20 子どもたちの解呪に反対される
子どもたちを育てられる人はいるのか。
リリーの問いかけに、ラシャドがぐぐっと眉をしかめた。
自分も気になっていたところだ。赤ん坊を育てるのは簡単ではない。若くても一人では大変なのだ。二人で一人を育てるのも周りの手を借りながらだった。
ラシャドの今の年齢では厳しいだろうし、ましてや三人はムリだろう。加えて、子どもたちがひとり立ちできるまで生きていられるかもわからない。こんな場所なら尚更、まだ幼いうちにラシャドに何かあったら全員共倒れだ。
(解呪ができたらちゃんと話さないとって思っていたけど……)
口を出していいものかわからなくて、言いにくいことではあった。大変さを経験してもらってから話すのも手かと考えていた。予定より早いけれど、言ってもらったのは助かる。
ラシャドが考えるようにしながら難しい顔で答える。
「使い道のない金ならいくらでもある。町に戻って手伝いを雇えばなんとかなるぢゃろ」
「それは甘いんじゃないかしらあ?」
「甘いと思うよ」
「自分で育てるつもりなんですか?」
リリーとルーカスの声が重なって、直後を自分の声が追う。
「他にあるまい」
「孤児院とか養子とか、そういう方法もあると思いますが」
「子どもを他人に預けるぢゃと? ありえん。実の親以上に大事にされるはずがなかろうに」
「どうでしょう……。孤児院も養子も相手によるところはあると思いますが、愛情を持って育てている人たちは知っています」
オスカーと行った孤児院には、実の親から愛情を与えられずに、育て直しをされている子どももいた。ルーカスの実家で引き取ったホープは、実の親のところでは教育虐待を受けていた。ラシャドがそういうタイプでないとしても、年齢的に両親不在に近くはなるだろう。
「この子たちは産まれたばかりの状態ですよね? 月齢が低ければ低いほど、深夜に何度も起こされてろくに眠れないので……、昼に人に来てもらうだけでは足りないでしょうし、かなり体力も必要なのでラシャドさんには厳しいと思います」
「まるで子どもを育てたことがあるかのような言い方ぢゃのう」
育てたことがあるのだ。けれどそれは言えない。娘を思いだして飛び出そうになった涙をぐっと飲みこむ。
「……聞いた話です」
隣のオスカーが強く手を握ってくれた。彼は知ってくれているのが嬉しくて、飲みこんだ涙が戻りそうになったけれど、もう一度こらえる。
「アタシは記憶に残らない時期に両親が亡くなってて、祖父母に育てられたのだけど、社会に出たばかりの頃に亡くしてるのよねぇ。頼れる大人が身近にいたらいろいろ違っていたんじゃないかって思うわあ」
その話は知らなかった。魔法協会でセクハラに遭った時に両親が健在で相談できていたら、リリーは道を踏み外さないでいられた可能性があったのだろうか。
「だから、この子たちの今後をもっとちゃんと考えられないなら、アタシは解呪に反対するわあ」
「え」
「解呪師の助手として、ねえ? 育って不幸になるよりは、今のまま、何も知らないで眠り続けていた方が幸せなんじゃないかしらぁ」
「……リ、……ピンクは不幸なのか?」
ブロンソンが心配そうに尋ねると、リリーがくすりと笑った。
「あらぁ? 今はそんなことはないわよ?」
(今は……)
辛いことがあった辛い時期にはやりきれなかったのだろうし、そこから道を踏み外していたことも、全てよしとしているわけではないのかもしれない。少なくとも、自分と同じような道を歩く可能性があるなら止めようとするくらいには。
「私は……、不本意な時期があっても、必死に生きることより、何ひとつ経験しないまま眠り続けている方がいいとは思いませんが。解呪後のことをもっとちゃんと考えてほしいというのには賛成です」
「うん。ぼくもそれはお願いしたいかな。子どもにはできるだけ、愛情を持って接してくれる、長い時間そばにいられる人が必要だと思うからね。
どう解呪するかで手一杯でそこまで考える余裕はなかったんだろうけど、目処がたった今なら考えられるでしょ? 少し時間を置いてからまた来るっていうのはどうかな?」
「……ふむ」
「オレの依頼主は嬢ちゃんたちだからな。依頼主と助手が後日って言うなら、それに従うまでだ。必要なものもあるし、それらが揃ったら来るってことでどうだ?」
(そうだったわね……)
前の時にはエレメンタルかそれ以上のドラゴンの血が必要だと言われたと、ラシャドは言っていた。ブロンソンもそうなら、それを用意するのにかなり時間がかかると踏んでいるのかもしれない。
「……わかった。わしはそれでよい」
どことなく深く考えるようにしてラシャドが了承した。
エディフィス王国でブロンソンが滞在している部屋に戻る。
「とりあえず解呪に必要なものの話をするぞ」
「はい、お願いします」
「これがなぁ、普通はなかなか難しいもんなんだが。普通じゃない嬢ちゃんならなんとかできるかもしれんと思ったのと、あのじいさんにはそのへんを知られたくないんだろうと思ったから、あの場では黙っておいた」
「ありがとうございます」
「オレのやり方は覚えているか?」
「はい。呪いを引っ張りだして、物理で破壊するんですよね?」
「ああ、そうだ。で、問題は今回の呪いのデカさだな。あのレベルのものと戦うなら、かなり広い場所が必要だ。あの島でやったら島ごと消し飛ぶ可能性がある」
「なるほど……。心当たりはあるので、子どもたちを預かって空間転移ですかね」
「ああ。嬢ちゃんならなんとかできるだろ。それから、戦力。オレ一人でなんとかできるのはせいぜい一人ってとこだし、それも安全とは言い切れん。
オレのパーティ仲間に頼めば戦力にはなってくれるだろうが、嬢ちゃんの空間転移は知られたくないんだろ?」
「もちろん私たちも一緒に戦いますし、ブロンソンさんが夏に会った二人も、お願いすれば力を貸してくれると思います」
「……まだつるんでるのか?」
「はい、もちろん。旧友に会えたので、今は旧交をあたためてもらっていますが」
「そうか……。いや、戦力としては申し分ないだろうな。むしろ呪いの方がふびんに思えるくらいだ」
「ふふ、そうかもしれませんね」
「で、最後に。多分これが一番やっかいなんだが……」
普通は不可能だろうという顔で、ブロンソンが間を取った。




