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10 この惨状を見てどの口が言うのと言われても


「ミスリルプリズン・ノンマジック!」

 吹雪が発生しそうになった発生源を広めに魔法封じで切りとる。と、小さな雪玉のような妖精がたくさん姿を現した。吹雪の結界はスノーフェアリーの特殊魔法だったようだ。


『え、ちょっ、アイスジャイアント……』

「ブレージングファイア・プリズン!」

 目に入るアイスジャイアントを次々に閉じこめていく。最初の一体が抜けようと暴れたが、炎に触れたところからどんどん蒸発していったため、他のアイスジャイアントはもう動かない。


「えっと……、ヒュージ・ボイス。もうやめませんか? そちらの被害がひどくなるだけですよ?」

『待って待って待って。人間がこんなに強いなんて聞いてないし!!』

「……ウッディケージ・ノンマジック」

 強化してある聴力を駆使して、指揮官の居場所を探し続けていた。それらしい姿をとらえて魔法封じの檻に閉じこめる。力はなさそうだから木製で十分だろう。


「フローティン・エア」

 閉じこめた木の檻を浮遊魔法で自分の元へと引きよせる。

『ちょっと! 何するの?! やめなさいっ』

 檻の中から声がするから、間違いなさそうだ。自分が話しやすい高さに檻を浮かせておく。

 相手は女の子の姿で、背丈はドワーフより小さいくらいだ。半分透きとおった氷の体をしている。かわいい。


「あの、本当に、私たちには戦う気はなくて」

『この惨状を見てどの口が言うの?!』

 あたりは死屍累々だ。一面を埋め尽くしていた雪と氷の眷属たちが、もう三分の一も残っていない。残っている数に、自分が檻に入れた分を含めてだ。


「それは正当防衛というかなんというか。そちらが攻撃をやめてくれれば、こちらも止めます」

『人間なんて信じられるわけがないでしょう?!』

「えっと、信じなくてもいいですが、それだと全滅させかねないですよ?」

 まだ戦っている三人が、遠目にも嬉々としているようにしか見えない。誰一人疲れて動きが鈍る様子もないから、放っておいたら間違いなく全滅させるだろう。


 檻の中の女の子がものすごく不服そうにほほふくらませた。

『みんな! ストップ! 降参よ!! この人間たちは異常すぎるから手を引いて!』

「オスカー、スピラさん、ペルペトゥスさん、停戦です」

 拡声魔法で呼びかけると、魔物たちが止まるのと同時に三人も止まった。


「ルーカスさんも、みんないったん集まってもらえますか?」

 投げかけると、通信の魔法で了解が返ってくる。ペルペトゥスだけは走ってくる方が早かった。


『うわあああんっっっ』

 ふいに檻の中の女の子が声をあげて泣きだした。

『うっ、ううっ……、こんなの、ケルレウス様になんて言えば……』

「ケルレウス……?」

 呼ばれた名にペルペトゥスが反応した時だ。遠くの氷の山に見えていたものが、急接近してきたことに気づいた。


「っ……」

(アイスドラゴン!!!)

 迎撃するべきか、するとしてもどの魔法がいいかと一瞬迷った次の瞬間、相手がスピードを落として急停止した。


『ケルレウス様?!』

「ニンゲン。先ほど、ペルペトゥスと言ったか?」

「あ、ヒト語を話せるんですね」

 翻訳が入っているのといないのとで聞こえ方に大差はないが、慣れてくると少し違いがわかってくる。飛んできたのは、拡声魔法で呼んだ声が聞こえたからなのだろうか。


「ケルレウスか。久しいな。ウヌよ」

 ペルペトゥスが答える。

「ペルペトゥス……? ああ、ヒトの姿になれるのだったか。昔にも一度そんなことがあったような……。小さすぎてよく見えんな……」

「ここならペルペトゥスさんに元に戻ってもらっても大丈夫ですかね?」

「いいんじゃない? ここならペルペトゥスさんが元に戻っても、ヒトが住んでるあたりからは見えないでしょ」

「ふむ」


 ルーカスの許可を得て、ペルペトゥスが元の姿に戻る。ひとつの山ほどの大きさのエイシェントドラゴンだ。アイスドラゴンも十分に大きいけれど、ペルペトゥスと並ぶと丘ほどもない感じがする。残っていた雪や氷の魔物たちがかれないようにバタバタと避難する。


