5 予想外の魔力開花術式
昼過ぎ、指定された時刻に魔法協会を訪ねた。
「ごめんください。魔力開花術式を予約している、ジュリア・クルスです」
全員自分の顔を知っているとルーカスから聞いたけれど、それは知らないていで丁寧に受付で挨拶をした。
「お待ちしておりました。こちらでお待ちください」
そう言われて一分も経たないうちに、いそいそと父がやってくる。
「よく来たな、ジュリア」
「お父様?!」
(なんで?!)
その後ろにはオスカーがついている。どこか困ったような顔だ。
「今日は私とオスカー・ウォードで立ち合いをする」
(……なんで?)
おおよそ想像できない組み合わせだ。何があってそうなったのかが全くわからない。
前の時はオスカーと、もう一人は同じ部署の先輩、カール・ダッジだったはずだ。
(オスカーは担当部署だし順当だけど)
支部長自らが魔力開花術式に立ち合うなんて聞いたことがない。
(それにオスカーとお父様って、今回は水と油なんじゃなかったかしら。ほんと、なんでお父様が一緒なの……)
頭を抱えたい。
今日の魔力開花術式に唯一立ち合ってほしくなかったのが父なのだ。
すでに魔法が使える状態で魔力開花術式を受けた時に何が起きるのかがわからない。
他の魔法使いが相手ならごまかせる可能性があるし、オスカーや、部署が違うから確率は低いけれどルーカスなら、頼めば口裏を合わせてくれるかもしれない。
けれど、父を相手に想定外のことに対処するのは難しいだろう。
(困ったわ……)
試しに少し抗ってみる。
「あの、お父様はここの支部長なのですよね。術式に立ち合うことがあるのですか?」
「ないな、普段は」
「今日は……」
「お前の術式だからに決まっているだろう」
堂々と言いきられて、それを説き伏せる言葉が見つからない。
魔法協会に親がいる場合、立ち合いが許可された例もないわけではない。ましてやここでは父が最高権力者で、父がルールだ。
(どうしてこうなったのかしら……)
ものすごく困ったけれど、どうにもならなそうだ。
「えっと……、よろしくお願いします」
父のことは父のこととして、オスカーの姿を見られたのは嬉しい。復帰しているということは、もう体調に問題はないのだろう。
(よかった……)
彼が元気にしているだけで幸せだ。
父を先頭に、斜め前を歩く彼を見上げていたら、ふいに目が合った。
(……?)
彼が一瞬、眉を落としたのは気のせいだろうか。すぐに、どこかはにかんだような笑みに変わったが。
(……大好き)
同じ空間にいられるだけで心が躍って嬉しい気持ちになる。前の時はずっとそんな感じだったことを思いだす。
オスカーがいる。そこにオスカーがいる。それだけでいい。
例え、もう二度と手をつなぐことはできなくても。
「ここだ」
案内されたのは、魔法協会の中でもひときわ重厚な扉の前だ。二重扉の間が小さな控え室になっている。
(懐かしい……)
ずっと昔、ここで、オスカーの立ち合いで魔力開花術式を受けた。こうしてもう一度一緒に来る日がくるとは思わなかった。
今日はダッジの代わりに父がいるが。
(何も起きませんように)
そう願って、開かれた重厚な扉をくぐる。
魔力開花術式用に作られているそこは、五メートル四方くらいの小さな部屋だ。専用の魔法陣が床一面に描かれていて、魔力伝導率がいい水晶の柱が魔法陣の中央に一本、円の外周に等間隔に六本立っている。
中央の柱に大きな水晶球、周りには小さな水晶球が置かれている。柱は固定、水晶球は一回ごとに交換されるもので、既に術式の用意がされている状態だ。
(術式が成功すると水晶球に魔力が反映されて……、今の大体の魔力量と、それぞれの属性の適性の高さも見られるのよね)
前の時、自分はこの歳にしては魔力量が多く、全ての適性があって、ダッジから「さすが冠位の娘」だと言われた。
(その後……)
よく覚えているのは、オスカーがそれを否定したからだ。
「いや、彼女の個人適性ではないだろうか」
さらりと言われたその言葉が、当時、すごく嬉しかった。
この人は『冠位魔法使いエリック・クルスの娘』ではなく、『ジュリア・クルス』として見てくれる。それは父の影が大きかった自分にとって救いだった。
(……あそこが始まり、よね)
「ウォード先輩……」
当時はそう呼んでいたことを思いだす。懐かしい呼び名だ。距離を縮めたくて、縮まなくてもどかしくて、それでも踏みだす勇気はなくて。かわいい後輩でいられるだけで十分だと思いながらも、もう一歩先を望んでしまう。そんな時期に紐づいた音がくすぐったい。
口の中だけでこぼしたつもりが、彼に聞こえたらしい。どこか気恥ずかしそうにして、小さく頷いてくれた。
(そう呼んでいいってこと、よね。ここではその方が自然だし)
今日からは改めて『ウォード先輩』になる。不思議と、呼び慣れたファーストネームよりも気恥ずかしい。
(……多分、『オスカー』は最愛の人で。『ウォード先輩』は片思いをしていた憧れの先輩っていう感じがするのよね)
そう呼んでいた時期の方が短くなるとは、その当時は思っていなかった。
幸せだったと思う。その頃も、その先一緒にいられた間も。あの瞬間までは。
術式の点検を終えた父の声で、意識が現在へと戻る。
「ジュリアは中央へ」
「はい、お父様」
指示された通りに魔法陣の中央に立つ。言われたこと以上のことをしないように注意する。
厚い扉が閉められた。
(すごく珍しいけど、魔力開花術式を受けた直後にうまくコントロールできなくて魔力が暴走することがあるから、この部屋は丈夫にできているのよね)
衝撃を吸収できる壁の副次効果で、外に音も漏れないようになっていたはずだ。
父とオスカーが別々の角に立つ。魔法陣の外に出る形だ。
「前の水晶球に両手を乗せ、私に続けて唱えるように」
「わかりました」
「初めに混沌あり。混沌に光あり。世界に摂理あり」
(世界に摂理あり……)
父の言葉を繰り返しながら、その文言が記憶に残る。
(そういえば、術式で唱えていたわね……)
何気なく繰り返していた文言で、改めて意識したことはなかった。『世界の摂理』と話してからは初めての詠唱だ。
「……我、世界の理を動かす力を望む。チェイスィングザ・レインボウ」
(現代魔法言語の呪文……)
人類が魔法を授けられた当初は古代魔法言語だったはずだ。それが長い年月の中で、他の魔法と同じように置き換わっていき、いつしか原型が忘れ去られたのだろう。補助呪文が長いのはその影響もあってかもしれない。
父を模して詠唱を終えたのと同時に、魔法陣が眩しく光る。
「えっ、ちょっ……」
(待って)
誰であっても、魔力が開花すると魔法陣が光る。けれど、こんな、目を開けていられないほどの光り方は見たことがない。
それから、ブワッと魔力が吸われた感じがした。止めようとしたけれどコントロールが効かない。本来は少し力が抜けるくらいの感覚なはずだ。明らかに反応がおかしい。
パリンッ! パリンパリンッ!!!
「っ……」
いくつもの音が重なる。魔法陣周辺の水晶球が割れているようだ。
パリーンッ!!!
最後にひときわ大きな音が響いて目の前の大きな水晶球が粉々になり、魔法陣の光が収まった。
(……えっと、これは……)
なんと言ってごまかせばいいのだろう。
困って父とオスカーを見ると、二人とも言葉を失って立ちつくしていた。




