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14 オスカーに気持ちの整理をつけてもらう


 アイスドラゴンのケルレウスと眷属のデインティから、六十年前の卵泥棒と探しに行った奥さん(ベルス)の失踪、お祝い品強奪の話を聞いた。

 お祝い品を持って行った人間の格好から魔法卿にあたりをつけ、話を聞いたら、孤島のお爺さんが先々代魔法卿で、ベルスを退治するのと引き換えに子どもたちが氷漬けになる呪いを受けていたことがわかった。

 どうにもやりきれなくて、お腹の奥がぐるぐるする。


 オスカーから今日はもうゆっくりしようと言われ、メメント王国の首都で夕食をとることにした。

 オスカーとルーカスが、あまり肩肘を張らない感じの、それでいてメニューがおいしそうなトラットリアを選んでくれる。食欲がなくても食べられそうなスープとパンを頼んだ。

 液体は流しこめるけど、食べているものの味を感じなくて、つい手が止まってしまう。


「ジュリア」

「はい」

「……あーん」

「ひゃい?!」

 オスカーにフォークで口元に一口サイズにしたミートボールを差し出される。恥ずかしさと嬉しさで感情が塗り替えられた感じがする。


「ん……」

 ぱくりと食べると、ちょっと美味しかった。やったオスカーがの方が自分よりも恥ずかしそうにしている。かわいい。普段は積極的にこういうことをするタイプではないから、気遣ってくれたのだろう。


「……すみません。ちょっと気持ちの整理がつかなくて」

「ああ。ゆっくりでいいが、少しでも食べられたらとは思う」

「間に挟まれちゃってるもんね。で、両方痛み分け。どっちの代償も大きすぎて、どっちにも気持ちを寄せられなくて困ってる感じかな」

 オスカーもルーカスも大事にしてくれているのが伝わってきて、いくらか呼吸が楽になった。

 ルーカスがまとめてくれた感覚を整理してみる。


「そうですね……、ラシャドさんの対応や考え方が人間として当たり前なのもわかるんです。

 そもそものきっかけになった、アイスドラゴンの卵泥棒だって、ヒトと魔物の関係の中では普通のことだってルーカスさんから言われましたし、怒っていたのが収まったら確かにその通りだなとも思ってきて」

「……ごめんね」

 いつもひょうひょうと笑っているルーカスが珍しく眉を下げた。


「いえ、ルーカスさんのせいじゃないです。ルーカスさんはジェットをかわいがってくれているし、私が怒ってる理由もわかってくれるし。ラシャドさんが言っていた卵の使い道に怒ってくれたのも嬉しかったです」

「あれ、怒ってたように見えた?」

 どことなく心外という感じで問い返されて、少しほほがゆるんだ。

「顔は笑ってはいましたが。ルーカスさんの声が冷たくなるのって、怒ってる時ですよね?」


「……そうかもね。あれって、孵化させて退治するっていう話でしょ? まだ何もわからない産まれたての幼体を。ちょっと、人間って勝手だよなって思っただけ。あの人の状況ならぼくもそうするだろうなって思ったのを含めて、ね」

「そう、ですね……。オスカーを助ける代わりに世界を滅ぼせって言われたら、前の私は滅ぼしたと思うので、自分の大事な人が大事なのはわかります」

「ジュリア?!」

 驚いたような彼がかわいい。本当に大好きだ。


「前の私なら、ですよ? あの時はオスカーだけじゃなくて、みんなも失ったので。今は『世界』が指す範囲にルーカスさんやお父様、お母様、たくさんの友人が含まれているから、迷ってもやれないと思います」

「あはは。そこ迷うんだね。まあ、君たちのためならぼくは死んでもいいけど」

「え」


 笑って言ったルーカスをオスカーが真剣に止める。

「縁起でもないことを言うな。冗談に聞こえない。ジュリアを人類の敵にさせない責任は自分も負っているからな。背負うならそっちで背負ってくれ」

「それはもちろん」

(人類の敵にさせない責任……?)

 いつの間にそんなものを背負わせていたのだろうか。心当たりがないと思ってから、だいぶ天変地異を起こしてきたことを思いだす。その上で世界を滅ぼすなんて言えば心配もされるだろう。

(気をつけよう……)

 ちょっと反省した。


 オスカーが穏やかに視線を向けてくる。

「ジュリアも、今回は余計なことを考えすぎているんじゃないか?」

「余計なこと、ですか?」

「ああ。どちらがひどいか、どちらが加害者か、あるいは人類と魔物の関係がどうとか、そういうことを考え始めると混乱もするだろう」

「それはそうなのですが」

 実際にそういうことが起きているのだから、ピンとこない。


 首を傾けたらオスカーがいつもよりゆっくりとした調子で、丁寧な音で続ける。

「本当は、ジュリアにとってはもっと単純なんじゃないか?」

「私にとって、もっと単純……?」

「ああ。爺さんの話を聞いた時、ジュリアはなんとかして力になりたいと思ったんだろう? 子どもたちを助けたい、と」

「はい、そうですね」

 それは間違いない。氷漬けの赤ん坊たちの姿は、思いだすだけでも衝撃的だ。


「ケルレウスたちの話を聞いた時も、力になりたいと思った。卵とアースドラゴンのウロコを取り戻したい、と」

「はい」

 それも間違いない。ベルスを生き返らせることはできないけれど、せめて卵とお祝いの品を返したい。


「なら、それだけでいいんじゃないか? 両者の関係がどうであろうと、それぞれの傷の手当てをする。ジュリアが望んでいるのはそういうことだろう?

 紛争地帯に入った医師や看護師が、どちらの国の者だろうと怪我人がいれば手当てをする。それと同じで、始まりがどちらか、どちらが悪いかには関与する必要はないと思う」

「……確かに、そうですね」


 人間側の理屈を必死に飲みこもうとしていた。けれど、どうしてもうまく飲みこめなかった。なら、それは置いておけばいいと言われた気がした。

(子どもを助けて、卵とウロコを取り戻す……)

 そう言われると、確かに単純なことだ。どちらも助ける。それでいい気がする。


「ありがとうございます」

 さすがオスカーだ。彼の言葉はいつでもとびきりの魔法だ。飛びついてハグしてキスしたいけれど、今は人目がある店内だ。ガマンしてただ笑みとお礼を返す。


「ん」

 オスカーが小さく笑って、再びミートボールを差しだしてくる。

「ふふ」

 口にすると、さっきよりもすんなり落ちていった。


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