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21 どっちもちょっとでも傷が塞がったらいい


「子どもの呪いを本体から切り離すために、エレメンタル以上のドラゴンの血が必要だ」

「はい、大丈夫です」

「即答かよ……」

「お爺さんが前に解呪師に見せた時もそう言われたそうなので。その方はもう寿命で亡くなっているそうですが」

「そうか。で、あてはついてるってことか」

「はい。すぐ用意できます」

「わかった。解呪までに用意してくれ。数滴でいい」

「わかりました」


「特に最後のは確実に時間がかかる……、さすがの嬢ちゃんたちでも数年がかりだろうと踏んでいたんだが。すぐにでも戻れそうな顔だな」

「ぼくらの準備は大丈夫だけど、空間転移を使っているのを知られないようにするのと、お爺さんにも考える時間をあげるのに、最低でも何日かはあけた方がいいだろうね」

「そうなると、今回の依頼に行って戻った後だな。依頼の遂行中は野宿で仲間もいるから抜けるのは難しいだろう」


「どのくらいかかりますか?」

「予定だと十日前後だと聞いているな」

「なにくわない顔でお爺さんのところに戻るにはちょうどいいくらいかな。もちろん、場所とか戦力とか血の話とかはナシでね」

「おう。なら今回の依頼を終えたタイミングでそっちに取りかかろう」


「報酬はいくら用意すればいいですか?」

「いや、金はいい。オレは冒険者であって、解呪師としては仕事をしていないからな。あのじいさんを助けるのには、なんか事情があるんだろ? ならオレは困ってる友人を助けるまでだ。前にそうしてもらったようにな」

 そう言われてみると、解呪がらみでブロンソンから金額を提示されたことはなかった。最初に会った時はオスカーのお師匠様との一日戦闘権だったし、その次はジャスティン探しだった。ブロンソンのポリシーなのかもしれない。


