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34 イエロードラゴンと交渉する


 かなり傾斜がある岩肌の、少しなだらかになっているところに数頭のドラゴンがいた。ワイバーンよりはかなり立派だけど、エレメンタル(ケルレウス)よりは小さい。カラーズだ。暗くてハッキリ色まで見えないけれど、ここのドラゴンはイエロードラゴンだと聞いている。

 横になっているところにゆっくりと降りて声をかける。


「こんばんは」

『……おどろいた。ドラゴン語を知るヒトの子とは』

 一番手前の一頭がゆっくりと首を上げた。

「お休みのところ、お邪魔してすみません。少しお話をしてもいいですか?」

『かまわない。ここに客人が来るのはめずらしいから』

 ワイバーンよりは流暢で言葉の種類も多いが、エレメンタルのケルレウスより幼い印象だ。


「ありがとうございます」

 近づきすぎないけれど話しやすいくらいの距離でホウキを降りた。戦闘意思がないのを示すためにも座っておく。オスカーが真似るように隣に座ったけれど、少し緊張している気がする。


「ここにヒトが来るのは珍しいのでしょうか」

『めずらしい。前はまだボクがこどものころだった』

「どんなヒトだったんですか?」

『せつめいがむずかしい。ヒトの見た目の差はよくわからないから』

 自分たちが同じ種類の魔物を外見で見分けられないのと似たようなものなのだろう。


『大きいのが箱をはこんできて、中にいる小さくてカラフルなのを置いていった』

「……三十年前の供物でしょうか」

『クモツ?』

「ヒトからみなさんへのプレゼントです」

『なぜ?』

「この国ではドラゴンを崇めているそうなので」

『アガメル?』

「えっと……、神様みたいな?」

『カミサマ?』


「うーん……、説明が難しいですね。みなさんをすごいものとして見ているので、プレゼントを持ってきたのかと」

『こまる。ヒトをもらっても』

「ですよね……」

 自分が知るドラゴンたちと同じ感覚だ。


「ちなみに、その人はどうなったのでしょうか」

『落ちて動かなくなった。それからジャイアントスネークに食べられた』

「ですよね……」

 上げた首の方向で崖下を示される。座っているこのあたりを除いて、かなり傾斜がきつい。ほぼ崖になっている場所もある上に、人の食べ物になるようなものもない。

 ドラゴンに何もされないとわかって助かろうとしても、魔法使いでもなくクライミングのトレーニングも受けていないような少女が助かるような場所ではない。あまりに予想通りすぎて頭を抱えたい。


「実は、明々後日の午後にまたヒトが運ばれてくる予定がありまして」

『プレゼントか?』

「はい」

『こまる。ヒトをもらっても』

「はい。なので、私も一緒に来て、その子を助けたいと思っています。かまわないでしょうか」

『好きにするといい。ボクたちとは関係がない』


「ありがとうございます。ただ、少し問題がありまして」

『なんだろう』

「一緒に来る人たちが前と違って強いので。もしみなさんが戦おうとするなら、どちらもケガをすることになります」

『戦わない。かってに来て置いていくだけなら』

「はい。それは、来てみてそうだろうなと確信しました。けど、彼らは今回、みなさんの卵を持ち帰ろうとしています。今、巣に卵はありますか?」


『ボクはない。あっちにある』

『じょうだんじゃないよ! ウチの子を持ってこうだなんて!』

 話が聞こえていたのだろう、奥のドラゴンが声をあげる。

「あるんですね……」

 困った。卵に透明化をかけて守ることはできるけれど、それはドラゴン側に肩入れすることになる。加えて、そうして守っても他の場所で他の卵が盗まれるわけだから、解決にならない。なかった時も後者は変わらないけれど、いくらか気が楽だっただろう。


「ひとつ、聞きたいのだが」

 オスカーが落ちついた声でゆっくりと、卵を守るドラゴンに声をかけた。

『なんだい?』

「卵は何個ある?」

『四個だよ』

(複数あるなら一個くらい……ってオスカーが考えるとは思えないけど)

 何人子どもがいたとしても、その子はその子だとわかっている人だと思う。他の人が言いだすならわかるけれど、オスカーらしくはない。


 不思議に思っているうちに、オスカーが考えるようにしながら続ける。

「ドラゴンの卵は通常、すべてかえるのだろうか」

『言っている意味がわからないね』

「人はトリの卵をよく食べるのだが、それはかえらない無精卵を産ませている。もしそういうものがあれば争わずに済むと思うのだが」

(なるほど……!)

