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43 命と同じくらい大事なものを預けて子どもを預かる


「連れて行って解呪の様子を見せることはできないのですが……、私の命と同じくらい大事なものを預けていきます」

 首に下げているクローバーのネックレスと、左手の薬指の婚約指輪を外す。

「ジュ、……レッド?」

 オスカーが本名を呼びかけたのは、それだけ驚いたからだろう。視線を合わせてひとつうなずいてからラシャドに向き直る。


「ラシャドさん。これは、私の最愛の人との絆です。常にプロテクト魔法をかけて、なくしたり壊れたりしないようにしています。預けられるものの中で一番大事なものです。

 子どもたちの代わりというほどにはならないでしょうが、必ず連れて戻ってくる証として預かっておいてください」

「……いいだろう」

 ラシャドが受けとり、いろいろな器具がある机の上を見渡して、きれいな状態のトレーの上に置いた。


 ルーカスが軽い感じで話に入る。

「信用ついでにアースドラゴンのウロコも一緒に持って行っていいかな? 子どもたちは乗せておかないと、どのくらいもつかわからないんでしょ?」

「うむ。必要ぢゃろう」

「ありがと。解呪できたらそのままもらっていい?」

「そういう約束ぢゃからな」


「ありがとうございます。じゃあ、このまま運べるようにしますね。ミスリル・プリズン。フローティン・エア」

 なるべく檻に見えないように透明のミスリルを選んだ。形も平たくすれば、あまり閉じこめている感じはしない。アース・ドラゴンのウロコとゆりかごごと囲って、浮かせて家の外に運びだす。この方法が一番安全だろう。


 改めて見ても、産まれたばかりの新生児だ。この子たちを育てるなら乳母や人工乳が必須になるだろう。そのあたりも考えてくれそうな知人がいて本当によかった。

(無事にこの子たちが生きられますように)


「ではお預かりしていきますね。フライオンア・ブルーム」

 子どもたちを入れたミスリルをホウキにつないで大陸の方へと向かう。ラシャドに空間転移を知られないようにするためだ。

 ブロンソンたちに体温調整の魔法をかけるわけにもいかないから、ちゃんとホットローブを着て、ブロンソンとリリーの寒さ対策をしてから北の凍土に空間転移する。


「来たか」

「……嬢ちゃん。さすがにオレでも腰が抜けそうなんだが?」

 凍土で迎えたメンバーを前にして、ブロンソンが身震いした。

 スピラと人の姿のペルペトゥスは初対面ではない。言葉を口にしたアイスドラゴン(ケルレウス)に驚いたのだろう。翻訳魔法なしでも通じるように、ケルレウス側がヒトの言葉を話してくれている。