『えっ、ちょっ、えっ、ドラゴン様?!』

「ペルペトゥスさんはエイシェントドラゴンなんです」

『なんでなんでなんで??! なんでそんなすごいドラゴン様が人間なんかといるわけ?!』

 混乱する相手を前に、スピラが笑いながらキャスケット帽を脱いだ。


「ちなみに私は人間じゃなくてダークエルフね」

『えっ、えっ、ええっ?! じゃああなたたちも人間じゃないのね? 間違えてごめんなさい。それはそうよね、あんなでたらめな魔法が使える人間なんているはず……』

「すみません、私たちは普通の人間です……」

『ウソでしょ?! あなたが一番、頭がおかしいレベルの魔法を使っていたじゃない!!』

(ううっ、そんな変な魔法を使ったかしら……)


 たしかに、周りに他に人がいないから、使いたいように魔法を使った。けれど、ほとんど檻の魔法しか使っていない。アルティメット系とかメテオとか広域化とか無詠唱とかを使ってはいないのだ。


「あはは。アイスジャイアントを一瞬で無力化できるのが普通の人間なわけないよね。魔法卿にもできないんじゃないかな。あんな檻の魔法は見たことないし」

「ルーカスさん……、どっちの味方なんですか……」

「ぼくは客観的な事実を言っただけだよ。話を戻すと、ケルレウス様が、ぼくらが探していたペルペトゥスさんの知り合いのアイスドラゴンっていうことでいいのかな?」

「うむ」


「じゃあ、旧交をあたためてもらいながら、情報交換といこうか。軍団を指揮してた子は……、種族はアイスレディかな? 名前は?」

『人間に教える名なんてないわ!』

「デインティだ」

『ケルレウス様?!』


「あはは。デインティちゃんも、ケルレウス様が久しぶりに友だちに会えたのは嬉しいでしょ?」

『それは……、まあ、そうね?』

「失態も不問にしてもらえるかもしれない」

『ううう……、ごめんなさい、ケルレウス様……』

『眷属を増やしたいと言ったのはデインティだ。好きにすればいいと言った。その結果は私が関与するところではない』


「なるほど?」

 ルーカスが何かに納得したように言ったけれど、何がなるほどなのかはわからない。ケルレウスが魔物の言葉に変えたのは、デインティにはヒト語がわからないからだろう。

 全員絨毯に戻って、ドラゴンたちと話しやすい高さに浮かぶ。


「デインティちゃんも一緒に乗る?」

『誰が人間なんかと!』

「じゃあ檻に入ったまま浮かんでる?」

 デインティを閉じこめている魔法封じの檻はまだ解除していない。

『うううー……、人間ってほんと嫌い!!』

「すみません、すぐ解除しますね。リリース」

 檻をじゅうたんの上に乗せてから解除する。

『まだ乗るとは言ってないのだけど?』

「どちらでもいいですよ。下に降ろしますか?」

『別に自分で飛べるし』

 言って、デインティがふわりと浮かぶ。


「して、何があった? ヌシはヒトと敵対するなどという面倒をするタイプではなかったであろう」

『私はデインティを好きにさせているだけだ』

『ケルレウス様が怒らないから代わりに怒っているんです!! 人間は滅ぼすべきです。この世界には不要です。世界の癌です』


 前の時、今から四十年ほど後に世界の三分の一を占拠し、多くの犠牲を出した北のアイスドラゴンの眷属たち。その指揮をしていたのはデインティのようだ。先ほど戦ったような軍団が更に増えてある日突然攻めてきたら、ヒトにはなすすべがないだろう。


(魔物たちってヒトの行いも自然の一部として許容していることが多い印象だったけど、何があったのかしら……?)

 前の時にはその事情が耳に入ることはなかった。


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