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35 不良品だと言う少女と一緒に供物になる


「どうして?! どうしてそうなったの?!」

 翌々日、出発して四日目の夜。次の日の朝には儀式をして供物を捧げに山を登っていく日に、ノーラに自分も一緒に供物になる話をした。

 驚きに跳ねあがって、語気強く迫られた。これまでで一番、彼女の感情を見た気がする。


「あなたを一人で行かせたくないので」

 本当の理由はまだ話さない方がいいと言われている。ノーラが拒否する可能性があるし、神官たちにも気取られたくないからだ。


「でもあなたはこの国の人ではないじゃない。供物は一人いれば足りるのだし、一緒に犠牲になる必要なんてないのに」

「心配してくれているのですか?」

「当たり前でしょう?!」

「ありがとうございます。私も同じ気持ちです」

「同じ?」

「はい。ノーラさんが心配だし、犠牲になってほしくないと思っています」


「……けど、しかたないじゃない。わたしは、どうにもならないのだもの」

「はい。なので、一緒に行きますね」

「だからどうしてそうなったの?!」

「あらあ、あきらめてちょうだいね? この子はけっこうガンコだから。一度決めたら説得はムリみたいよ? つきあいが長い人たちが言っていたわ」

 リリーが笑って言って、ノーラが長くため息をついた。


「ほんっとーにっ! 意味わかんないっ!!」

「今夜の魔法は、エルフの森でも見に行きますか? ドワーフの地下迷宮の方がいいですか?」

「ジュリアってほんと、想像力豊かよね」

(行ったことがあるだけだけど、それは言えないわよね)

 ノーラにだけは本名を教えた。他の人には名前は内緒の約束だ。女性同士の小さな秘密は距離を縮めるのに役に立ってくれている。


「エルフとかドワーフもおもしろそうだけど……、今日はあなたの故郷が見たいわ」

「私の故郷ですか?」

「ええ。あなたが生まれ育ったところ。あなたの家とか」

「わかりました。ドリーミング・ワールド」

 幻を見せる魔法で自分の部屋を作りだす。


「わぁ、ステキ! 物語のお姫様の部屋みたい」

「お姫様ではないし、そこまで豪華ではないのですが。一応、貴族の末席にはいるので。ノーラさんのお部屋は違うんですか?」

 祖父の代に借金をしたと言っていたから、貴族ではあってもキレイな家ではなかったのだろうか。


「そうね。そもそも、この国とあなたの国だと家の雰囲気も家具の雰囲気も違うじゃない? 加えて、うちは古いものばかりだから。もっとじめっとして暗いのよ。壁も濃い茶色とか赤とかで、こんなオシャレな壁紙じゃないし。わたしもこんな家に住んでみたかったわ」

「この国の建物はこの国の建物でステキだと思いますが、私の部屋を気に入ってもらえたのは嬉しいです。ダイニングとか客間とかもお見せしますね」

 自分にとっては日常だった光景だけど、ノーラはどれも楽しそうに目を輝かせてくれる。


「ジュリアのご両親は?」

「見ますか?」

 ドリーミング・ワールドの幻の中に両親の姿を思い描く。

「まあ、カッコイイお父様に、キレイなお母様ね」

「そうですかね?」

 母はキレイな方だと思うけれど、父はいたって普通だと思っていた。オスカーの方が何倍もカッコイイ。


「……ご両親はジュリアが供物になることを望んでるの?」

「いいえ。話していませんね」

「ダメじゃないっ!!!」

「ノーラさんのご両親は?」

「うちは、国のために役に立ちなさい、お前にはそれくらいしかできることがないって言われて送りだされてるからいいのよ。わたしはできの悪い娘なの」

「そうなんですか? 王様は才女だと言っていましたが」


「この国で女に求められるのは頭の良さじゃないの。従順さよ。どれだけ頭が空っぽなフリをしてバカな男たちの言うことを聞けるのか。わたしにはできないの。だからわたしは不良品なの。

 それより、あなたよ、ジュリア。やっぱりあなたは一緒に行くべきじゃないわ」

「私が行くべきじゃないなら、ノーラさんも行くべきじゃないと思います」

「どうしてそうなるのよ?! わたしが行くべき理由はいっぱい話したじゃない!」


「私はあなたに死んでほしくないし、あなたも本当は死にたくない。それは理由になりませんか?」

「……でも、ムリなのよ。それは、選べないの」

 ノーラがはらはらと涙を流して、涙を否定するように目をこすった。

「おやすみなさい、ノーラさん。また明日の朝、儀式で会いましょう」

 ドリーミング・ワールドを解除して、リリーと一緒にノーラのテントを後にする。


「なぐさめなくてよかったのかしらあ?」

「あのままあそこにいたら、助けるって言っちゃいそうだったので」

 神官たちに聞こえないように小声で話す。

「まあ、そうよねぇ」

「ノーラさんが不良品なら、私も相当な不良品ですよね」

 今この時も、周りをワガママに巻きこんでいる自覚はある。


「あらあ、アタシもよ? この国の価値観で育っていない人にとっては当たり前でも、ここにいると自分がおかしいことになるのでしょうねえ」

「場所が変わればきっと、できることはいろいろあると思うのですが」

「連れて行っちゃいなさいな。どうせ、助かってもこの国の中にあの子の居場所はないのだから」

「そうですね。供物になった後、二人で話してみます」



 翌朝の儀式は王宮でのそれに比べて簡易なものだった。ものの数分、おとなしくして神官の口上を聞くだけだ。ノーラが入ってきた箱に二人で入る。少し狭いけれど、二人でも座れる広さだ。

 外から中は見えないが、中から外は少しだけ見える作りになっていて、思っていたよりは快適だ。


 一緒に入ったノーラは口をとがらせて、そっぽを向いてしまった。

(一緒に供物になることを認めない、ということかしら)

 ゆっくりと箱が持ちあげられた感じがする。


 外から小さくルーカスの声が聞こえる。

「待って。これ持ってこの傾斜を登るの? 何時間も? 身体強化かけててもきつそうなんだけど。絨毯に乗せちゃダメかな。ホウキにつないでもよくない?」

「なんでも、地に足をつけて行くのが大事らしいぞ」

 答えたのはブロンソンだ。

「何そのすっごく非効率的な考え……」


(ごめんなさい……)

 自分が乗ると言わなければオスカーとルーカスにこの役目が回ることはなかったし、自分も乗っていることで重くもなっているだろう。

「ぁ」

 そこまで考えて、ふと、いいことを思いついた。

「フローティン・エア」

 自分とノーラ、それから箱にも浮遊魔法をかける。この状態なら空気を運んでいるのと変わらないはずだ。


「あ」

 ルーカスの声がした。軽くなったことに気づいたのだろう。続けて通信の魔道具からルーカスの声がする。

『ジュリアちゃんが魔法をかけたの?』

『はい。重いものを運ばせるのは申し訳ないなと。このくらいは許されますよね?』

『ありがとね。助かったよ。気づかれなければ大丈夫だと思うよ』

『こちらこそ、ありがとうございます。お手間をおかけします』


(あの傾斜を飛ばないで登っていくだけでも大変よね……)

 オスカーは楽しんでいそうな気もして、つい笑みがこぼれる。

 そのまま数時間、静かに揺られていった。


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