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32 現人神も正妻も心底遠慮したい


 昨夜はオスカーが甘えさせてくれたおかげでよく眠れた。どんな特効薬よりも効果がある。

(大好き……)

 彼にムリをさせているのはわかっているし、何も返せないのはいつも申し訳ないのだけれど、そばにいてくれるのが本当にありがたい。


(もし一緒になれたら……)

 この上ない幸せを、何倍にもして彼に返せるだろうか。

 それははかない夢なのかもしれないけれど。

(しっかりしないと……)

 問題は山積みだ。自分のことも解決できるかわからないし、ケルレウスの卵を探しに行けていないし、ラシャドの子どもたちの呪いもとけていないし、供物の女の子を助けられると決まったわけでもない。

 これから先で犠牲になる可能性も捨て置くことはできないけれど、目の前のことをひとつひとつどうにかする以外にできることはないのだ。


 身なりを整えてテントを出る。

「おはようございます」

「おはよう」

 朝起きてすぐオスカーと挨拶を交わせるだけで嬉しい。


 軽い朝食をとったところで王様が近づいてきた。オスカーに後ろにかばわれる。と、王様が約束の一メートル手前で止まり、片膝をついて目上への礼をとった。

「敬愛なるドラゴンの巫女様。どうぞ数々の無礼をお許しください」

「はい?」

(ドラゴンの巫女??)

 いったい何が起きているのかがわからない。


「あはは。王様、夢でも見たんじゃない?」

「たとえ夢だとしても神託に違いない。あれほど神々しい姿がヒトであるはずがないからな」

「えっと……、すみません。何が何やらさっぱりなのですが」

「レディ・クルス。貴女が巨大な古竜とエレメンタルのドラゴンを従えている姿を見た」

「え」

 思いあたる節しかないけれど、国王がそれを見る機会にはまったく思い至らない。


「我が国ではドラゴンこそが神。神の代弁者たる貴女は我らの神に等しい」

「すみません、身にあまりすぎるのですが……」

「非常に口惜しいのだが……、朕には既に正妻がいて、この国では離縁は許されざる大罪だ。現人神(あらひとがみ)を正妻以外に置くなどという無礼をするわけにはいかない。故に、どうか、次期国王たる王太子の正妻に迎え入れたい」

「はい?」

 いったい何を言っているのか。頭でも打ったのか、サンダー系の魔法で神経がズレたのか、正気を疑いたい。


「うわぁ、そうきたか……」

 ルーカスが小さくつぶやいた。何か知っているのかもしれないけれど、後回しだ。

「あの。何度も言っているように、私には婚約者がいまして」

「なんの地位もない一般人ではないか。宝の持ち腐れにも程がある」

「地位とかそういうのとは関係なく、私にとっては世界一なんです。世界でただひとり、心から愛しています」

「息子もなかなかいい男だぞ? 朕ほどではないが」

(言葉は通じているのにぜんぜん通じない……)

 頭を抱えたい。


『ジュリアちゃん、聞こえる?』

 ルーカスから通信用の魔道具で連絡が入った。周りには聞こえない通話だ。

『はい、なんでしょう』

『ごめんね。ぼくがドリーミング・ワールドでちょっとドラゴンたちを見せたせいだと思う』

『なるほど……、それで古竜とかエレメンタルとか言っていたのですね』

『で、この手のタイプは話しあってもお願いしても聞かないからさ。ジュリアちゃんのタイプじゃないのはわかってるんだけど、強く命令してみて?』

『命令……、わかりました。やってみます』


「……いいかげんにしなさい、イシュメル」

 母が父を怒る時のマネをしてみたら、王様が驚いた顔になった。そのまま続けてみる。

「私が現人神だと言うのなら、なぜ私の言うことが聞けないのですか。私はこの国に収まる気はありません。あまり聞き分けがないことを言い続けるなら、ドラゴンの怒りを示しますよ」

