29 愛がほしいと言われても
オスカーとルーカスに片手づつを引かれて、供物の少女がいるテントへと向かう。
「供物の子には正面から尋ねない方がいいと思うよ。身構えて本音なんて出ないだろうからね。お世話係のていで、今夜はまず仲良くなりなね」
「なるほど……、そうですね。わかりました」
「お前らはレディ・クルスの保護者か?」
「あはは。そういうことにしておいて」
結局、手持ち無沙汰に王様もついて来た。
「自分は婚約者だが? 決闘ならいつでも受けてたとう」
「ちょっ、オスカー?!」
「ほう。朕が決闘で勝てば身を引くと?」
「いや? 自分の首をとりたいなら、とられる覚悟を持って挑んで来いと言っている」
「レディ・クルス。お前の婚約者はちと脳筋すぎやしないか?」
「え、そんなことはないですよ? 確かにちょっと、鍛錬とか戦闘とかが好きだなって思う時はありますけど。
でもそれ以上に思慮深いですし、気持ちもわかってくれるし、優しいし、私が気付けないことを教えてくれるし……」
「もういい、のろけはやめろ」
「え、ぜんぜんのろけてないですよ? オスカーの好きなところを話していいならいくらでも話しますが」
「……言ってみろ」
「ふふ。カッコイイところもかわいいところも、強いところも弱いところも全部大好きですけど。オスカーは私を私でいさせてくれるし、大事にしてくれるし……、さっきみたいに、気持ちがぐちゃぐちゃになった時に私を立て直せるのはオスカーだけなんです。私にとってはどんな魔法使いよりもすごい魔法使いなんですよ?」
「……もしそいつに他に女がいたらどうする?」
「おい」
「もし、だ」
「それはもちろん悲しいですが……」
二回、そう思ったことがあった。ルーカスが女装していた時と、お師匠様から誕生日プレゼントをもらっていた時だ。どちらも自分の結論は変わらなかった。
「……彼がそれを望んでいて幸せなら、それでいいです」
そもそも今回はこうして手を取り合っていることが奇跡なのだ。彼の安全のために近づかないつもりでいたし、今この時だって、もし自分が彼の害になるならいなくなるつもりはある。
自分にどれだけ欠陥があるのかを全て知った上で、これだけ迷惑をかけているのに、そばにいてくれることが本当にありがたいと思っている。
「ふむ」
国王が考えるように黙りこむ。神官たちに迎え入れられ、供物の子の世話係として少しの間入らせてもらいたいとルーカスが説明した。それはむしろ助かると案内される。
「自分たちはここまでだな」
「ありがとうございます」
手を離す前にオスカーが手の甲に口づけてくれる。緊張がすっと落ちつく。
国王が重そうに口を開いた。
「……レディ・クルス」
「はい」
「朕はお前の愛がほしい」
「はい?」
今までの冗談のような軽さではなく、どこか懇願するような視線だ。
供物の少女のテントが開かれる。リリーが先に入り、その後ろについて入っていく。ちらりと、国王がオスカーとルーカスに連れ戻されていくのが見えた。
(聞かなかったことにする方がいいわよね)
あの話の後に愛がほしいとはどういうことなのか、文脈がわからない。けれど今はもっと大事なことがあるから、いったん横に置いておく。
「はじめまして、アタシはリリー。この子はクルス。冒険者よ。道中を快適に過ごすためのお世話をさせてもらうわ」
供物用の箱の前で食事をとっている少女にリリーが話しかける。今の自分より幼い感じだ。十を少し過ぎたくらいだろうか。高級感があるこの国の服で身を包んでいる。
「それはご苦労なことです」
凛とした声、固い顔だ。
「何か必要なものはありますか?」
「不自由はありません」
「もっとお料理を持ってこようかしらあ? アタシたちのところのは美味しいわよ?」
「必要ありません」
なかなか難敵だ。
「じゃあ、体を清めますか? 出発前にもされているでしょうが、スッキリしますよ」
「旅先での水は希少なので、清めは最後の日の前だけだと聞いています」
「魔法で洗うので、水は使わないんです」
「魔法?」
一瞬表情が変わった気がした。興味深そうなあどけない顔だ。
「はい。私たちは魔法使いなんです」
「……洗う以外には何ができますか」
「いろいろできますが……、そうですね、例えば……」
何を見せるのがいいのかと考えて真っ先に浮かんだのは、オスカーが子どもたちに魔法を見せてほしいと言われた時に魔法を使った姿だ。
「ドリーミング・ワールド」
警戒している相手にはかかりにくい魔法だけど、多めに魔力を込めればねじ伏せられる。
幻として映しだしたのは、空から見た雄大な自然だ。魔法使い以外が見ることはほとんどない景色だろう。
「わ、え、うそ、落ちない??」
「はい。これは幻なので」
「幻……」
「他にも世界一大きな木とか」
「わあ……!」
「広い、どこまでも続く海とか」
「きれい……」
「満天の星空も」
「すごい……」
「海の中とか……、青く光る洞窟もどうですか?」
「すごい! 魔法って、魔法使いってすごいのですね!」
「ふふ。気に入ってもらえてよかったです」
笑って元に戻すと、相手の少女がハッとした顔になり、それから気恥ずかしそうに下を向いた。
「どうかしましたか?」
「たいへんはしたない姿をお見せしてしまい、失礼いたしました」
「はしたない?」
「良家の子女がはしゃぐものではないでしょう」
「えっと……、すみません。私もそれなりに良家の子女なので、こちらに刺さっています……」
「冒険者ではないのですか?」
「今は冒険者をしていますが、一応貴族の末席ではあります」
「あら、あなたもいろいろ大変だったのですね……」
同情的に見られているのは、何か勘違いされているからな気がする。が、今は他に聞きたいことがある。
「あなたも、というのは……」
「口が滑っただけです」
「あらぁ、滑るお口があるのねえ?」
「いいえ。私は大変ではありません。何も。ここにいるのは栄誉なことなのです」
言葉とは裏腹に、体は小さく震えている。
(やっぱり怖いわよね……)
「……もし、供物にならなくて済む道があるとしたら嬉しいですか?」
少女が大きく目を見開く。それからぐっと目をつむり、拳を握って、ふるふると首を横に振った。
「いいえ。……いいえ。これはたいへん栄誉なお役目なのです。ドラゴン様に捧げられた娘の家は三代の繁栄が約束されます。……たいへん、栄誉なことなのです」
必死に言いつのる姿に泣きたくなる。
「……わかりました。話してくれてありがとうございます。毎晩来るので、不自由があったり、してほしいことがあったらなんでも言ってください」
「ありがとうございます」




