17 キャンディスとジャスティンに尋ねてみる
ファビュラス王国を訪ねて門番にアポイントの希望を告げる。後日の日程調整になる可能性も考えていたけれど、すぐに貴賓用の豪華な応接室に通された。
少しして、キャンディスがゆっくりとした歩調でやってくる。ゆったりした服を着ていて、お腹まわりがふっくらしているのがわかりやすい。
ユエルとジェットの息子、キャンディスに譲ったディンが飛んでついてきて、机にちょこんととまった。自分の頭の上のユエルと、ルーカスについてきたジェットがすぐにそばに行く。
(元気にしてたかとか、今の生活はどうかとか話しているのかしら)
魔物と話せる魔法はかけていない。キャンディスたちには使えることを知らせていないし、今日は特に必要もないと思った。
「ジュリア! 思っていたより早く会えて嬉しいわ」
「キャンディスさん、急に訪ねたのに、お時間ありがとうございます。だいぶ大きくなりましたね。今は六ヶ月くらいでしたか?」
「ええ、そうなの。来年の一月末くらいが予定日だと言われているわ」
「それは楽しみですね」
「ええ、とても」
答えるキャンディスはとても幸せそうな笑顔だ。
少しチクリとするのは、前の子のことがあるからだろう。憎んだ相手との憎まれた子どもと、愛した人との愛される子ども。子ども自身は何も悪くないはずなのに、その差は天と地ほども開いている。
どうあってもホープを愛せなかったキャンディスの代わりに、本当の母を演じてルーカスが引き取ってくれた。もうそのルーカスの手も離れたけれど、ルーカスの実家で愛される子どもとしてこれからも育っていってほしいと願うばかりだ。
視線を机の上のピカテットたちに向ける。
「ディンくんも元気そうですね」
「ええ。ジャスティンが忙しい時の話し相手になってくれていて、とても助かっているわ」
「え、キャンディスさん、魔獣と話せるんですか?」
通訳の魔法は古代魔法だから、自分とスピラ以外に使える人を知らない。キャンディスは魔法使いですらなかったはずだ。
(ジャスティンさんがそういう魔道具を作ったのかしら?)
ルーカスとオスカーが小さく笑う。
「ジュリアちゃん、ジュリアちゃんが想像してるような意味じゃないと思うよ?」
「ペットに話しかけるのはそれなりに一般的な印象だ」
「あ、なるほど。確かに、むしろちゃんと言葉が通じてない方が気楽なこともありますものね」
キャンディスがクスクス笑う。
「ところで、今日はご用事があって来たと聞いたのだけど?」
「はい。伺いたいことがあって。魔道具用の素材として集めている中に、アイスドラゴンの卵はありますか?」
「どうかしら? そのへんはジャスティンに聞いてみないとわからないわね。執務が落ちついたら来るはずだから、待っていてもらってもいいかしら?」
「わかりました」
キャンディスとピカテットの話やたわいもない話をして時間を過ごす。ジャスティンが来たのは夕方だ。こまごまとした所作にキャンディスへの気づかいが見える。
「アイスドラゴンの卵……、もし存在しているとしたら垂涎ものですが。エレメンタルのドラゴンのつがいはかなり長い間確認されていませんし、つがいになってもなかなか卵は産まれないはずだったかと。
私が素材として入手している中には、卵はもとより、エレメンタルのドラゴンにまつわるものはありませんね。むしろ、みなさんの方で入手できるなら買い取りたいくらいです」
「あまり高い買い物はダメよ? 素材を加工して売れるまでに時間がかかるのだから」
「もちろん国庫は痛めないようにしますね」
ふんわりと話しているのにジャスティンの方が尻に敷かれている感じで、ちょっとほほえましい。
ジャスティンから、開発中の囲いがついた空飛ぶ絨毯を見せてもらった。ミスリルだとあまりに高くなるから他の素材を探しているそうだが、なかなかいいものがないそうだ。
「透明度と軽さと丈夫さをあわせもった素材というのが難しくて。自家用はミスリルでもいいかと思い、少しずつミスリルを買い集めているところです」
「魔法で出しましょうか? 百年以上もつように魔力強めで」
「もし子どもが産まれるころになってもまだ完成していなければ相談させてください。もちろん対価はちゃんと用意します」
「あらあら、いくらになるのかしらね」
「もしアイスドラゴンの卵の情報があったらぼくらに教えてもらえるかな? お金よりそっちの方が助かるから」
すかさずルーカスが言った。さすがだ。
「わかりました。もし何かわかったらすぐにご連絡しますね。ほかにも知りたいことがあれば聞いてください」
「ありがとうございます。助かります」
ファビュラス王国から戻ってユエルに翻訳魔法をかけたら、また子どももいいかもと思い始めたと言われた。ジェットとも相談して、クロノハック山の元々ジェットが住んでいたあたりに二羽で戻すことにする。
「ヌシ様はヌシ様なので! オイラが力になれる時はいつでも喚んでください!」
「ありがとうございます」
「俺も契約できないか?」
ジェットがルーカスを見て、ルーカスが首を横に振る。
「使い魔契約も使い魔召喚もぼくにはできないんだよね。ジェットがよければジュリアちゃんと契約してもらうのはいいと思うよ」
ジェットとユエルの希望を受けて、断る理由はない。ジェットとも魔法での使い魔契約をしておく。二羽一緒に喚んだ方がユエルたちにとっても安心だろう。
本命のゴーティー王国行きを保留にしたまま、ブロンソンの返事を待ちつつ、卵についての新しい情報をあたって数日が過ぎた。
結果としてはハズレばかりだった。報酬欲しさに偽装した低ランク冒険者までいて、その人の登録を永久に抹消した上で冒険者協会から平謝りされた。
「難しいですね、卵探し」
「六十年も前のことだしな」
「ワイバーンみたいになんとなく卵の位置がわかると楽だったのでしょうが」
「ホワイトヒルのワイバーンの卵事件か。懐かしいな」
「ああいう能力ってむしろ下位種だからこそなんだろうね。エレメンタルの卵なんて普通は行方不明になるはずないもんね」
「持ち去られる想定をした能力を持つ意味がないですものね。そもそもが強すぎて」
昼食を取りながら話していると、ブロンソンから返信用の魔道具の手紙が飛んできた。
「えっと……、要約すると、ここ一カ月くらいはエディフィス王国にいる予定なので、迎えに来られそうなら合間に同行することは可能だそうです」
「エディフィス王国か」
「ドラゴン信仰で、卵を食べる国だね」
「一石二鳥だな」
次の目的地をエディフィス王国に決めて、ブロンソンに近いうちに行くと連絡した。
エディフィス王国に一番近い、行ったことがある場所はエルフの里だ。バケリンクスのリンセを召喚してエルフを装い、いったんエルフの里に空間転移で立ち寄って長の勤めを果たしておく。
キグナスとサギッタリウスはちゃんと代理を務めてくれていて、おかげでそれほどやることはなかった。
魔道具には多めに魔力を流して、改めて出発したのは翌朝だ。一般的な魔法使いであるルーカスのペースに合わせてホウキで飛んでいく。
なんとものどかな時間が流れる。




