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15 六十年前の事件の整理とオスカー成分の補充


 魔法卿の庭の拠点にある自分の部屋に戻る。目まぐるしい一日だった。

 六十年前のことをメモに書き出して整理する。


 始まりは南にいたベルスが人間と出会って、北の凍土の話を聞いたところになるのだろうか。ベルスもヒトの言葉を解するアイスドラゴンで、出会った人間は魔物に偏見を持たない人だったのだろう。

 それからベルスが北に移動して、ケルレウスに出会う。二体は思いあって、卵が産まれる。そこにアースドラゴンがお祝いに来て、必要だろうとウロコをくれた。ほどなくしてヒトの冒険者たちが来て、卵を奪って姿を消した。


(その人たちは、ベルスさんやケルレウスさんとは会話をしているのよね……)

 歓迎したと言っていた。二体の思いは知っていたはずだ。ヒトの冒険者が魔物の卵を持ち去ったという話なら確かに何もおかしくないのだけど、自分は、意思疎通ができる相手にする仕打ちではないと思う。やはり心のどこかでは、彼らが悪いと思ってしまう。


(彼らには彼らで、それが必要な事情があったのかもしれないけど)

 それに激怒したベルスが、ケルレウスが止めるのを聞かずに卵を探しに出た。

(ケルレウスさん、ひとりで行かせたのよね……?)

 探しに行くかどうかの話でケンカのようになったのかもしれないし、すぐに戻ると思ったのかもしれないし、そう簡単にヒトに倒されるとは思わなかったのかもしれない。


 怒っていたとはいえ、ヒトと友人になったことがあるベルスがいきなり世界を凍らせたとは考えにくい。もしかしたら最初は対話しようとしたのかもしれない。

(ペルペトゥスさんみたいにヒトの姿になれるなら、ベルスさんを失うことはなかったのかもしれないわね……)

 ヒトになる魔法はペルペトゥスのオリジナルだと聞いている。ドラゴンがヒトになれる話は他に聞いたことがない。使える魔法の質も、エレメンタルとエイシェントドラゴンのペルペトゥスだとまるで違う。それは望めることではなかったのだろう。


 ヒトとベルスの間で何があったのかはわからないが、ベルスは卵を探しながら世界の半分を凍らせたらしい。それに先々代の魔法卿だったラシャドやその仲間たちが対処して、ベルスが死に際にラシャドに氷の呪いをかける。


 ラシャドは世界を解凍するために北の凍土からアースドラゴンのウロコを持ち帰る。アイスレディのデインティの言い方からすると、ケルレウスとは会っていなさそうだ。言葉を交わすことはなく、デインティたちは倒されたのだろう。

 世界を救った魔法卿は、けれど自分の子どもたちを救うことができなかった。その命だけをなんとか維持したまま、助ける方法を探し続けて六十年の月日が流れた。


(両方痛み分けで、どっちの代償も大きすぎる……)

 ルーカスの言葉がしっくりくる。

 ベルスが人類に与えた被害は、ラシャドの子どもたちだけではないだろう。世界が解凍されても助からなかった人はいるだろうし、一緒に戦った魔法使いも犠牲になったと聞いている。

 一方のケルレウスとベルス側は、大事な卵を失って、ベルスを失って、お祝いにもらったものまで奪われた。

 どちらも何も得ていない。ただただ、どちらも悲しいだけだ。


(両者の関係がどうであろうと、それぞれの傷の手当てをする……)

 オスカーが整理してくれた自分たちの目標はしごく単純で、納得がいくものだ。長い年月が過ぎても開きっぱなしの傷口を縫い合わせて、時々うずくことはあっても大きくは開かないように手当てをする。今できるのはきっと、それだけだ。


 トントンと扉が叩かれた。魔法卿の家の敷地内だから、オスカーかルーカスだろう。魔法卿側がこんな時間に訪ねて来るのは考えにくい。そう思いながらすぐに返事をする。

「はい」

「自分だ」

 オスカーの声に、すぐにドアを開けた。


「どうかしましたか?」

「なかなか明かりが消えないから、眠れないのかと」

「……そう、ですね。お散歩、つきあってもらってもいいですか?」

「もちろん」

 差しだされた手に手を重ねて指を絡めるだけで、胸の奥の不快感がすっと消えるから不思議だ。オスカーにしか使えない魔法だと思う。


 魔法卿の家の庭をゆっくり歩く。敷地が広く、母屋からは離れていて、人の目はない。夜なのもあってか、少し空気がひんやりとしてきている。


「すみません、私たちのことを遅らせてしまって」

「いや。あの話を聞いてなんとも思わないなら、ジュリアじゃないだろう?」

「ふふ。ありがとうございます」

 巻きこんでいる彼には申し訳ない気がするけれど、それを含めて許されている感じが嬉しい。彼や仲間たちには甘えてばかりだ。


「無事に解呪ができて、卵も見つかるといいのですが」

「そうだな……、卵の方はまだまったく手がかりがないからな」

「ベルスさんがあの子はあの子だと言ったの、わかる気がします。前の時に私がクレアを連れ去られたとしたら、何を置いても探しだして取り戻そうとするでしょうから」


「父親になったことがないから想像でしかないが……、自分はジュリアの安全をとると思う。子どもは大事でも、ジュリアを失ったら元も子もないだろう? 少なくとも一人で行かせるようなことはしない」

「……ありがとうございます。ケルレウスさんも、もし人間だったらそうできたのでしょうか」

「そうだな……、アイスドラゴンが二体で現れたら、それだけで人類はパニックになるだろうからな」


「怒っていたとしても、ベルスさんが最初から世界を凍らせようとしたとは思えなくて。一体でも、パニックになった人間に攻撃を受けたりしてたんじゃないかなって」

「十分にあり得る話だな」

「だとしたら、最後の引き金を引いたのはヒトの恐怖心なのかもしれませんね……」


「そうだな……、ジュリアはいざとなったらアイスドラゴンを倒せるだろう?」

「えっと、はい。そうしたくはないですが」

「自分も、倒すまではいかなくても、ジュリアを守って逃げるくらいはできると思う。だからそこまでの脅威としてとらえていない。

 が、普通の人間は魔物を前にして身を守れる方が珍しい。そうなれば、先手必勝とばかりに攻撃をする者も出るだろう。おそらくベルスと友人になった人間は自分たち側だったのだろうな」


「そうですね……。力関係が対応じゃないから、人間と魔物は難しいのでしょうね」

「ああ。ドラゴンやエルフのような上位種は悠然としているが、そこまでいかない魔物は、ヒトと見ると襲いかかってくる方が多いしな。お互い防衛本能が働いているのだろう」

「弱さは責められない気がしてきました」

 なんで話ができなかったのだろうと思っていたけれど、普通の人間にとってはドラゴンと話せないのが普通なのかもしれない。

(やっぱり私は普通じゃないのかしら……)

 複雑だけど、さっきまでよりもいろいろと腑に落ちている気がする。


「……そろそろ眠れそうか?」

「ふふ。あなたがキスをしてくれるなら?」

 いたずらめかして言うと、オスカーがフッと笑った。抱きよせられて、唇が触れあう。

(だいすき……)

 首に腕を回して自分からも押しつけ、たくさんの愛しているを重ね合わせる。


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