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23 儀式の終わりに国王から声をかけられる


 ブロンソンのサブパーティのメンバーとしてエディフィス王国の式典に参加させてもらう。オスカー、ルーカスと自分の三人だ。スピラとペルペトゥス、おまけのモモは引き続き北の凍土で待機してもらっている。

 ブロンソンのメインパーティのメンバーはめんどうがって、式典には不参加だそうだ。終わった後、出立の時に合流すると言っていた。代表してブロンソンと、おもしろがっている感じのリリーの二人が来ている。

 服はいつも通りでいいと言われたけれど、一応、少しフォーマルなものを取りに行っておいた。


 高くなっている場所に国王、王妃、皇太后の席がある。まだ着席してはいない。王子と姫は人数が多く、家臣の前方に座っている形だ。成人している年齢から、まだ幼い子どもまで幅が広い。

 高台や王子たちと向かい合わせるようにして自分たちと家臣の席がある。席の位置としては家臣より重用されている感じがする。

 国王たちがまだ来ていないからか、みんないろいろと話していて賑やかだ。


「ずいぶんと子だくさんなんですね」

 小声で言うと、ブロンソンが答えてくれる。

「正妃は一人だが、百人を超える側室がいるそうだ」

「え」

「なんでも、何代か前に体が弱く、女性と関係を結べない国王がいたらしくてな。当時の皇太后がなんとか食指を動かそうと全国から美女を集めたのが始まりだとか」

「それはまた、なんというか……」

 エルフの里でのサギッタリウスの奥さんの人数がかわいく思えてきそうだ。


「女性としてはアリエナイ話よねえ? けど、いい暮らしができるからって喜んで来る女性も多いみたいなのよ?」

「幸せなのか不幸なのか、難しい話ですね……」

「幸せになった人もいるだろうし、不幸になった人もいるだろうね」

「うーん……、もし国王様を好きになれたとして、他にたくさん相手がいるのは辛いでしょうし、好きになれなかったとしても辛いでしょうし……。私には幸せになれるとは思えないのですが」


「ジュリアちゃんやリリーさんはそうだろうね。何を幸せだと考えるかの価値基準から違う気がするから」

「何を幸せとするか、ですか?」

「うん。ジュリアちゃんはオスカーから愛されているのが幸せでしょ?」

「えっと……、はい。そうですね」

 好きになったただ一人の人に愛される。それ以上があるとは思えない。


「リリーさんは……、自由でいられること。自分を縛らないで認めてくれる相手となら一緒にいられるけど、自分を曲げてまで男性といたいとは思わないタイプ」

「あらぁ、ふふ。ルーカスの坊やはエスパーなのかしらあ」

「あはは。よく言われるけど、見てればわかることなんだけどね。ジュリアちゃんやリリーさんみたいなタイプはここだと辛いと思うよ。愛や自由の世界じゃないからね」


「リリーさんの感覚は私もわかる気がします。オスカーは私を私として大事にしてくれて、曲げさせようとする人ではないので。

 けど、どちらも合わないとなると、やはり合う人の価値観の想像がつかないのですが」

「君たちとは違いすぎるからね。ここに向いてるのは、権力を得て人の上に立つのが好きなタイプ。色恋は陰謀のスパイス程度で、あとはどう周りを蹴落として、それを楽しめるか。一人の男性を百人以上で奪い合うっていうのはそういう世界だと思うよ」


 ルーカスはあっけらかんと説明するけれど、聞くだけでゾッとする。絶対に巻きこまれたくない世界だ。


「世の中にはいい生活とか権力とかのためなら、愛も自由もいらない人もいるっていうだけの話。……いや、逆かな。愛も自由も望むべくもなかったり、知らなかったりするから、いい生活や権力に執着するのかもしれない。

 そういう価値観の人の方がここでは適応しやすいだろうねっていうだけの話だよ」

「私にはムリなのはよくわかりました……」


 ドゥオォォォンと大きな音が響く。銅製の楽器で、ドラというらしい。鳴ったとたんにあたりがシンと静まった。

 老婆を先頭に壮年の男性が続き、その後ろを壮年の女性がついてくる。男性を中心に、老婆と女性が左右のイスに座った。皇太后、国王、正妃だろう。

(ここで皇太后様と話すのは難しそうね……)

 家臣や来客との間に明確な線引きがある気がする。


 続けて、白い服をまとった一団がおごそかに供物を運んでくる。大きな箱に担ぎ棒が渡されたような形のものがひとつ。開けられることはないまま、中央に置かれた。

 他の白服よりは豪華な白い服を身につけた男性が呪文のようなものを唱えていく。聞いたことがないものだから、この国の祭事のための言葉だろう。


「偉大なるドラゴン様へと供物を捧げ、我らが永遠の繁栄のためにその力を分け与えられん」

 意味を理解できたのはそのような一節だけだ。事前にブロンソンから聞いた話では、今日の儀式は十年に一度、行われたり行われなかったりするものらしい。

 ドラゴンの卵を必要とする日の一ヶ月前までに必要量が揃った場合は行われず、必要量が得られなかった場合に卵を得るために行う儀式なのだそうだ。

 十年前は儀式を行う直前にブロンソンの納品があったため行われていないらしい。その前も卵が手に入っていて、執り行われるのは実に三十年ぶりになるらしい。


(ここに立ち会えるのは光栄なのだろうけれど……)

 ドラゴン信仰自体に馴染みがないのと、卵が食べられる予定だというのと、卵を失ったワイバーンやドラゴンを知っているからか、どうにも気持ちはざわついてしまう。


 厳粛な雰囲気で儀式が終わり、国王たちが席を立つ。やっぱり皇太后と話せそうなタイミングはなさそうだなと思いながら見ていると、歩いてくる国王と目が合った。


「……娘、名をなんと言う」

「え。私ですか?」

 私語をしていい感じは全くなかったのに、突然国王から声をかけられて驚いた。あたりが静かなため、声が響いてしまっている気がする。


「あらあ、アタシかしら?」

「むしろ、わたし?」

 リリーが続いて、なぜかルーカスまで裏声で参戦した。国王が眉をしかめる。


「年増と男に声をかけた覚えはない」

「とっ、としっ……」

「心は女なのに?」

(ちょっと待って。笑っちゃダメ)

 ルーカスのことだから敢えて空気を読んでいないのだろうが、笑わせにきているとしか思えない。家臣の中からいくつもの咳払いが聞こえたのは、笑いそうになって誤魔化したのかもしれない。


「敬愛なる国王陛下。彼女たちはオレのパーティの者たちなので、どうぞお目こぼしをいただけたらと」

「ほう。冒険者というより異国の貴族に見えたが。ブロンソンのパーティということは此度の道中に同行するのだな」

「あ」

「左様です」

 否定する前にブロンソンが肯定した。同行しない話はしてあったはずだから、何か理由があるのだろう。


「ふむ。それはよい。よく励め」

「ありがたきお言葉です」

 それ以上は何も言わずに国王がその場を後にする。なぜか後ろにいる正妃に睨まれた気がした。


 供物が運び出され、王子や姫君たちが席を立ち、家臣たちも思い思いに散会していく。ブロンソンたちが動かないからその場に残っていたら、最後まで残る形になった。

 ルーカスが深くため息をつき、オスカーが盛大に肩を落とす。

「今回はジュリアちゃんを男装させるべきだったね……」

 あいかわらず、ルーカスが何を言っているのかわからない。


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