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18 その程度のことで首が飛ぶなんてなんとも物騒


 森の上を抜けて草原の上空を進み、昼食をとってから、しばらく行くと城壁が見えてくる。ひとつの街を囲う城壁が一般的だが、ここのものはそうではないらしく、ずいぶんと長い。


「あれがエディフィス王国の長城か」

「草原の魔物の侵入を防いでいるんでしたっけ」

 来る前に冒険者協会で軽く情報を買った時に最初に教えられたことだ。国境に長い城壁を築くのは世界的に見ても珍しい。通常は、効果が労力に見合わないからだ。


「表向きはね? たぶん、権力者の権力誇示もあると思うし、もしかしたら作業員は懲罰的に辺境に送られてきているのかもしれないね」

「なるほど……」

 言われたことを言われたまま受けとっていて、それ以外は考えていなかった。効率が悪くないのかなと思ったくらいだ。裏にルーカスが言うような思惑があるとしたら、効率的である必要は元からないのかもしれない。


 長城で区切られた先も、しばらく草原が続いている。長城の内側には地を歩く魔物の姿はほとんどない。動物が放牧されていて、のんびりしたものだ。

(空を飛ぶ魔物、それこそドラゴンとかにはまったく効果がないだろうけど)

 脅威の度合いが違うからこそのドラゴン信仰なのかもしれない。


 更に草原の上を飛んでいく。なかなか町は見えてこない。

「ブロンソンさんは首都にいるんだっけ」

「そう書いてありましたね。数日でいったん出る予定だけれど、出る時と戻った時には連絡すると」

「よくこんなに遠くまで来たものだな」

「本当に世界を巡る冒険者なんですね」


「仲間に魔法使いもいるかもね。空を飛ばないでこの国まで来るのはけっこう大変だから」

「ですね。年末には実家に戻るとありましたし。普通に移動していたら間に合わないですものね」

「どうだろうか。ブロンソン氏なら走りかねない気もする」

 キャンディスの塔を登った時を思いだす。飛びにくい場所だったとはいえ、自分のホウキのスピードに迫る勢いで階段を昇ってきていた。十分有り得そうで、つい笑ってしまう。


 いくつか小さい町や村を通りすぎた後、平らな大地に真四角に囲まれた大きな町が見えてくる。

「あれが首都のカストマリですかね」

「聞いていた特徴からするとそうだろうな」

「入り口は四方に四ヶ所あって、それぞれを守るドラゴン像が置かれてるんだったね」


「こちら側はグリーンドラゴンの門ですね」

「左にブルードラゴン、右にホワイトドラゴン、奥にレッドドラゴンか」

 魔法協会に所属していると基本的にどの国にも立ち入りが許されるし、多くの町は空から入っても問題ない。が、ここは空から入ることを規制されている町だから気をつけるように言われている。


 門の前でホウキを降りる。建物も鎧も西の方とは雰囲気が違うのが少し楽しい。門番に魔法協会の身分証を提示すると、するどい目つきでジロリと見られ、すごみのある声が続いた。

「今回の来城の目的は?」

「友人に会いに来ました」

「友人の名は?」

「ブロンソンさん……、ギルバート・ブロンソンさんです。冒険者の」

 一瞬ブロンソンのファーストネームを思いだせなくて困ったが、なんとか出てきてよかった。


「冒険者のブロンソン……、ブロンソン様か!」

(ブロンソン様?)

「国賓のお客様とは知らず失礼した。確認を取ってくるためしばし待たれよ」

(国賓???)

 そんなことは手紙には一言も書かれていなかった。

 門の中にある待合室に通される。一般用ではない、少しランクが高そうな部屋だ。


 そう経たずに門番が戻ってくる。最初とは印象が百八十度違う(うやうや)しい態度で案内され、町の中に通された。

「この牛車にお乗りください。ブロンソン様のところまでお連れさせていただきます」

「え。場所を教えてもらえれば自分たちで行きますよ?」

 牛車は馬車よりも遅かったはずだ。むしろ歩いた方が早いし、ホウキで飛ぶのが一番早い。


「とんでもない。お客様を牛車にも乗せずに行かせたと知れたら私の首が飛びます。どうかお使いください」

「……わかりました」

 その程度のことで首が飛ぶなんてなんとも物騒だ。けれど門番を困らせたいわけじゃないからおとなしく牛車に乗せられた。牛の前を御者が歩く形だ。本当に徒歩より遅くて、せせこましく歩き回る町の人たちにどんどん抜かれていく。


「牛車だけ時間の流れがゆっくりですね」

「時間をゆっくり使うのも贅沢なのかもね」

 今急いでも仕方ないから、あきらめてゆっくり揺られていく。

「このあたりは服の雰囲気もだいぶ違うな」

「そうですね。生地がやわらかそうで、着心地がよさそうですね」

「ジュリアちゃんも着てみれば? オスカーが喜ぶかもよ?」

「そうですか?」


「……ジュリアは何を着てもかわいいと思うが」

「ちょっとネグリジェっぽくて欲情しそうだよね」

「おい」

「あはは。オスカーがオブラートに包むから、ぼくが言うしかないじゃない」

「え。ここでも目隠しが必要ですか?」

「待ってくれ、そうじゃない」


「そこまでじゃないけど、ジュリアちゃんが着たらっていう話ね。いつものドレスよりずっと簡単に脱がせられそうだから」

「やめろ。セクハラだ」

「あはは」

 軽く笑うルーカスに悪びれた感じはない。

(恥ずかしいことを言われているのだけど、なんでかルーカスさんはイヤな感じじゃないのよね……)


 つい想像してしまう。オスカーが喜ぶなら結婚後の夜用に一着買っておいてもいいかもしれない。

「ジュリアちゃん、一着くらいあってもいいかもって思った?」

「ううっ、心を読まないでください……」

 その先まで見透かされた感じがしてすごく恥ずかしい。


 いくらか経って、町の中でも特に立派な建物の前に着く。牛車の御者が門番に声をかけると、門番がこちらを覗いてくる。

「ブロンソン様の客で間違いないな?」

「はい。魔法協会のジュリア・クルスです」

「オスカー・ウォードだ」

「ルーカス・ブレア。これ身分証ね」

「もし偽っていた場合は首が落ちることがあるが、誓って間違いないな?」

「え。誰の、ですか?」

 門番たちなのか、はたまた自分たちが魔法協会を解雇になるのか。後者だとしたら相当な権力だ。


「誰? お前たちに決まっているだろう」

 門番が片手で軽く首を切るマネをする。

「物理的に首が落ちるってことだよね?」

「当然」

「え」

「なぜ驚く。身分詐称による王宮への侵入は重罪だ」

「王宮……?」

 建物の雰囲気が違うから気づかなかった。連れて来られたのはこの国の王宮らしい。

(ちょっと待って。ブロンソンさん、ただの冒険者なのよね……?)


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