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30 [ルーカス] 国王に焼きを入れる


 この期に及んでジュリアの愛がほしいなんてのたまった国王、イシュメルにはしっかりと焼きを入れないといけない。どうやら埋めかけた程度では足りないらしい。

(そんなの、もらえるもんならぼくがほしいよ)

 顔をひきつらせているオスカーと一緒に、とりあえず連れ戻す。


 道中でオスカーが大きくため息をついた。

「クルス嬢とつきあう上で一番の苦労が何かを教えてやろうか?」

「なんだ、言ってみろ」

「お前みたいな男が後を経たないことだ」

「それは甘んじるしかないだろうな」

「おい」

「この上なく愛されているんだ。その程度は対価にもならんだろう」


(なるほどね。そういう意味か)

 昔、ジュリアに、彼女がオスカーに向ける気持ちが自分に向けられたら恋愛もできるかもと言った。それと似た匂いがした。


「王様はさ、クルスちゃんがオスカーを愛するみたいに愛されたいんだね」

「……その表現は間違ってはいない気がするな。もちろん彼女自身もほしい。から、こいつが死ぬほどうらやましい」

「あはは。それは同感」

「ルーカス……」

「もちろん冗談だよ?」

 オスカーに申し訳なさそうにされる方が怒られるよりこたえる。冗談にして笑い飛ばしてしまう方がいい。


「ルーカスは置いておくとして、国王陛下には正妻もいるだろう」

「あの女が正妻の地位にいるのは、ただ親に一番権力があるからだ。朕が望んだわけではない」

「他にも山のように女がいるんだろう?」

「地位でしかつながっていない、王という立場に焦がれた女たちがな。後宮にいるのはみんなそんなもんだ。朕を求めるのも身をゆだねるのも、次の王の母になるためだ。ならばただ一時の快楽と割り切った方が気が楽だろう?」


「ま、おーさまにはおーさまの苦労があるんだろうね。けど、それはぼくらには関係ないことだからさ。クルスちゃんたちにちょっかいを出すのはやめてね? 彼女の気持ちはオスカー限定で、絶対に勝ち目はないんだしさ」

