37 内緒にしないといけないようなことをしないでください
みんながドラゴンの巣の近くに供物を置いて立ち去った。完全に離れるくらいの時間を置いてからノーラに声をかける。
「さて、箱から出ましょうか」
「呆れたわ。あなたの仲間たち、本当にあなたを置いて行ったのね」
ツンとしているようでいて、どこか同情めいた響きだ。
「私がそれを望んだので」
ノーラが深くため息をつく。
「何もかもが信じられないわ。あなたも、あなたの仲間たちも」
フタを開けて外に出る。
「待って、ジュリア。あなた怖くないの? ドラゴンの目の前なのでしょう?」
「大丈夫ですよ? こちらから侵害しない限り、ドラゴンはおとなしいので」
「ドラゴンがおとなしい……?」
箱の中のノーラがおもいっきり顔をしかめた。
「ふふ。出てきてみてください」
手を差しだしてみる。
「ひとりで出られます」
どこかふてくされたみたいにしながらノーラが出てくる。ちょうどそのタイミングで、一頭のイエロードラゴンがこちらに飛んできた。
「キャアッ」
ノーラが叫んで後ろに隠れる。
飛んできたドラゴンは少し手前で止まって頭を下げてきた。
『ありがとう。おかげで誰も傷つかなかった』
「ふふ。こちらこそ」
下げられたドラゴンの鼻の上を軽くなでる。
「ジュリア……、あなた、ドラゴンの言葉がわかるの……?」
翻訳魔法は自分にしかかけていないから、ノーラにドラゴン側の言葉は聞こえていない。自分の対応を見てそう感じたのだろう。
「なんとなく感じるだけですよ? ドラゴンの巫女らしいので」
「ドラゴンの巫女……?」
「ちょっとした特殊能力です」
魔物と話せる魔法があることは一般には秘密だから、そういうことにしておく。
「呆れた……。あなた、勝算があって一緒に供物になったの?」
「まぁ、そうですね。神官には知られたくなかったし、この様子を見ないとノーラさんも受け入れられないと思ったので昨日は言えなかったのですが。
そもそもドラゴンがヒトを食べるとは聞かないので、慣習的な自己満足だろうとは思っていました。昔の供物の子たちも、捧げられたあとはドラゴン以外の原因で亡くなったのではないかと」
前の子は崖から落ちたのを知っているけれど、それはドラゴンからの情報だから伏せておく。代わりに崖下に視線を向けると、ノーラは合点したようだった。
巣に戻るイエロードラゴンを見送る。他のドラゴンたちは静かに巣からこちらを見ていて、もちろん攻撃してくる様子はない。
「さて、ノーラさん。私たちは無事に供物として捧げられました。ドラゴンたちも満足そうで、これ以上を必要とする様子はありません。ここまではいいですか?」
「……そうね。その通りだわ」
「ここに残っていてもしかたないので、私は、この国の人たちに知られないように国に帰ります。ノーラさんはどうしたいですか?」
「……わたしは……、帰れるところなんてない」
「なら、ここに残って、無意味に他の魔物に追われたり、崖から落ちたり、飢えたりしたいですか?」
「そんなのはイヤに決まってるじゃない!」
「なら、一緒に来ますか?」
「……いいと思う? 一緒に行っても」
「ノーラさんがそれを望むなら。事情を話せばうちに住ませてもらえると思うし、私の部屋は今は使っていないので、よかったら使ってください」
「いいの? あのステキな部屋に住んでもいいの??」
一気に目が輝く。幻で見せた部屋を本当に気に入っているようだ。
「はい。お父様とお母様がいいと言えばですが、大丈夫だと思います。フライオンア・ブルーム。乗ってください」
ホウキを出して自分の前を示すと、ノーラはわくわくした様子でまたがった。
「なるべく低く飛びますが、怖かったら言ってくださいね」
ふわりと浮かばせると、ノーラがはしゃいだ声をあげる。
「すごい! 飛んだわ! 飛んでいるのね」
「はい。飛んでいますね」
移動に合わせてドラゴンたちが見上げてくる。笑顔で手を振るとノーラがマネをした。ドラゴンたちもマネるように手を上げる。
『これどんな意味?』
『わからないけどたのしいからいいんじゃない?』
かすかにそんな会話が聞こえる。ほほえましい。
「すごい……。山を上から見られる日が来るなんて」
「はい。キレイですよね」
「すごいわ、ジュリア。生きててよかった……!」
「ふふ。そうですね」
ノーラがそう思えたのが何より嬉しい。
オスカーたちが国王への報告を終えるのには四、五日かかると聞いている。神官たちのペースに合わせて首都に戻る必要があるからだ。
