6 [オスカー] クルス氏との密談
パリンッ! パリンパリンッ!!!
魔法陣周辺の水晶球が次々に割れた。
パリーンッ!!!
最後にひときわ大きな音が響いて中央の大きな水晶球が粉々になり、魔法陣の光が収まった。
クルス嬢は今回の魔力開花術式を行う前から、魔法が使える魔法使いだった。魔法が使えることを隠していたものを、隠さなくてよくなるように術式を受けに来たのはわかっている。
本来の術式の反応とは違うことが起きる可能性は想定していた。が、魔法を使えるのに重ねて受けたら反応しない可能性が高いと思っていたから、この事象は完全に想定外だった。
反応が完全に収まるまで動けなかった。
それでもクルス氏よりは早く現状を受け入れられたのは、予想外のことが起きる可能性を知った上でこの場に臨んでいたからだろう。
困って固まっている彼女と目が合うとハッとして、すぐに魔法陣の中央に駆けよった。
「クルス嬢。ケガはないか?」
「ぁ……、はい。……それは、大丈夫そうです」
彼女が少しだけ安心したように答えてくれる。
粉々になった水晶のカケラが落ちているが、砂のような粒子状になっていて、尖ってはなさそうだ。
彼女が無傷で、ひとまずホッとした。
「オスカー・ウォード」
クルス氏に低い声で呼ばれる。彼女に近づき過ぎただろうかと慌てて振りかえると、いつものような敵意ではなく、もっと真剣な顔が向けられている。
「二人で話がある。ジュリアは少し、外の控室で待っていてくれ。すぐに呼ぶ」
「……はい、お父様」
クルス氏がピリッとしている感じを受けて、彼女が一層おろおろと不安そうに部屋を出る。
こういう時はすごく、彼女を守りたくなる。
クルス氏の前で事象は起きてしまった。彼女が知られたくないことにクルス氏が気づきそうになった時には、どうにかしてごまかすのが今の自分の役目だ。
そう決意してこぶしを握りこむ。
クルス氏が彼女を控え室まで見送り、しっかりとドアが閉まっていることを確かめてから振り返る。
「オスカー・ウォード。この部屋は他に聞かれることがないからここで話す。これから私が言うことは他言無用だ」
「了解した」
クルス氏がまっすぐに目を見てくる。ニラまれているようだが、探っている感じか。少しして、どこか満足そうに頷いてから続ける。
「お前は、今の事象を見たことがあるか?」
「いや。見たことも聞いたこともない」
「私も聞いたことしかない」
(聞いたことがあるのか……)
どんな話になるのか想像がつかない。イヤな汗が出そうだ。
(彼女の秘密に触れるようなことか……? なんと言えばいい……?)
クルス氏が続ける。
「魔力が強すぎると、水晶が割れることがあるらしい。と言っても、滅多なことでは起こらない」
(魔力量か……)
ホッとした。示しているのがそれだけなら、異常ではあっても、絶対にありえないことではない。
魔法の素質は遺伝によるところが大きいけれど、それだけではないから、元々素質がある家の子が規格外の素質を示しても不思議はないだろう。それだけで彼女の秘密に気づかれることはないはずだ。
少し力が抜ける。
「私が知っているのは、現冠位一位、魔法卿が魔力開花術式を受けた時に、中央の水晶が割れたという話だけだ」
「魔法卿……」
思いがけない言葉が出て、すぐに安堵が打ち消される。
魔法卿。それは全魔法使いの頂点を指す。一国の国王をもはるかにしのぐ権力を持った魔法使いだ。ある意味では世界の頂点とも言えるかもしれない。
「当代の魔法卿は術式を終えた後すぐに中央に移され、後継ぎの候補として先代の魔法卿から直接教育を受けた。ジュリアはその魔法卿をもしのぐ魔力を示した。この意味がわかるか?」
「……報告したら、同じことになると?」
「そうだ。中央は常に高い魔力を持った才能を探している上に、次代の魔法卿候補はまだ現れていない。喉から手が出るほど欲しいだろう。
全ての水晶を割っただなんてことが上に知れたら、間違いなくジュリアはこの町にはいられなくなる。それはお前も望まないだろう? だから、協力してほしい」
要は彼女の結果を見なかったことにしてほしいということだろう。
クルス氏からそれを持ちかけられたのは意外だけれど、ありがたい言葉だ。元々自分は、彼女が術式で異常な反応を示した場合に隠蔽するためにここにいる。
が、魔法卿候補となると少し話が変わるとも思う。クルス氏と自分だけで決めていいことではないだろう。
「……彼女がそれを望むのなら」
「そうだな。確かに、ジュリアがどうしたいかも聞くべきだろう。その上で、もしこの町に残ることに決めたなら、私はこの事実を隠し通す。お前も口外無用だ。わかるな?」
「ああ。了解した」
異存はない。それが彼女を守ることになるのだということはわかっている。
「それと……」
クルス氏がおもいっきり眉を寄せて続ける。
「業腹だが。お前をジュリアの教育係につける。ジュリアには下級魔法以外は教えるな」
「それは……、さすがに過保護では?」
教える教えないも、彼女は既に上級魔法を使えるとは言えない。
「いや、下級魔法だけでも危険なくらいだ。魔法卿の元に行かずに力を示せば、世界の均衡が崩れかねない。ジュリアを巡って戦争が起きてもおかしくない。あの子はそのくらいの力を持っている」
息を飲んだ。それはさすがに、とは思わない。
自分が知っている、瀕死の重体を完全に回復させられる力だけでも、どんな手を使ってでも手に入れたいと思う国はあるだろう。
それほどの力を攻撃に転じたら、世界を統べる魔王にもなれるかもしれない。魔法卿をも力でねじ伏せられる可能性があるというのはそういうことだ。
「私はあの子を、魔法協会や国の道具にはしたくないんだ。それにはお前の協力が要る」
「……わかった。自分も最善をつくそう」
「頼んだぞ」
そう言って、クルス氏がクルス嬢を迎えにいく。
(……彼女は、本当に大切にされているんだな)
クルス氏が術式に入ることでどうなるかと思ったが、結果的には一人で対応するよりよかったかもしれない。
(クルス氏は……、もし彼女の真実を知っても受け入れてくれるだろうな)
今日の様子から、そう確信できる。
いつか彼女がすべてを話してもいいと思える日が来るといい。
そんなことを願った。




