12 魔法卿から詮索される
オスカー、ルーカスと三人で、魔法協会本部と魔法卿の家があるメメント王国に戻る。少し離れたところに空間転移して、さも今ホウキに乗って帰ってきましたという感じを装い、魔法卿の庭の拠点に入った。
ソフィアに連絡魔法を送ると、すぐに使用人が迎えにきた。今日は休みだから、お茶に同席していいとのことだ。服を整えて三人で向かう。
迎えたソフィアがおかしそうに笑った。
「あらあら、またずいぶんおもしろい人……、人以外にも、会ってきたのね?」
「えっと、はい。そうですね」
ソフィアに隠しごとは通じないから、頷くしかない。
「女性からすごく愛されて、執着されているみたいだけど?」
「そうなんですね……」
苦笑するしかない。間違いなくマスタッシュ王国の女王、ブルネッタだろう。
「ええ、ふふ。執着は別として、愛情は彼らとそう変わらないかしら」
「彼ら?」
ニコニコと左右を指差されたけれど、オスカーとルーカスだ。なんとなく手が動いただけで何かの間違いだろう。スピラならまだしも、ルーカスからの愛情はありえない。
「ソフィアさんの能力っておもしろいですよね。ぼくにはどんな人が見えるんですか?」
ルーカスが言葉を整えて尋ねる。笑顔がいつもよりうさんくさい。
「そうね……、ジュリアちゃんからは信頼、オスカーくんからは友情とかすかな警戒、あと、小さな男の子からの愛着。その三つが大きくて、家族から気にかけられていたり、他に数人っていう感じかしら」
「あはは。オスカー、ぼくのこと警戒してるんだ?」
「ゼロではないが。明かすのはやめてほしい」
「あらあら、ごめんなさいね? 集中して見るとつい、見たままを言ってしまうの。私の悪いクセね」
少し話してから本題を切りだす。
「ところで、今日はお休みの日ですが、魔法卿はお休みじゃないんですか?」
「昨日ちょっといろいろあって、今日も狩りだされているの」
「魔法卿にお尋ねしたいことがあるのですが。夜は戻るでしょうか」
「エーブラムも確認したいことがあると言っていたから、言えば夜まで待たなくてもすぐにでも時間を作ってくれると思うわよ?」
「それ、私たちが何かやらかしたから怒られるっていうことでしょうか……」
魔法卿に怒られるようなことをした覚えがない。連絡が遅かったからだろうか。
「どうかしら? 連絡してみるわね」
ソフィアがメイドに連絡用の魔道具を用意させ、声をメッセージにして入れる。
『私よ。あの子たちが戻っていて、あなたに会いたいそうなの。いつなら都合がいいかしら?』
『すぐ行く』
「え」
あっという間に返事が来た。休日に狩りだされるような案件に対応しているのに、自分たちに呼ばれたくらいですぐに来るはずがない。怒られるルート確定だ。
オスカーは難しい顔をしていて、ルーカスはいつも通りにひょうひょうとしている。
そう待たずに、魔法卿のホウキが見えた。
(本当にすぐ来たわ……)
心臓がイヤな跳ね方をする。
魔法卿は不機嫌そうに、使用人に別室を用意させて人払いをした。ソフィアも入れてもらえず、眉を下げていた。
「で、なんの用だ?」
ソファにドカッと座って、ため息混じりに聞かれる。
「えっと……、魔法卿も私たちに用があるんですよね? そちらから伺えたらと……」
「ああ。用というほどの用じゃないんだが、確認したいことはある」
「なんでしょう?」
「昨日、この世界の地図を全て書きかえないといけなくなる事態が発覚してな」
「地図ですか?」
「おう。オフェンス王国の国境が地割れで区切られた以上の大事件だ。島がひとつ、この場合は一国と同義なのだが、まったく違う場所に移動していた」
ギクリ。
ものすごく身に覚えがある。
(ゴーティー王国よね……)
「……驚かないのか?」
「いやいや、驚きすぎて誰も声が出なかっただけだよ」
ルーカスが軽く笑ってフォローする。
「そうか? てっきりもう知っていたのかと思ったんだが」
「いえ、今初めて聞きました」
「だろうな? まだ俺を含めた上の方しか知らないはずだからな」
(これってかまをかけられたのよね……?)
冷や汗が出る。
「少し前までは、一部の特殊魔法以外は、俺にできないことは他の魔法使いにもできるはずがないと思っていたんだが。想像すらしていなかった魔法を使う魔法使いが実在したものだから、疑心暗鬼になっているとは思う」
「そうなんですね……」
どうにかごまかしきるしかない。証拠はないはずだ。
「それが発覚する少し前に魔法協会と冒険者協会に捜索依頼もあってな。ジュリオ・クルスとウォードというらしいんだが?」
「……私たちによく似た名前ですね」
「兄弟か?」
「いえ、ひとりっ子です」
「聞き覚えは?」
「ないですね」
「あはは。クルスもウォードも世界に五万といるようなファミリーネームなんだから、ぼくらに結びつける方がムリがない? ジュリオなら男性だろうし。
島の方も、さすがに島ひとつ動かす魔法なんて想像がつかないよ? 何かの自然現象なんじゃない? あるいは魔物とか」
ルーカスがあっけらかんと言う。さすがとしか言えない。
「まあ、そう考えるのが普通だろうな。捜索依頼の報告先が移動した島と元々近い場所にあった島で、タイミングも近かったものだから、一応確認したまでだ」
「そうなんですね」
「本当に覚えがないんだな?」
「そもそも人間にはムリな話だしね。ちなみに島の場所は?」
(ううっ、人間にはムリなことをしてごめんなさい……)
「南の方だな。大陸から離れたこのあたりから、こっちへ。うまい具合に気候が似た場所に移動していたようだ。漁船が通りかかって発見されるまで、島民たちは隣の島国が消えたとしか思っていなかったらしい」
「そうなんですね」
「少し前に魔法使いが王墓を建設していて、その後、一瞬島全体が謎の何かに包まれたという目撃報告は上がっている。乗っていたのはお前らの絨毯に似た絨毯のようだが?」
「魔道具の絨毯も似たようなのが星の数ほどあるでしょ? その魔法使いと謎の何かに関係があるのかもわからないし、ぼくらは北に向かっていたから関係のしようがないしね」
「北?」
「うん。北の方にちょっと用事があって。でも、探し物が変わったから、魔法卿に聞きに戻ってきた感じ」
「探し物?」
ルーカスがしれっと言って、軌道を変えてくれてホッとした。オスカーとルーカスからの視線を受けて、中心にいる自分が説明する。
「はい。あの、六十年前に盗まれたアイスドラゴンの卵とアースドラゴンのウロコを探しています」
「そんな昔のことはさすがに知らんぞ。俺も生まれてないからな」
「ウロコを持ち出した人間はすごく強くて、濃い紫色のローブを着ていたそうなので」
濃い紫色のローブを着られるのは冠位一位、魔法卿その人しかいない。すぐに察した魔法卿が首を捻る。
「先代……、いや、先々代か……?」
「お会いする方法はありますか?」
「いや、残念だが二人とも行方不明だ」
「え」
「居場所がわかるとこき使われるとでも思ってるのか、連絡を送っても返事のひとつも来やしない」
「いきなり手がかりがなくなるとは思いませんでした……」
ものすごく頭を抱えたい。