「ありがとうございます。じゃあ、またブロンソンさんが困ることがあったらお手伝いしますね」

「そいつは百人力だな。あと、気が向いたら暇な時に遊んでくれ。嬢ちゃんはちと強くなりすぎているから、坊主がいいな」

 視線を追うと、オスカーをご指名のようだ。


「え。危ないことはダメですよ?」

「……ジュリアを心配させない範囲でなら、自分は喜んで胸を借りさせてもらえたらと思う」

「オスカー?!」

「はは。一年前とはだいぶ顔つきが違うからな。楽しめそうだ」

 隣のリリーが困った子を見るような目になる。

「ごめんなさいねえ? さすがに手加減はすると思うのだけど」


「いや、手を抜いたら楽しくないだろ?」

「それは自分も同感だ」

 ブロンソンとオスカーの間では何か通じるものがあるらしい。リリーと顔を見合わせて苦笑する。ルーカスを見やると肩をすくめられた。二人につける薬はないらしい。


「ブロンソンさんが依頼を受けている間、ぼくらはどうする?」

「そうですね……、まずは北にいる二人に話して、ですかね。次にお爺さんのところに行く前に、この国と、もう一ヶ所の確認は済ませたいところです」

「なんだ、嬢ちゃんたちの用事はこの件だけじゃないのか?」

「はい。実は、六十年前に行方不明になったアイスドラゴンの卵を探していまして」


「なんでまたそんな稀有けうなものを」

「そのあたりはちょっと話せないのですが。この国で食べられていないかを確認する方法はあるでしょうか」

「六十年前なあ……、皇太后様なら記憶にあるかもしれんが」

「皇太后様?」

「ああ。今の王様の母親な。もう婆さんだから、当時を知っているだろう。エレメンタルの卵が出されていたとしたら歴史的なことだろうからな。印象はあるだろう」


「会って話せる可能性はありますか?」

「そうだな……、オレのサブパーティ仲間ってことにすれば、パーティ仲間と一緒に明日の式典に出られるだろうな。そこに皇太后様も来るはずだ。話せるかは運次第だろうが」

 ちらりとルーカスを見ると、ルーカスがうなずいて話を引きとる。

「お願いしていいかな? 聞けるかどうかとか、どう聞くかとかはぼくが引き受けるよ」

「わかった。そこは力になろう」


 ブロンソンにこの国と繋がりがあって助かった。

 さっそく話をつけてもらったところ、王宮での滞在を勧められた。辞退したが、明日の式典に向けて一泊だけお世話になることになった。



「ということになりました」

 北の凍土に行って、スピラとペルペトゥスに情報共有した。ケルレウスとデインティにも関係が深い話だから一緒に聞いてもらった。

『ベルスがヒトを呪った……?』

「状況的にはベルスさんじゃないかと」

『呪って当然よ! 一生呪われてなさいっていう話よ!!』

 デインティがぷんぷんしている。


「ご本人は一生呪われたままになりそうですね。さすがに解呪できないとのことです」

『さすがベルス様ね!』

「けど……、子どもに罪はないと思いませんか?」

『アリよ! 大アリよ!! ケルレウス様は卵もベルス様も失っているのよ? 向こうだって失われて当然じゃない!』


「それはあくまでも大人側の話で。産まれてきたのに生きられない、小さな命は無関係ですよね? 子どもは産まれてくる場所を選べないのだから」

『でも、ヒトの子でしょう? それもベルス様と渡りあえるような。わたしたちにとっては害でしかないわ』


 デインティの立場なら、彼女の言うことには一理ある。ヒトだって、大きくなったら手に負えないような魔物の子を殺すのだ。卵を失ったのだから相手も失うべきだという応報論より、未来の脅威を排除しようとする方が自分はしっくりくる。


『デインティ、落ちつくがよい』

『けれど、ケルレウス様』

『お嬢さんは公正だ。ヒトの子だけを助けようとしているのではなく、私の卵も探してくれている。それもいつかヒトの脅威になり得るだろうに』

『それはそうかもしれませんが』

『そのあたりをヒトであるお嬢さんはどう考えている?』

 ケルレウスから落ちついた声を向けられる。


「もし敵対したらその時に倒せば済む話だと思っています。もちろん、できるだけそうならないようにしたいとは思いますが」

『ヒトに犠牲が出るとしてもか?』

「うーん……、難しいところですよね。たとえば、未来がわかるとして。もし倒しておかないと絶対に犠牲者が出るような、言葉も通じないような相手なら倒しておきます」

 実際、ジャイアントモールのエサになって大繁殖を引き起こしそうな虫系魔物は退治した。未来のために必要なら手を下すし、敵対してくる魔物は倒すし、食べるために必要な時にもとまどいはない。


「けど、ケルレウスさんの子どもについては、まだわからないですよね? ケルレウスさんたちはうまくヒトと住み分けができていて、長い間、特に問題はなかったし、卵の一件さえなかったら、今でもヒトに対して友好的だったでしょうし」

『私が子どもを人類の敵になるように育てるとは思わないか?』

「それは、思いませんね。……ケルレウスさんは悲しそうだけど、恨んでいるようではないので」


『ふむ。そもそも強い者が弱い者をほふるのは自然の摂理だからな』

『ケルレウス様?! けど、人間は卑怯な手を使って卵様を……』

『それもまたヒトという生き物の強さだろう? 戦って勝つばかりが強さではない』

 デインティがほほふくらませたけれど、それ以上の反論はないようだ。


「……なので、うまくヒトと距離をとって、イヤな思いはしないようにという方向で育てるんじゃないかなと思います。

 あ、もし何かあってケルレウスさんがいなくなって、デインティさんが育てることになったらヒトの脅威になりそうですが。もしそうなったら私が責任を持って倒さないと、ですかね」


『ちょっとあなたどっちの味方なの?!』

「うーん……、どっちも。痛み分けではなくて、ちょっとでも傷がふさがったらいいなと思っています」

 人間側については自分も納得いかない部分があったから、魔物たちに飲みこんでほしいとは言えない。けれど、子どもに罪はないし、どちらも痛いままにはしておきたくない。

 ただそれだけの単純な話だと、今は飲みこめている。


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