山の方角から西に抜けて、国境を越えて最初に見える街の宿に滞在して二人を待つことになっている。ノーラを連れている間は空間転移などのチートはなしだ。両親に会わせた後にボロが出たら困る。
「すみません、すぐに行けなくて」
「特に急ぐ理由もないし、外国自体が初めてだから、ここでも十分楽しいわ」
ノーラの身分証は持っていないから、宿は自分の魔法協会の身分証でとっている。
お互いに服なども持ってきていないため、貯金で買っておく。とりあえず家に着くまでの分だ。エディフィス王国に残している自分の服はオスカーたちが持ってきてくれる予定だから、ノーラの分を多めに用意した。
「いいのかしら? 何もかも頼りきってしまって」
「もちろんです。私がノーラさんを助けたかったので。私のワガママにつきあってくれているようなものですから」
「ジュリアって変わってるわね」
「え。普通ですよね?」
「わたしが知る普通は、もっと恩着せがましいわ」
「それって自分がイヤになりませんか?」
「自分がイヤに?」
「はい。誰かに恩をきせてる自分って好きになれないですよね? 親切にしている方が心地いいので」
「……そうね。やっぱり普通じゃないとは思うけど、あなたの考え方は好きよ」
「普通だと思いますが、ありがとうございます」
顔を見合わせて笑う。
『ジュリア、この街にいるか?』
四日後の昼頃、通信の魔道具にオスカーから連絡が入った。声が聞けただけで嬉しい。ノーラといるのも楽しいけれど、オスカーが足りなすぎている。去年魔法協会に所属し直してから、こんなに長く離れていたことがなかった。
通信の魔道具の有効範囲は狭い。同じ街にいるのは間違いない。返事をして、借りている宿屋の部屋で落ちあった。
「オスカー」
姿が見えただけで嬉しい。つい抱きついて顔を寄せてしまう。
「ん。元気そうで何よりだ」
抱きしめ返してくれる代わりにやわらかく頭を撫でてくれたのは、ノーラとルーカスもいるからだろう。優しい手に甘えてから少し体を離して彼を見上げる。
「あなたも……、……? ちょっと顔色が悪いですか? 何かありました?」
大きなケガから回復したばかりのような、そんな感じに見える。
「何もないし、いつも通りじゃない?」
「……ルーカスさん、何か隠してます?」
「どうしてそう思うの?」
「オスカーの代わりにルーカスさんが答えるのって、そういう時なので」
もう付きあいが長いし、三人でそうしていろいろなことを乗り越えてきている。自分もオスカーもウソがうまくないから、答えにくい時にはルーカスに頼ってきているのだ。その対応が自分に向くとは思っていなかったけれど。
オスカーが少しだけ困った顔になって、ルーカスが肩をすくめて笑う。
「たいしたことじゃないよ。ちょっとだけね、婚約者を失った辛さを演出するために、物理的に痛い状態で王様に会ってもらっただけ」
「なっ……」
それはつまりオスカーにケガをさせて、すぐに治さなかったということではないか。
「なんでそんな……」
自分のせいでそんなめにあわせたと思うと涙があふれてくる。
「ジュリア。大丈夫だ。ちゃんと治してきた」
「そういう問題じゃないです……」
「ごめんね。ジュリアちゃんはイヤだろうし、そうなるだろうから内緒にしたかったんだよね」
「内緒にしないといけないようなことをしないでください……」
「効果は絶大だったし、王様は後悔してたよ」
「それでも……、私のせいでオスカーが傷つくのはイヤです」
「ジュリアのせいではない。自分が必要だと判断した」
「あなたはもっと自分を大事にしてください。身を危険にさらすことはしないって約束したのに……。危険のうちに入らないとか、そういうのはなしですよ?」
そう思っていたという顔だ。今回はしっかりわかってもらわないといけない。
「あなたと同じことを私がしたらどうですか?」
「……イヤだな」
「ですよね。あなたのケガは私のケガだと思ってください」
「……すまない。気をつける」
ちゃんと腑に落ちた顔になって少しホッとした。
「すごいのね、ジュリア」
「え、私ですか?」
ノーラの言葉に首をかしげる。
「だって、ぜんぜん顔色の悪さなんて分からなかったもの。隠しごとをしている感じもしなかったし」
「そこは付きあいが長いので」
「ぼくも見破られるとは思わなかったよ。今のオスカーの顔色なんて、ぼくから見てもそんなに違わない感じだから」
「え。ちょっと血が足りてない感じですよね?」
そう言うと、ノーラもルーカスも首を横に振る。オスカーに軽く抱きよせられ、彼の頭が降りてくる。
「申し訳ないのに、すごく嬉しい」
耳にかすかに落とされた愛しい声にドキッとした。
(キスしたい……)
思ったけれど、今はガマンだ。