 元々誕生しない命なら、それは命を奪っていることにはならない。


『ある。かえらないこと』

 最初のドラゴンが代わりに答える。

『アホウ。かえるのを最後まで期待してまつのが親だろうに』

「あの。卵の育ち具合によるのですが、中で生きているかを確認する方法ならあります」

 オスカーから、そんなこともできるのかという顔で見られた。心外だ。いつもいつも特殊な魔法を使っているわけではない。


「あなたも使える魔法ですよ? 聴力強化をかけて卵に耳を当てれば、心臓ができた後なら心音が確認できるはずです」

「なるほどな」

 前の時、クレアの妊娠中に母から言われて、時々オスカーがやっていた。懐かしい方法だ。


『へえ? 生きてない卵に期待しつづけなくていいわけかい』

「そうですね。認めるのは辛いかもしれませんが」

『元から命になってないならしかたないさね』

 他のイエロードラゴンたちもおもしろがって集まってきた。全員に聴力強化をかけて、ひとつずつ卵の音を聞いてもらう。


『あら、ほんと、聞こえるものね』

『おおっ、ドクンドクンいってるな!』

『おもしろい。生きている音がする』

『なんだなんだ、聞こえんぞ』

 ひとつだけ、満場一致で音がしないことが判明した。自分とオスカーも聞かせてもらったけれど、他の卵と違ってなんの音もしない。

「では、この卵をゆずってもらってもいいでしょうか」

『かまわないさね。生きていないんだから』

「ありがとうございます」


「これは提案なのだが。ここのイエロードラゴンの習性として、生きていない卵がわかり、巣の外に出すと思わせるのはどうだろうか」

「今回は生きている卵に透明化をかけようと思っていたのですが、そう思わせておけば今後も巣の中の卵には被害が出にくくなりますものね。やり方はルーカスさんにも相談してみましょうか」


『キミたちはヒトなのにボクたちに味方するんだね』

「あなたたちが傷つかなくて済むならその方がいいと思っています。けど、もしあなたたちが一方的にヒトに攻撃するなら、私はヒト側で戦います」

『さみしいね。そうなったら。せっかく話せたのに』

「ふふ。私もです。なので、お互いにほどよい距離で住み分けられることを願っています」


『ヒトが入ってくることはあっても、うちらがヒトの領域に行くことはないよ。食べてもうまくないしね』

『食べるなら木の実とトリがいいね』

『さっき聞いたトリの卵もうまそうだね』

『プレゼントされるならそっちの方がいい』

『魔鳥の卵だともっといいね』

 魔鳥という名前のトリはいない。トリ型魔物の総称だ。どうやらカラーズのドラゴンの主食はそのあたりらしい。


(ユエルを連れてきていたら狙われそうね)

 ピカテットは魔獣に分類されるけれど、魔鳥の要素も持っている。サイズ的にもちょうどよさそうだ。ペルペトゥスやケルレウスにとっては小さすぎるだろうが。

「どうにかそのあたりも伝えられるといいのですが」

「ああ。ウィン・ウィンの関係を作っていくためにはお互いに知る必要があることを改めて認識した」

「ドラゴン種の生態はほとんど解明されてないですものね」


 帰ることを告げると惜しまれた。

『また話そう。いつでもおいで』

「ありがとうございます。また来ますね」

(なんでか、魔物の方が人より話が通じるのよね……)

 人はすごく人による。オスカーのように通じる人もいれば、国王のようにまったく話せない人もいる。

 魔物も種類や個体差があるのだろうけれど、出会ってきている範囲だと、会話が成立する種は人より話が通じる率が高い気がするのだ。もちろん、どちらも、状況や立場の影響も受けるけれど。


「気のいいドラゴンたちだったな」

「そうですね。人の方から攻撃をしないようにする方が難しい気がします」

「そこはルーカスも交えて検討しよう。自分も尽力する」

「ありがとうございます。心強いです」


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