27 レディ・レンジャー・レッド
国王からまた名前を聞かれた。
「レンジャー・レッドだよ」
三度目の正直で答える前にルーカスが言った。
「魔法使い、朕を愚弄するか」
「あれ? 今はただの兵士さんでしょ? なら、国王様直々に依頼を受けている、賓客のブロンソンさんのパーティ仲間であるぼくらの方が偉いわけだよね?」
「むむ、そうなるのか……?」
「だいぶ時間をロスしたな。各自戻って急いで食事を取るように」
ブロンソンの声で昼食が再開される。昼は持ってきている軽食だから、そう時間はかからない。
「朕の名はイシュメル・サンライズ・エディフィス。気軽にイシュメルと呼んでいい」
兵士の中に戻っていく国王が振り向いてウインクを投げてきた。オスカーが間に入って払い落とすしぐさをすると、国王が肩をすくめる。
(だいぶお灸を据えたつもりだったけど、あんまり懲りてない気がするわね……)
なんだろうか、このハガネメンタルは。エルフの里長だったサギッタリウスも凄かったけれど、ここの国王イシュメルも負けていない。人の上に立つのに必要な才能なのか、あるいは人の上に立っているとこうなるのか、自分にはわからない。
予定の遅れを取り戻すために少し急ぎ足で移動していく。すぐにルーカスから自分とオスカーに通信が入った。
『とりあえずごまかしておいたけど、バレるのは時間の問題だろうね。どこかで誰かはジュリアちゃんって呼んじゃうんじゃないかな』
『何度も聞かれているのに教えないのも申し訳なくなってきました』
『教えたとたんにウザったいくらい名前を呼ばれる気がするからね。ぼくはオススメしないかな。最初に聞かれた時に邪魔したのは、指名で呼び出されるのを防ぎたかったからだけどね』
あの場でルーカスが裏声で混ざったのはそんなつもりがあったからなようだ。
(リリーさんは素な気がするけど)
『ファミリーネームだけ教えておけばいいんじゃないか?』
『あ、あなたが女王様の時にした感じですね』
『ああ。自分たちもレッドよりは呼びやすいだろう』
『クルスさん? だと、クルス氏とは分けられるね。クルスちゃんもかわいいかな』
『自分はクルス嬢と呼ぼう』
『ふふ。懐かしいですね。ウォード先輩?』
オスカーが少し目を見開いてから、やわらかく笑った。あの頃も大事な思い出になっているのが自分だけではなさそうで嬉しい。
『じゃあ、次に聞かれたらファミリーネームだけ答えますね』
『クルス・レンジャーレッドなら普通に名前に聞こえるかもね』
『ふふ。じゃあ、ここでの偽名はそうしましょう。オスカーとルーカスさんはどうしますか?』
『ぼくらはいつも通りの名前呼びでいいんじゃない? ファミリーネームは教えない方向で』
『ああ。それで構わない』
『わかりました』
兵士と同じ扱いでいいと言った国王は、それ以降は特に問題を起こさないで隊列の中にいた。長距離歩き続けることにも文句を言わなくて、少し見直した。ただチャラいだけではなさそうだ。周りの兵士たちは緊張感が高そうで少しかわいそうな気がした。
「ギルバート、予定のポイントに着いたっす」
「よし、今日はここまでだ」
日が沈みかけてきた頃に声がした。方向と位置を見るのはカミールの仕事のようだ。空から全体を見ているわけではないのに、似たような景色が続いている中で場所がわかるのはすごい。
「エルヴィスは空から安全確認を。他のみんなは野営の準備を始めてくれ」
ブロンソンの指示でそれぞれに動く。白服と供物を中心に、その周りを兵士たちとブロンソンのパーティが囲む形だ。
自分たちはブロンソンのパーティメンバーとして準備する。オスカーとルーカスがひとつのテントで、自分はリリーと一緒だ。
(裏魔法協会のラヴァさんとひとつのテントになる日が来るなんて思わなかったわね)
フローティン・エアでテントを組み立てながら、つい小さく笑ってしまう。
「そういえば、しばらくはレッドちゃんなのかしらあ?」
「そうですね。クルス・レンジャーレッドでお願いします」
「うふふ。クルスちゃんにはいくつ名前があるのかしら?」
「赤が好きな友人より多いかもしれませんね」
「あらあら、ふふ。女の秘密は女の魅力よねえ?」
「そうなんですかね? 私の場合は状況的に致し方ないだけなのですが」
自分の名前は好きだ。偽名を使わなくていいなら使わないに越したことはない。けれど、秘密にしないといけないことが多すぎる。
(最初にウソをついたのはオスカーにだったわね)
今思いだしても恥ずかしい。それを許してくれたことがありがたい。
テントの設営を終えたところで、携帯食で簡単な料理をする。自分たちと、ブロンソンのパーティ分は一緒に作った。
「なんすかこれ! うまいんすけど!!」
「美味しいですね」
「お口にあって何よりです」
本当に簡単なものだけど、喜んでもらえるのは嬉しい。
「うむ。美味だな」
「待て。なぜお前がいる」
輪の中に国王が加わっていて、オスカーが眉をしかめる。自分の両脇はオスカーとルーカスが固めていて、その両側にはブロンソンの仲間たちがいるから、ちゃんと数メートルは離れた位置だ。
「勘違いするな。朕はギルバートに呼ばれたから来たのだ」
「他の兵士たちから嘆願されてな。国王様と一緒に食事は気が休まらなくて食べた気にならないからなんとかしてほしいとのことだ。こっちなら別に誰も、権力だのは気にしないだろ?」
「それもどうかと思う朕である」
「そもそも国が違うからな。自分たちはこの国から出れば完全に無関係になるが、この国の民はそうはいかないんだろうな」
「魔法使いは特に、魔法協会の権力が一国の国王よりずっと強いからね。その魔法協会が個人主義をうたってるから、そうじゃない人たちとはだいぶ価値観が違うと思うよ」
オスカーとルーカスにブロンソンが続く。
「冒険者の方は完全な実力主義だからな。権力より拳を重んじるところがあるな」
「それはギルバートの価値観っしょ」
「俺たちはちゃんと権力も尊重しているぞ」
「自分の信念に反しない限り、だろ?」
「当然だな」
ニールが答え、他の仲間もうなずく。魔法使いには変わり者が多いと思っていたけれど、冒険者も五十歩百歩らしい。
「それはそうと、レディ・レンジャー・レッド」
国王からそう呼ばれて、思いっきり吹きだしそうになった。こらえた自分は偉いと思う。




