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28 供物の中身を知って世界が回った


 国王から「レディ・レンジャー・レッド」と呼ばれ、なんとか笑うのをこらえた。オスカーたちもこらえている顔で、リリーに至っては堂々とクスクス笑っている。


「おい。そう名乗ったのはそっちだからな?」

「レディをつけられるとは思ってもみなかったので」

「呼び捨てがいいのか?」

「いえ。なら、レディ・クルスでお願いします」

「そっちが本名か」

「クルス・レンジャーレッドです」

 さっき決めた偽名を名乗っておく。今回はまじめに言えた気がする。リリーたちも笑うのをこらえてくれた。


「む。まあよい。レディ・クルス。今日の料理はレディ・クルスがしていたようだが、いつもそうなのか?」

「あ、いえ。私たちはサブメンバーなので、普段は違います」

 式典への同行を頼んだ時にそう申告しているから、その答えでいいはずだ。


「王様は運がいいっすよ。普段なんてひどいもんっすから」

「男所帯の冒険者なんて大体味は二の次三の次だからな」

「リリーさんがいらした時には期待したんですけどね」

「あらあ? 女性はみんな料理が得意っていうのは無意識の差別よ?」


「全部黒炭にする呪いにでもかかっているようだったな。まさかオレにやらせろと言う日が来るとは」

「ギルバートはギルバートで、表面さえ火にあてれば食べられる派ですからね」

「いっそなんの手も加えていない携帯食の方がマシって思う日が来るとは思わなかったっすね」

 味以前の問題に聞こえるけど言わないでおく。


「バランスとしては魔法使いが多くなるけど、ぜひクルスちゃんにはこのまま残ってもらいたいよな」

 全体から肯定が返る。ちょっと気恥ずかしい。


 話しながら食べている奥で、白服たちがせっせと大きなテントを設営している。供物のためのテントは、設営も移動も白服だけで行う決まらしい。ドラゴン信仰の神官も楽ではなさそうだ。

 更にいくらか時間がかかって、やっと設営が完了したテントに供物の箱が運びこまれていく。


「そういえば、ずいぶん大きな箱ですが。供物には何が用意されているんですか?」

 カラーズと、エレメンタルやエイシェントドラゴンでは好みが違うかもしれないけれど、ケルレウスやペルペトゥスへのお土産の参考になるかもしれない。聞いたのは、そのくらいの軽い気持ちだった。


「そういえばオレたちも聞いてないな」

「直接依頼に関わることではないですからね」

 ブロンソンとパーティ仲間が続き、国王が不思議そうにする。

「なんだ、ドラゴンへの供物なんて決まっているだろう? この国だと常識なんだが」

「そうなんですね」

 中央の大きなテントの中でシルエットが動く。箱が開けられて、中から自発的に出てきたように見えた。


(え。そんな、まさか……)

 テントに映しだされたその形に心臓が跳ねる。見間違いだといいと思っていたところに、国王の言葉が重なった。


「若い娘だ。男を知らない、な」


 目の前がぐるんと回った感覚があった。すかさずオスカーが支えてくれる。

 ブロンソンが声を上げた。

「聞いてないぞ! 供物と言われれば、普通は物か、せいぜいが家畜だろう!」

「ドラゴンへの供物は人と決まっているだろう。なにを騒ぐ必要がある」

 この国では当たり前というように言われても、自分たちにとっては想定外すぎる。


「そんな非人道的な慣習に手は貸せん」

「勘違いするな。あの娘は強制されたのではなく、自ら志願してここにいる。複数の志願者の中から最も身分が高く教養もある娘が選ばれ、その家の格も更に引き上げられる、たいそう名誉な役割だ」

 言葉は入ってくるのに意味が理解できない。男を知らない若い娘ということは、今の自分とそう変わらないのだろうし、結婚する前のクレアとも変わらないということではないのか。


(志願? 名誉?? 供物になるっていうのは死にに行くのと同じ意味なのに??)

 頭がぐるぐるして気持ち悪い。本人は怖くないのか、親兄弟はどんな思いで送りだしているのか。支えてくれるオスカーに身を任せて、握られた手に力を込める。


 国王の言葉にブロンソンが眉を下げた。

「けどなぁ……」

「我が国はそうして何千年も繁栄してきた。その間、都へのドラゴンの被害は皆無だ。他の魔物もほとんど首都には現れていない。もし供物を捧げず、儀式用の卵が揃わず、都に被害が出たら誰が責任をとる?」

(ずるい……)

 卵を盗んだことで都が襲われたとしても、供物を捧げなかったからだと因果関係をすり替えられてしまったら、そうでないことの証明はできない。悪魔の証明だ。


「そもそも、依頼は既に受けているだろう。反故にする気か?」

「そこは重大事項の記載がなかったってことで、冒険者協会にキャンセル権を主張できると思うが。……相談する時間をくれ。供物の少女とも話してみたい」

「夜の間や移動中に好きなだけ相談するがいい。が、神聖な儀式の行程を遅らせることは許可できんし、捧げれる娘は神官以外の男とは口をきけない決まりだ」


(神官以外のとは……)

「私やリリーさんは話してもいいということですか?」

「そうなるな」

「なら、私が話してきます」

 心配そうなオスカーと視線が絡む。ひとつ頷いて、体に力を入れる。彼を感じていられたおかげで少しは持ち直している。


「もちろんアタシも一緒に行くわ。乙女の一大事ですものねえ?」

「なら、二人に頼む。様子を探ってきてくれ」

「わかりました」

「近くまでは送ろう」

「ありがとうございます」

 立つ時も力を貸してくれたオスカーに甘えて、手を借りておく。


「まあ、うらやましい」

 リリーが冗談めかして言ってブロンソンの方を見る。

「リリーはこれといって平気だろ?」

「ええ、そうねぇ」

 肯定しているのに不満そうだ。


「神官長に話を通す必要があるから朕が同行しよう」

 オスカーとつないだ手の前に手を差しだされる。オスカーに手を引かれて回避した。と、今度は反対側の手に手をのばされる。

「ぼくが行くよ」

 すかさずルーカスに空いている手を取られた。


「ぼくから話しても問題ないと思うけど、王様も行くならリリーさんのエスコートをしてあげたらどうかな」

「あらあ? アタシに気がない男のエスコートなんて願い下げよ」

「朕も年増には興味がない」

「としっ……!」

 二度目の年増発言に、リリーが思いっきりそっぽを向いた。女の敵認定が加速した気がする。


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