13 先々代魔法卿ラシャド・プレスリー
アイスドラゴンが結婚祝いにもらったアースドラゴンのウロコを、濃い紫色のローブを着た魔法使いが持って行ったのは六十年ほど前。
可能性がある、先代、先々代魔法卿はどちらも行方不明だという。
ルーカスが軽い雰囲気で魔法卿に尋ねる。
「ちょっと聞いた話とかでもいいんだけど、何か思い出すことってない?」
「そうだな……、師匠、先代はエレメンタルのドラゴンを探していたな。魔法卿という立場を使っても見つけられなかったから、立場を終えてからは専念するとかなんとか」
「エレメンタルのドラゴン……?」
「ああ。先々代がその血を必要としているとか。なんでも遠い昔にドラゴンの呪いを受けたらしい」
「え」
ドラゴンの呪い。エレメンタルのドラゴンの血。その二つを最近耳にしたばかりだ。
「先々代の魔法卿のお名前は?」
「魔法協会史で習わなかったか? まあ習う人数が多いから、そう覚えてもいないか。ラシャドだ。ラシャド・プレスリー」
「ちょっと聞き覚えがあるような気がしなくもないです。ありがとうございます」
そもそもあのお爺さんの名前を聞いていなかったから、先々代の名前がわかってもすぐにそうなのかはわからない。確かめる手段が増えただけだ。
(向こうから名乗らなかったの、名前を知られている人だからっていう可能性はあるわよね)
考えている間にオスカーが問いを投げる。
「昔、何があったかは別として、アイスドラゴンの卵やアースドラゴンのウロコがどこかに保管されているという話を聞いたことはないだろうか」
「どうだかな……、案件として関わっていないことまで覚えている余裕はないからな。
何代前だろうと魔法卿の肩書きがある者が人様のものを盗むとは思えんが。そう言っているのは誰なんだ?」
「ありがとう。ぼくらはそろそろ行かなきゃ。また安否確認の連絡はするよ」
魔法卿の質問を断ち切る形でルーカスが席を立つ。
(情報源がアイスドラゴンとアイスレディだとは言えないものね)
「あ、おい」
「ありがとうございました。また時々立ちよりますね」
呼び止めようとする魔法卿に気づかなかったふりをして、ルーカスに続く形で、オスカーと一緒にホウキを出した。
魔法卿の家から見えなくなるまで北に移動してから、南の小島の近くに空間転移してホウキで向かう。メメント王国は暗くなり始めていたけれど、このあたりはまだ明るい。
前回来た時はオスカーと二人だったが、今回はルーカスも一緒だ。
「こんにちは」
「なんぢゃ、もう来たのか」
洞窟を訪ねると、お爺さんは夕食の用意をしていた。
「ちょっとラシャドさんに聞きたいことがあってね」
「なんぢゃ、坊主が解呪師か?」
ルーカスがさらりと言うと、なんのひっかかりもなくそう返ってきた。
「いえ、解呪師の友人は少し忙しそうで。連絡はついたのですが、すぐには連れて来られなくて。
ラシャドさんは先々代の魔法卿なんですよね?」
「当代から数えるとそうぢゃのう。……はて、名乗っておったか?」
「いえ。そうなんじゃないかなって」
「昔の話ぢゃ。聞きたいことというのはなんぢゃ? 嬢ちゃんが次期魔法卿になる気になったか? 推薦状くらいは書いてやるぞい」
「いえ、それは絶対にないです」
「社会に貢献しようとは思わんか」
「できる限り貢献した社会は私に牙を剥いたから、私は私と、私の大切な人たちを大切にするために生きたいので」
「真理ぢゃな」
「聞きたいことは、そこにあるアースドラゴンのウロコについてです」
「ほう?」
「……それは、北の凍土でアイスレディたちを倒して手に入れたものですか?」
「なんぢゃ、それはそんなに怖い顔で聞くようなことかの?」
怖い顔をしたつもりはなかったけれど、顔がこわばっていたのだろう。
「すみません」
「いや、前に来た時とずいぶん嬢ちゃんの雰囲気が違うから驚いただけぢゃ。何が気にさわっておるのかはわからんが。
アースドラゴンのウロコは、その通りぢゃ。凍った世界を戻すために必要になり、探知魔法が使える者に探させ、守るように向かってきた魔物がおったから力で下した。それだけぢゃ」
「それだけ……」
相手の事情を知らなければ、「それだけ」のことなのだろう。この人はそこに込められている大切な思いを知らないのだし、ましてや相手は魔物だ。わかりようがないのはわかるけれど、涙があふれそうになってぐっと飲みこむ。
オスカーが抱きよせてくれて、ルーカスが一歩前に出た。
「ぼくらがこの子たちを助けられたら、それ、ゆずってもらえないかな? ある方の、亡くなった奥さんとの大事な思い出だから、できれば返してあげたいんだよね」
「そうか。魔物たちに取られたのだな。もちろんぢゃ。今はこの子たちの生命維持に必要ぢゃから返すわけにはいかないが、その必要がなくなるなら喜んで返却しよう」
「うん。約束ね」
ラシャドが勘違いしているところには敢えて触れないで、ルーカスが笑みを返す。
「あともうひとつ聞きたいんだけど」
「なんぢゃ?」
「アイスドラゴンの卵を探してるんだけど、どこかで聞き覚えはないかな?」
「わしの記憶にはないのう。あるなら解呪に使うことを考えたぢゃろう。孵化させればエレメンタルのドラゴンの血を手に入れられるからのう」
「そっか」
答えたルーカスの声がどこか冷たく聞こえる。
「わかった。ありがとう、ラシャドさん」
「坊主たちの名を聞いておらんかったな」
「……レンジャー・イエローにでもしておいて」
「ぷふっ」
思わず吹きだしてしまった。ルーカスが名乗らないのには名乗らない理由があるのだろうが、ちゃんと偽名を考える気すらない名前だ。
(どこかで魔法卿に繋がる可能性があるなら本名は知られない方がいいし、マリンの名前も使えないのよね。エルフとして名乗っちゃったから)
「じゃあ、私はレッドでしょうか」
「自分はブルーだな」
「若いもんが老人をおちょくるでない」
ラシャドが眉をしかめたけれど、本気で怒っている感じではない。
「あはは。ちょっと事情があって、ね。ラシャドさんとしては、その子たちが助かりさえすれば、ぼくらが誰だとか何者だとかは別に些末なことでしょ?」
「……そうぢゃな」
「名前はただの個体識別記号だから、ラシャドさんからぼくらを識別できれば、レッド、ブルー、イエローで問題ないわけだ。
ぼくらは解呪をして、その対価としてアースドラゴンのウロコをもらう。そんなビジネスライクでドライな関係でいこうね」
「……本当にできるのか?」
「できるかじゃなくて、やるよ。うちのお姫様がお望みだからね」
(?)
ルーカスは時々よくわからない表現をする。なんのことだかわからないけれど、彼がやると言うからには間違いなく実現できるだろう。そんな信頼感がある。