「すみません。立ちあってもらうか、事前にお伝えするか、どちらも迷ったのですが。事前にお伝えしたら断られる可能性が高いかなと」

「『アイスドラゴンが立ちあってもいいか』って? 聞かれりゃそりゃあ勘弁してほしいって言うだろうな」

「ですよね……。戦う意思がないことは会ってもらった方が伝わるかなと。紹介しますね。こちら、アイスドラゴンのケルレウスさんです」


「おう。ギルバート・ブロンソンだ。こっちで言葉を失ってるのが、リリー・シートン。オレのパーティメンバーの一人で、嬢ちゃんたちとの縁が深いから連れている」

「ケルレウスだ」

「ケルレウスさんに立ちあってもらうことにしたのには理由があって。この子たちに呪いをかけたの、たぶん、ケルレウスさんの奥さんなんです」


「待ってくれ。それはむしろ妨害されるんじゃないか?」

「今更そんな無意味なことはせんよ。ベルスが残した最後の思いを見てもよいと言われたからここにいる」

「そうかい。そっちの二人は夏にちらりと会ったか?」

「あ、紹介してなかったですかね。スピラさんとペルペトゥスさんです。二人とも私の心強い友人です」


「敵対する可能性はないんだな?」

「もちろんです。むしろいつも協力してもらっているし、解呪も手伝ってくれるそうです」

「……まったく、ここにいるだけで寿命が縮みそうだ。アイスドラゴンの方がかわいげがあるなんてどんだけだァ?」

 ブロンソンが頭をかきながらごちる。

「ごめんなさい……」

 相手の強さが肌でわかるというのも、便利なようでいて大変なのかもしれない。


「いや、いい。味方でいてもらえるんなら心強いってことにしておく。始めるか」

「はい」

 ミスリルの檻を解除する。赤ん坊が生きられる環境ではないけれど、アースドラゴンのウロコの上なら問題ないはずだ。一応、毛布と魔石仕様のカイロも足しておく。


「ドラゴンの血は?」

「用意しました」

 オスカーが小ビンをブロンソンに差しだす。

「……このビンからも相当ヤバそうな感じがするんだが? そこのアイスドラゴンの旦那の血じゃないよな?」

「すみません、そこは秘密っていうことでお願いします」

「そうだな。オレも命は惜しい」

 受けとったビンから一滴ずつ、凍っている赤子の上に血を落としていく。ジュワッと黒いモヤが出て消える。


「これでじいさんの呪いの本体とのつながりは切れたはずだ。一人ずついくぞ」

 ブロンソンが子どものひとりの胸のあたりに片手をつっこんだ。前に解呪を見たことがあっても心臓に悪い絵面だ。

「……っ、……」

 ズルッ、ズルッと黒いものがひきずり出されてくる。それは次第に大きくなって、目のない真っ黒なドラゴンの形に変わっていく。ケルレウスよりも大きいくらいだ。


「オイオイオイ……、本体じゃなくて、一人分でコレかよ……。悪い、嬢ちゃんたち。オレには引きずりだすので精いっぱいだ」

「わかりました。私たちで倒しますね」

「ウヌがやろう。暇だからな」

「ペルペトゥスさん、ぺしゃんこにするイメージがいいようです」

「承知」

 赤子の方へと戻ろうとする呪いへとペルペトゥスが駆ける。視力強化をかけていない状態だと風が抜けた程度にしか認識できない。


「ふむ。ここでは狭いな」

 声がしたと思った次の瞬間、呪いが空を飛んでいった。ペルペトゥスに投げ飛ばされたのだろう。一瞬ペルペトゥスが見えて、勢いよく跳躍していった。


「あ。追ってきますっ」

 ホウキを最速で飛ばして、移動しながら身体強化をかける。

 ペルペトゥスは呪いを捕まえて、凍土に投げ下ろしたところだ。


「やっぱりっ……! ラーテ・エクスパンダレ、フィト・ウィア・ウィ、ゴッデス・プロテクションっ!!」

(間にあって……!)

 早口で詠唱する。広域化と魔法強化をかけた上で、大地に広く最上位の防御魔法をかける。ペルペトゥスが相手を消し飛ばすつもりで本気で攻撃したら、凍土の方がもたないはずだ。


 かけ終えた直後、離れているのに強い風圧に吹き飛ばされそうになる。

「ひゃあっ、プロテクション・スフィア」

 自分を守るように防御魔法をかける。オスカーやみんながいるあたりはここからもだいぶ離れているからさすがに大丈夫だろう。風が収まってからペルペトゥスの方へとホウキを飛ばす。


「ペルペトゥスさん、お疲れさまです」

「跡形もなく消し飛ばしたが。これでいいのか?」

「はい。大丈夫だと思います」

 あたりを見回しても、もうそれらしい影は見えない。


「ふむ。思っていたより歯ごたえがなかったのう。ケルレウスの方がはるかに強かろう」

「相手に知性がなくて、ブレスとかも使えないみたいでしたものね。ペルペトゥスさんもリミッターをかける必要がなかったし、ぜんぜん相手にならなかったですね」

 むしろ二次被害を防ぐ方が大変だった。ブロンソンがいるから、壊れないダンジョンスペースを作るわけにもいかないのが辛いところだ。何もない広い場所として北の凍土を選んだのは正解だったと思う。


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