25 モヤモヤする目的、いるはずがない人
ブロンソン、リリー、カミール、チェイスが前衛として供物の前を先導する。物理攻撃特化の戦闘職、攻撃魔法特化の魔法使い、罠などの探知・解除の専門家に、遠距離攻撃特化の戦闘職。申し分ない配置だろう。
王宮付きの兵士たちが続き、供物、兵士を挟んで、後衛の自分たちとニール、エルヴィスが続く。ニールは守りに強い剣士で体格がよく、エルヴィスは見るからに魔法使いという感じがする。
それなりの速さ、同じペースで平地を歩き続けていくようだ。
「エンハンスド・レッグズ」
ルーカスが小声で脚に強化をかける。オスカーは鍛錬の一環だとでも思っていそうな、楽しそうな顔だ。自分も、疲れてくるまでは鍛錬だと思うことにする。
「そういえば、目的地の話などは聞けませんでしたね。どこまで行くんでしょう」
小声でオスカーに話しかけると、代わりにエルヴィスが答えてくれた。
「イエロードラゴンの巣ですよ」
「え」
「と言っても、巣まで行くのは私たちのパーティの戦闘職だけですが」
「ドラゴンの巣に行ってどうするんですか?」
「もちろん、供物を捧げて、もし卵があれば代わりに持ち帰ります」
「なんでそんな……」
「食べるらしいですね。この国では、十年に一度」
「そういえばそう聞いていました……」
「もっとも、今までは供物を届けて暴れないよう願うだけで、代わりに卵を持ってくるなんていう芸当はできなかったみたいですけど」
「それで、十年前にカラーズのドラゴンを退治したブロンソンさんに白羽の矢が立ったんですね……」
「みたいですね。今年は買い集めている卵が足りてないのもあって話が来て、一度は断ったみたいなのですが」
アイスドラゴンの卵を捜索しているのに、イエロードラゴンの卵泥棒に加担することになるとは思わなかった。ものすごく複雑な気分だ。けれど、この場でそれを阻止するのは難しいだろう。
(後でオスカーたちに相談してみよう……)
思ったけれど、ずっと団体行動だと話すタイミングが持てるかどうかすら怪しい。
「はい、ジュリアちゃん。いつもの」
ルーカスがそう言って何か渡してくる。
(通信の魔道具!)
さすがルーカスだ。ちゃんと用意があったようだ。
『オスカーもつけた?』
『ああ』
『じゃあ、何かあればこれで話そうね。さっそくジュリアちゃんは何かありそうだけど』
『はい……。このクエストがイエロードラゴンの卵泥棒だとは思っていなかったので、どうしたものかと』
『卵は、あれば、でしょ? なければないで問題ない話に聞こえたけど』
『ないことを願うしかないですかね……』
『心配なら、消しちゃえば?』
『消す……?』
『うん。先回りして事情を話して、一時的に完全透明化をかけちゃえばいいんじゃない?』
『あのブロンソン氏に気づかれずに、か?』
『そこが一番難しいだろうね。申し訳ないけど、夢の魔法をかけちゃうとか?』
『おとなしくかけさせてくれるとは……、無詠唱でなら、ですかね。あるいは透明化、広域化、夢見の魔法で全員眠らせて、念のために防御壁で囲って……』
『あはは。ジュリアちゃんに不可能はなさそうだね』
『けど……、ここで助けたとしても、どこかのドラゴンの卵は盗られて食べられるんですよね? 全部は助けられないので、いたちごっこな気もします』
『そうだろうね。この国の慣習が変わらない限りは食べられ続けるんだろうし、慣習が変わるのは難しいだろうし、変わるのがいいことだとも言い切れないしね』
『いいことではないのでしょうか』
『人類からしたら、よくないんじゃない? 要は将来の脅威を間引く慣習でしょ?』
『……それは、そうですが』
『魔物の卵に育つ権利があるなんて、普通の人間は考えないからね』
『……今回は目をつむる方がいい気がしてきました』
『うん。いいんじゃない?』
ルーカスとのやりとりをただ聞いていたオスカーが、そっと尋ねてくる。
『ジュリアはその方が納得できるのか?』
『すごくモヤモヤはするのですが。ケルレウスさんたちはヒトと離れて生活しているけど、ここのドラゴンは比較的近くにいますよね。徒歩圏内なのだから。
繁殖が脅威だというなら、ここの方が直接的な脅威なわけで。だとすると、この国の人たちがそれを間引くのを止める権利は私にはないんじゃないかなと』
『なるほどな』
『うん。ジュリアちゃんが納得してるなら、ぼくは賛成』
『ありがとうございます』
昼食のための休憩に入ったところで、兵士の一人が近づいてくる。すぐにオスカーが警戒体制になって間に入った。
「兵士の食事はそちらだろう?」
「そうだな。朕は兵士ではないから問題ない」
相手の男がニヤリと笑う。聞いた覚えがある声、見たことがある顔だ。
「え。国王様?!」
「そうだ。ついて来た」
てへっとでも言わんばかりに言われても困る。話が聞こえた兵士たちが震撼して、あっという間に全体に伝わり、ブロンソンと白服の責任者が飛んできた。
「いったいどういうことでしょうか」
「オレたちにも説明願いたいんだが?」
白装束の偉そうな人とブロンソンが国王に詰めよる。
「視察だよ、視察。三十年ぶりの儀式だからな、朕も見届けたくなった」
国王が耳の穴をほじりながら尊大な態度で答える。
「で、本音は?」
「かわいいお嬢さんとお近づきになって、あわよくば一夜を共にしたい」
ルーカスが軽いノリで聞いた言葉に、軽いノリで返ってくる。
「埋めていいか?」
「ダメですよ、オスカー。仮にもこの国の一番偉い人なんですから」
「あはは。全員で口裏を合わせれば行方不明にできるかもね。そもそも国王様がこんなところにいるはずがないんだから」
「お前ら物騒だな……」
ブロンソンには言われたくないけれど、オスカーとルーカスの目が半分本気に見えるから反論できない。
「あのなぁ、王様。王様が来るってなると護衛の人員とか考えることがだいぶ変わるんだが?」
「お嬢さんが行けるくらいの危険度なのだろう? 朕にも武術の心得はあるから、自分の身くらいは自分で守れる」
安全面での責任を負っているのだろう、ブロンソンが盛大にため息をついた。
「うーん……、なら、私と戦ってもらって、負けたら帰るっていうのはどうでしょう?」
「ああ。自分がホウキで送ろう」
「普通にイヤだが?」
「はい?」
「イヤだと言った。女性は体でつながるものであって戦うものではないからな」
「やはりこの場で埋めないか?」
「オスカー、どうどう」
自分がゴーと言えば本当にやりかねない気がする。
「あの、国王様にはたくさん奥さんがいるんですよね?」
「そうだな。だが飽きた」
「飽き……?」
百人以上の奥さんに飽きる想像がつかない。頭を抱えたい。




