3 フィンとの密談
『フィン様。聞こえますか?』
『フィくんかフィンって呼んでほしいな』
魔道具ごしに声がする。使い方は問題ないようだ。
(……なんか話し方の距離、急に近くなってない?)
『……フィくん』
『なあに? リアちゃん』
笑顔と共に楽しげな声が返る。ウサギかなにかの小動物に懐かれた気分だ。
『フィくんは、私との関係の継続……、おつきあいすることを望んでいると聞きました』
『うん、そうだね』
『なぜでしょう?』
『なぜ? 君を好きなことに理由がいるの?』
『……好き、なのですか? 私を?』
『うん、好きだよ』
直球に驚く。
(戻ってからはまだオスカーにも言われてないのに。……って、そうじゃない)
『んー……、でも、好きとはちょっと違うかな』
そう言われて、不思議とホッとした。
が、次の瞬間、
『大好き、だよ』
(……ちょっと待って。何がどうなってそうなったの……)
好かれるようなことをした覚えはまったくない。お見合いの席でそんな雰囲気になっていた気もしない。
(あの日はどうやって暗殺を切り抜けるかしか考えていなかったものね……)
『お気持ちは嬉しいのですが……』
『リアちゃんは僕が相手だと不満?』
『フィンさ……、フィくんが不満、というか。……私が出した結婚の条件を、フィくんは聞いているのですよね』
『そうだね』
『なら、他に好きな人がいるというのは』
『まあ、そうだよね』
『それでもいいんですか?』
『他に好きな人がいるリアちゃんを振り向かせるために、あの手この手を尽くしてみるのもおもしろそうだなって』
『……そういう趣味だったんですか?』
『ふふ。ぼくも初めて気づいたよ。相手がリアちゃんだからかな』
『一生振り向かなかったら?』
『それはそれで楽しそうじゃない? 他の誰かを思う奥さんに、一生色々試し続けるの』
フィンはいい笑顔だけど、何が楽しいのかはわからない。しかもさりげなく奥さんにされている。
(気持ちがないままでも結婚する前提なのね……)
お見合いの条件として出してあるのだから、おかしくはないのかもしれないが。政略結婚なら珍しくない話ではある。
『……フィくんは自分が領主には向いてないと言っていたけど、その情熱を向ければ十分にいい領主になれると思います』
『リアちゃんは、僕に領主になってほしいの? 領主になったら結婚してくれる?』
『そういう意味ではありません』
(何かしら、この温度差……。お見合いの時はもうちょっと落ちついていたと思うんだけど)
『そうまでして私を好きな理由はなんでしょう』
『好きになることに理由がいる?』
『いらないかもしれません。けれど、何かしらはあることが多いと思います』
自分のオスカーへの思いを振り返っても、惹かれ始めたきっかけはあった。それからどんどん好きになっていったのも、ひとつひとつの彼の言動が影響している。その積み重ねの先で、いつしかぜんぶ大好きになっていた。
フィンが首をかしげて考える。
『うーん……、そうだね。理由をつけることはできるよ。
例えば、幼いころの初恋の女の子が、想像をはるかに超えて可愛くなって目の前に現れたとか。
数々の危険に毅然と立ち向かって、自分の身を顧みずに何度も僕を守ろうとしてくれたとか。
僕の立場から何かを得ようとする女性はいくらでもいるけど、僕のために立ち向かってくれるのは君だけなんだ。……今も、昔もね。
もう君以上の女の子には出会える気がしない』
言葉を失ってフィンを見た。
フィンの命を守るためにお見合いを受けたのだから、あの場でそうするのは当然だった。けれど、フィンはそうは受けとっていないようだ。
穏やかに視線を返される。そのブルーダイヤのような瞳の中には、確かに、自分がオスカーと交わしてきた感情と同じようなゆらめきがある。
(……ごめんなさい)
心の底から湧きあがってきたのは、申し訳なさと罪悪感だ。例え一生かかっても、その思いに答えられるとは思えない。
(好きにさせてしまって、ごめんなさい)
フィンの命は繋いだけれど、その人生を狂わせてしまったのではないかと思う。
この人の誠実な思いを、自分はどうすればいいのだろうか。正解がわからない。
(……話せる範囲で、本当のことを話さなきゃ)
それが今できる唯一のことに思えた。
『正直にお話しします』
『……うん』
真剣にフィンを見る。答えるように、覚悟をしたような視線が返る。
『私はあなたが暗殺される可能性を知っていました。それを阻止するために何かできるのではないかと思って、あなたからのお見合いの申し出を受けました。なので……』
恋愛感情は持てない。その申し訳なさで頭が下がる。
『そっか。……うん。やっぱり、僕はリアちゃんが大好きだな』
『どうしてそうなるんですか……』
思うだけのつもりが言葉になってしまった。不誠実にもほどがあるのに、なぜその言葉が返ったのかがわからない。
フィンが目を細めて穏やかに笑う。
『だって、僕を守るために来てくれたんでしょう? こんなにかわいくて、むしろ守られる側みたいなのに』
ふいにフィンの長い腕が伸びてきて、よしよしと頭を撫でられる。
『ちょっ、やめてくださいっ』
オスカーとは全く違う感覚に驚いて、慌てて頭を守った。
『ふふ。それに、君は君が思っている以上に誠実だ。初めから、好きにはならないっていう条件でお見合い相手を募っていたでしょ?
だから僕は、初めからそのつもりでいるよ。君がそばにいてくれるなら、それでも構わない。……し、僕は僕で、君の気持ちを動かせるようにがんばるつもりでいる』
『……本当にそれでいいんですか?』
『もちろん。それはそれで楽しそうだって言ったことに二言はないよ』
『……少し、考えさせてください。その上で……、すごく申し訳ないのですが。フィンさ……、フィくんの敵が捕まって安全になるまでは、おつきあいという形をとらせてもらってもいいでしょうか』
フィンが目をまたたく。
『……むしろ、リアちゃんがそれでいいの?』
『はい。ここまで関わったら、もう他人事ではないので』
『ふふ。いいよ。じゃあ、一旦そういうことにしておこう。その先のことは、その先で返事をもらうっていうことでいい?』
『はい。ありがとうございます』
話はまとまった。聞くべきを聞けて、話すべきを話せたと思う。
ふうと息をついて、魔道具のスイッチを切った。
「お父様。婚約するかはわかりませんが、フィン様とおつきあいしてみようと思います」
父の顔に衝撃が走った。
「……わかった」
自分でお見合いを設定したのに、なぜそこで苦虫を噛み潰したような顔になるのか。一瞬フィンをニラんだように見えたのも気のせいではないだろう。
フィンたちが帰ってから、父が思いだしたように言った。
「魔力開花術式を受けたいと言っていた話だが。だいぶ元気になってきたようだからな。休日明けでいいか?」
「はい! ありがとうございます」
(魔法が使えるようになれば、きっと大丈夫)
そう思って、ホッと胸を撫でおろした。
魔力開花術式を甘く見ていたことを後悔するとは知らずに。