「なぜ言い切れる? 人の気持ちは変わるものだろう?」

「普通はね? そこは賛成だけど、あの子は普通じゃないから。それがわかってるから惹かれたんでしょ?」


「普通じゃない、か。……ためらいなく朕を捕まえて埋めようとしたのは確かに普通ではないな」

「あはは。アレは王様が悪いよ。クルスちゃんの地雷を踏んだからね」

「婚約者のためなら一国の王に手を下すのをためらわないってのは、まったくどうかしている」

「それも含めてうらやましいんだろうけどさ」

 一国の王どころか世界をも滅ぼすかもしれないと言っていた。ジュリアの優先順位は明確だ。


「人のものにちょっかいを出す前に、ちゃんとお妃様たちを大事にしなね」

「レディ・クルスが後宮に入ったなら大事にしよう」

「ルーカス、これはもう救いようがないんじゃないか?」

「うん。思っていた以上に強敵だね。……ドリーミング・ワールド」

 小さく呪文を唱える。警戒心を抱いている相手にはかからない魔法だけれど、今の王様は攻撃を受けるとは思っていなさそうだから大丈夫だろう。


 見せる幻は、国王が最も崇め畏れている対象だ。

「何か言ったか? 魔法使い。……魔法使い?」

 国王の目が驚きに見開かれ、畏怖と恐怖が混ざっていく。うまくかかっているようだ。

「待て。護衛はどうした! ギルバート!! ……待て、そんな……」


「……何を見せているんだ?」

 オスカーにはかけていないから、国王の様子を見て不思議そうに尋ねられた。

「たいしたものじゃないよ。ペルペトゥスさんとケルレウスさんを従えてるジュリアちゃん」

「……完全にいつも通りだな」

「あはは。ぼくらにとっては日常だよね。けど、ドラゴン使いの巫女としてドラゴンの怒りを落としたら、さすがにりるんじゃないかなって」

「ドラゴンを崇拝している国だしな」

「そういうこと。運ぶのは頼んでいいかな?」


「運ぶ……? かまわないが」

「……そろそろいいタイミングだね。サンダーボルト」

 ドリーミング・ワールドはあくまでもただの幻だ。雷が落ちる演出をしたところで実際に落ちるわけではないから、怪我をさせない程度に雷の攻撃をあてて気絶させる。


「なるほどな」

 気を失った国王をオスカーが肩に担ぎあげる。完全に荷物扱いだ。

「あれ身体強化は」

「この程度なら必要ない。いい鍛錬だが、いささか距離が短いな」

 ブロンソンたちのキャンプはもう目と鼻の先だ。


 気を失った国王を運んでいくと何事かとざわついた。

「国王様、一日歩いてさすがに疲れたみたいで、戻ってくる途中で寝落ちしちゃって。どこに寝かせればいいかな?」

 尋ねると、ブロンソンのテント内で見ると言われた。兵士と同じ扱いをすると本人には言っていても、万が一を起こさないようにはするつもりのようだ。オスカーが指示されたテントに国王を置いてくる。


「ありがとう。おつかれ」

「いや、礼を言うのは自分の方だ」

「じゃあ、どういたしまして」

「何かあったのか?」

 ブロンソンに尋ねられ、話せる範囲だけ話すことにする。味方は多い方がいい。


「国王様がジュリアちゃんに、『レディ・クルスの愛がほしい』なんて言ったものだから、オスカーの代わりにちょっとぼくが怒っただけ」

「昼のアレで懲りてなかったか……」

「ほんと、困ったものだよね」

 肩をすくめる。ブロンソンのパーティは同情的だ。国王から話をそらし、軽い雑談をして女性たちが戻るのを待つ。


 それほど経たずにジュリアたちが戻ってくる。輪に迎え入れると、たき火で表情が照らされる。

(てこでも動かない顔になってるね)

 この顔のジュリアには何を言ってもダメだ。あきらめて苦笑するしかない。


「おう。どうだった?」

 代表してブロンソンが尋ねる。

「助けましょう」

「なんでそう思ったんだ?」

「あの子は……、家のために犠牲になるつもりでした。でもおびえてもいて。家の役に立ちたいとは願っていても、供物になって死にたいとは願っていません」

「なるほどな……」


「半分は王様の言うとおりだけど、半分は違うってことだね。で、ジュリアちゃんはもう半分を大事にしたいんだ?」

「人の命の不可逆性を考えたら当然だと思うのですが」

 一度全てをなくした彼女が言うと重い。


「嬢ちゃんの気持ちもあっちの嬢ちゃんの気持ちもわかった。が、難しい問題なのは変わらんな……」

「うん。少なくともその子は助けられることも帰ることも望んでないみたいだし、帰れる場所もなさそうだからね。助ける方法はいくらでも思いつくけど、本人の気持ちと、その後のことが難しいかな」


「助ける方法はいくらでも思いつくのか?」

 ブロンソンが驚いたように聞き返してくる。

「うん。依頼は達成したふうに見せて、王様やここの人たちには供物は捧げられたって思わせる方向でね。それが一番、誰にとってもいいでしょ?」

「なるほどな……。正面から依頼を蹴っとばすよりは良さそうだ」


「残りの移動日のうちに、本人を生きる気にさせられたらいいんだけどね」

「毎晩行くと言ってきたので、やってみます」

「うん。ジュリアちゃんとリリーさんでがんばってみて」

「あの、ルーカスさん」

「なに?」

「この子は助けられても、十年に一度か、運がよくても何十年かに一度は、誰かが犠牲になるんですよね?」

「そうだね」


「慣習自体をなくすことはできないでしょうか」

 その希望はなんともジュリアらしい。叶えられるものなら叶えたいけれど、できないこともある。

「ムリだろうね。王様も言っていたみたいに、長い間、この国の人たちはそれを信じてきてるわけだから」

「そうですよね……」

 彼女の表情が陰る。


(あ、これ、ぼくにはムリなやつ)

 言葉を重ねれば重ねるほど泣かせてしまったことがある。こればかりは、どうにも自分ではダメなのだ。

「オスカー」

「ん?」

「少し二人で散歩しておいで」

「……ああ。そうしようか」

 オスカーが手を差しだすと、ジュリアがふわりと笑って手を重ねる。手をにぎるだけで何割か彼女の表情が柔らかくなるのは、オスカーにしかできない芸当だ。


 国王イシュメルの言葉が浮かぶ。

「こいつが死ぬほどうらやましい」

(……どうあがいても、ぼくはオスカーにはなれないからね)

 二人の背中を見守る気持ちの中に、ほんのひとかけら混ざるガラスの破片をどうにか取り除きたいものだ。


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