 国王が沈黙する。精一杯の威厳をもってがんばってみたけれど、どうだろうか。


「……今、朕をなんと呼んだ?」

「イシュメル?」

「ふむ。やはり息子にも渡したくないな」

「はい?」

「名を呼ばれるだけで心躍るのは何十年ぶりだろうか。レディ・クルス。朕を選べ。さすれば大罪であろうと離縁を成立させよう」

 立ち上がって手を取ろうと伸ばされた手を、オスカーがはたき落とす。


「ウッディ・ケージ。フローティン・エア。フライオンア・ブルーム。スパイダー・ネット」

 それから、流れるような詠唱で国王を木の檻に閉じこめ、浮かせて、ホウキに乗り、網で木の檻ごとつなぐ。

「半径一メートル以内に入ったからな。自分が責任をもって届けてくる。途中で疲れて高度が下がり、死なない程度に湖に落としてしまうかもしれないが、そのくらいはかまわないだろう」

「いや待て。それはさすがにまずいだろ。エルヴィス、同行してくれ。事情説明も頼む」

 ブロンソンが慌てて、元からのパーティメンバーの魔法使い、エルヴィスに声をかける。


「了解しました。事情の方は、国王が兵士に紛れて女性を追いかけてきたのが発覚したから連れ戻ってきたということでいいですか?」

 すかさずルーカスが答える。

「そこは視察っていうことにしておいてくれると、ぼくらも助かるかな。女性の嫉妬は怖いからね。変な矛先がこっちに向くのは困るから。

 王様自身はさすがに言わないでしょ? 自分の身を守るためにも、クルスちゃんが危険にさらされないためにも」

「言って離縁されるのもいいだろうが、事はそんなに単純ではないからな」


「あの、本当に、心から、早くあきらめてほしいのですが」

「昨日のようにドラゴンの怒りを示すか?」

「昨日のように?」

 身に覚えはないけれど、ルーカスが幻を見せたと言ったから、その中で見たのだろう。

「起きたらケガはなかったからな。夢かとも思ったが、治療されたと思うのもオツだろう? で、本当はどっちなんだ?」

「……どちらであっても私があなたになびくことはないし、しつこくされるのは嫌いです。あきらめてください」


「世界有数の贅沢をさせられるとしても?」

「興味ありません」

「国政への発言権も持てるが?」

「面倒しか感じません」

「いったい何があればいいんだ!」

「何も。私がオスカーに惹かれたのは、私を私として大事にしてくれるからです。私が拒否しているのにしつこく言いつのる時点で溝しかないですし、オスカー以外に異性は感じません。あきらめてください」

「いいや、それはできない相談だな。王都で待っている」


 ため息がでる。オスカーと同時だった。視線が絡むと、オスカーがひとつ頷いた。

「行ってくる」

「はい。お手間をおかけします」

「手間をかけてきているのはクルス嬢じゃないからな。気にしなくていい」

 オスカーが出発しかけて、一度振り返る。

「……自分も、世界でただひとり、心から愛している」

「はいっ……!」

 気恥ずかしそうに口にして、すぐにオスカーが飛び去っていく。エルヴィスが追った。


 嬉しくて足元から崩れ落ちそうなのをこらえて、自分たちも出発準備だ。状況が落ちついたわけではないのに、ついニヤけそうになる。


 一部始終を見ていたブロンソンが頭をかいた。

「王様にも困ったもんだな。嬢ちゃんに会うまでは普通の為政者にしか見えんかったが」

「断られたことがなくて、断られたことで意固地になっているのかもしれませんね。熱がなくはないけれど、ほしいおもちゃが手に入らなくてダダをこねている子どもに見えます」

「あはは。言い得て妙だね。……ごめんね? うまくあきらめさせられなくて」


「ルーカスさんが謝ることではないので。ルーカスさんでもどうにもできないのは強敵だなとは思いますが」

「あはは。恋愛関係は苦手かもね。フィンもバートもスピラも落ちつけるのに時間がかかったし」

 ルーカスが肩をすくめる。


(ほんと、みんな、どうして私なのかしら……)

 前の時にはこんなことはなかった。オスカーを好きになって、好きだと言ってもらえて、デートをして結婚して、それだけだったのだ。それが何より幸せだった。断り続ける以外に、他の男性をどうしていいかがわからない。


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