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8 吹雪を抜けてもまた一難


 スライムのモモとお弁当がカチカチに凍っていた。

「ホットローブって偉大ですね」

「指先の方まで保温層ができている感じだな」

「気温調整の古代魔法を魔道具にしたみたいな感じだね。そんなに魔力量が要らないのはいいね」

「これだけの気温差があると、魔法だけでやろうとするとけっこう魔力を使いますものね」


「食べ物は火で焼き直すか?」

「そうしましょうか。ミスリル・プリズン、アイアン・プリズン、ウッディ・ケージ、ファイア」

 絨毯の上でも安定するように、同時に、絨毯が燃えないように、ミスリルでしっかりと土台を作る。その上に、下で火を燃やして上で物を焼ける形で鉄の檻を出した。木の檻は薪代わりだ。


「プリズン系が生活便利魔法にしか見えなくなってきたよ……」

「あはは。ここまで使いこなせるようになるハードルを考えると全然便利じゃないけどね」

「自分としては、こういう使い方の方が平和的で好きだ」

「ふふ。子どもたちが攻撃魔法を覚えなくていい未来がくるといいと言っていましたものね」


 凍っていても分けられるところは分けて焼き直していく。葉野菜系はあきらめるしかなさそうだけど、他はどうにかおいしく食べられそうだ。

 食べ始めたころに、お湯で温めていたモモが浮かびあがってきた。すかさず気温調整の魔法をかける。懐いた様子で自分に近づこうとしたところで、ユエルに牽制けんせいされてスピラの元に戻っていく。


「無事でよかったですね」

「モモ、寒かった?」

「寒い〜?」

 よくわからないという感じでみょんみょんする。

「寒暖を感じる能力は付与しておらなんだ」

「なるほどな。寒さを感じないと、それを訴える前に凍るのか」

「感覚って大事なんですね」


 スピラが手を差しだすと、モモがぴょんっと乗って、安心したように貼りつく。

「かわいいですね」

「スライムってペットとして流行らないかな」

「あはは。普通は魔物との意思疎通なんてできないからね。ピカテットみたいに、意思疎通できなくてもかわいい魔物じゃないと難しいだろうね」


「ピカテットは食べ物がトリや小動物に近いから飼いやすいんですよね。スライムは魔力を吸いとるから普通の人は飼えないし、魔法使いは嫌がると思います」

「スピラさんやジュリアちゃんくらい規格外の魔力持ちじゃないと、ちょっとくらい吸われてもいいやってならないからね。ぼくは飼えないかな」


「普通のスライムは透明なので、ほんのりピンク色のモモが特殊なのもあると思います」

「そっか。飼えるのが私とジュリアちゃんだけっていうのはなんかいいね。二人で愛を育てようか」

「いや言い方がおかしくないか?」

「モモの名前を愛にすればいいかな」

「そうじゃない」

「モモはモモ〜」

 モモが跳ねながら主張する。改名されたくないようだ。



 食べ終えてから改めて絨毯じゅうたんで出発する。

 吹雪の結界を相殺するために、魔法封じのミスリルの檻を打ちこむ。

「ミスリルプリズン・ノンマジック!」

 絨毯が通るのに十分な広さの、上下が開いた形の檻だ。魔力がせめぎあってミスリルの枠がガタガタと揺れる。押し戻されないように、集中して魔力をこめていく。


「……っ、……抜けましたっ」

 吹雪の向こうに真っ白な地面が見える。さっき入った時はどこまでも続いているように感じられたが、魔法さえ封じてしまえば吹雪自体はそれほど長距離ではなかった。


「ミスリル・プリズン」

 魔法封じのミスリルの檻の中にもうひとつ、上下が開いたミスリルの檻を入れこんで、魔法封じがない部分を作りだす。魔法の絨毯で魔法封じにつっこんだら真っ逆様に落ちてしまうからだ。


「ほんと器用だね」

 スピラが驚いたように言って、二重になっているミスリルの檻の真ん中を通るように絨毯を飛ばす。

 スピードがあるため、抜けるのは一瞬だった。完全に通り抜けたところで魔法を解除する。


「中から見ると吹雪いてないんですね」

「古代魔法じゃなさそうかな。魔物の特殊魔法とか、特殊な魔道具とか魔法陣とかかもね」

「古代魔法じゃないこと以外はわからないってことだね」

「アイスドラゴンを探しに行くか」

「あんまり高く飛ばすとまたあれを抜けないといけなくなる可能性があるから、低めに飛ばしていくよ」


 見渡す限り一面の白、氷の世界だ。ほぼ平たい。時々、小さく山らしき高さが見える場所もある。

「なんにもなさそうですね」

「……いや。エンハンスド・ホールボディ」

 オスカーがふいに身体強化をかける。

「大量の重そうな足音に……、保護色の何かが移動してくるように見える」

 視覚と聴覚も強化されているからだろう。そう言われて耳をすませて目をこらしても、まだ何もわからない。


「エンハンスド・ホールボディ」

 オスカーと同じように身体強化をかける。続くようにルーカスが視力と聴力の強化をかけた。

「あ、ほんと、よく強化前に気づきましたね」

「なんとなく嫌な感じがしただけだが、強化をかけてみて正解だったな」

「なんだろうね? 雪玉みたいなのがたくさん……?」


「雪玉みたいなの? スノーラビットかな」

 スピラも同じ方向に目をこらす。ヒトよりは視力も聴覚もいいはずだが、強化している自分たちほどではないようだ。

「一面の銀世界で距離がつかみにくいのだが、距離感からするとそんなかわいいサイズではないと思う」

「空にも白い線があって一緒に向かってきますね」


 スピラが自身に身体強化をかけ、眉を寄せた。

「あ。下はスノーマンだね。上はスノーバードかな。どっちも数が尋常じゃないし、あんなに整然と移動するものじゃないと思うんだけど」


 だんだんと姿がわかりやすくなってくる。スノーマンは頭、胴体、手足が複数の丸い雪玉でできたような魔物だ。背丈は二メートルを超えるだろうか。スノーバードは翼を広げると数メートルになる雪の巨鳥である。


「なんだかヒトの軍隊みたいですね……」

「後ろに並んでいるのはアイスゴーレムか?」

「待って。アイスジャイアントもいない?」

「フロストバイトベアとブリザードレパードの群れもいますね」


 アイスゴーレムは複数の氷の塊でできたような魔物で、家一軒くらいの大きさがあり、強くて頑丈だ。

 一瞬山が動いてきているのかと錯覚しそうになったのはアイスジャイアントのようだ。20メートルくらいだろうか。アイスゴーレムの中に複数、等間隔に配置されて歩いてくる。

 フロストバイトベアとブリザードレパードはクロノハック山で戦っていたのを見たが、あそこの群れよりも数が多い。


 地面も空も魔物が覆いつくして迫ってくる。


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