピラが嬉々として手を挙げた。
「自分もドラゴンの写し身と戦ってみたいのだが」
「私はそんな戦闘狂みたいな理由じゃないからね?!」
「ジュリアにいいところを見せたいのだろう?」
「当たり前じゃん」
「はいはい、二人とも、取り合わなくてもまだ二人いるから。一人ずつね」
「あの、ペルペトゥスさんによるとケルレウスさんほど強くはないらしいけど、カラーズのドラゴンより強いくらいには見えたので。協力して倒してもらった方が安心なのですが」
「協力?」
オスカーとスピラの声が重なった。絶対に不可能という音だ。
「あはは。二人ともジュリアちゃんにいいところを見せたいんだろうけど、強さより協調性の方がジュリアちゃんにはカッコよく見えると思うよ? ケンカしてるのって子どもっぽいから。ね?」
ルーカスの言葉にこくこくとうなずく。
「よし、協力しよう」
「協力しようか、オスカーくん」
「今はルーカスさんが一番カッコよく見えます……」
「なんでっ?!」
スピラがつっこんで、オスカーはショックを受けた顔になる。
「待って、ジュリアちゃん。ぼくをこの中に巻きこまないで。オスカー、大丈夫だから。ジュリアちゃんにとっていつでも一番カッコいいのはオスカーだから」
「あ、もちろん、それはそうですよ? 言葉のあやというか。それにもし一番カッコよくなくなっても、よぼよぼのおじいちゃんになっても、あなたのことが大好きです」
「ほぎゃっ、ほぎゃっ」
さわいでいたからか、あやすのがおざなりになってしまったからか、腕の中の赤子の声が大きくなった。
「解呪を続けていいか? その子も腹を空かせちまうだろ」
「すみません……」
「すまない。問題ない」
オスカーがひとつ息をついて、準備として全身の身体強化をかける。ルーカスが満足そうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、残りはみんなであたろうか。ペルペトゥスさんは出てきたのを放り投げてくれる? さっきの三分の一くらいの距離のとこがいいかな」
「うむ」
「ジュリアちゃんは念のためにここに残っているメンバーを防御壁でおおって」
「わかりました」
「スピラさんは相手が降ってきたら魔法で注意を向けさせて、なるべく動きを止めて」
「OK」
「オスカーは物理破壊をお願い。たぶん、ほどよくやりすぎないで倒すのはオスカーが一番うまいと思うから」
「了解した」
「リリーさんはジュリアちゃんと一緒に赤ちゃんをお願い。さすがに一人で三人は厳しいだろうからね」
「やってみるわあ」
「ブロンソンさん、目の強化をかけておくから、ぼくらが一体倒したら次のを引きだしてくれる?」
「おう。このパーティはルーカスの坊主がブレーンなんだな」
「そうですね。頼れる参謀です」
三人分の解呪を終えて、自分、リリー、ルーカスで一人ずつ赤ん坊を抱いた。全員、ホットローブの内側に包んでいる。
「ケルレウスさん、場所を貸してくれてありがとうございました」
「よい。残滓だったが、久しぶりにベルスに会えた気がした」
「結婚祝いのアースドラゴンのウロコ、お返ししますね」
「よいのか?」
「もちろんです。解呪ができたらもらう約束をしているので」
「……嬢ちゃん、一応聞くんだが、それを売ったらどうなるかわかってて言ってるんだよな?」
ブロンソンがいぶかしさと心配を織りまぜたように聞いてきた。
「はい。大金と一緒に大量のめんどうが降ってきますね」
「めんどうか! ははっ、それは違いない」
「元々ケルレウスさんがもらったものをラシャドさんが持っていっていたので、ケルレウスさんに返すのが一番だと思います」
「嬢ちゃんたちがドラゴンの卵を探してるってのは……」
「はい。昔盗まれたケルレウスさんの卵です」
「ケルレウスの旦那から盗めるってのは相当な手練れだな」
「どうでしょう? 歓迎したら眠らされたらしいので」
「そいつぁひでぇな」
「ですよね?」
いつも自分の感覚はヒトとズレていると言われるから、ブロンソンにもそう思ってもらえるのは嬉しい。
「おう。殴りあって下したんならまだしも、戦う意思がない相手からものを盗るってのはなぁ」
ちょっと脳筋寄りだった。
「……役にたつかはわからねぇが。過去視の魔道具なら見たことがあるぞ」
「過去視……?」
聞いたことがない。一般的には知られていない魔道具なはずだ。
「おう。魔法に古代魔法ってのがあるのは聞いたことがあるか?」
「えっと……、はい。今は失われている魔法体系ですよね」
聞いたことがあるどころか自分とスピラは使えるし、使える時点で本当の意味で失われてはいないけれど、一般的にはそういうことになっている。
「そうだ。似たようなもんで、古代魔道具ってのもあってな。オレも詳しくはないんだが。古代遺跡の調査同行で持ち帰ったもんの中に、そんな用途のものがあったと聞いている」
「過去が見られるっていうことですよね?」
「おう。ただ、数分前でもそこそこな魔力がいるってんで、あんま実用的じゃないらしいが。嬢ちゃんたちなら映せるかもな」
「試してみたいです。借りられますか?」
「聞いてみて連絡する」
「ありがとうございます! けど、いいんですか?」
「いいってのは?」
「ブロンソンさんが魔物に手を貸して」
「いいんじゃないか? ケルレウスの旦那はオレたちと敵対することはないんだろ?」
「そうですね。私たちが攻撃しなければ」
「冒険者だからって、なんでもかんでも倒してるわけじゃないからな。ヒトの害になっている魔物と、行く手を阻む魔物と、役にたつ……、素材として必要とされてる魔物。この三つが原則だ。じゃないと敵が多すぎるだろ?」
「そうですね。三つめは難しいところですが、私も前二つが行動基準になっていると思います」
「もし旦那が敵になったらその時だ。全力で戦うが、それとこれは別の話だ。嬢ちゃんたちにでっかい借りがあるしな。前も言ったが、力になれるところはなるつもりだ」
「ありがとうございます」
もう手がかりになりそうなものはないと思っていたから渡りに船だ。過去視の魔道具で六十年前が見られるなら、それ以上の手がかりはないだろう。




