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7 北の凍土でカチカチになる


 北の凍土と呼ばれるところは、大地の上に降り積もった雪が固まって氷になっているのだという。場所によってはほんのわずかに地面がのぞくらしいが、ほとんどないそうだ。氷が厚い場所は一キロメートル以上に及ぶこともあるらしい。

 南にも似たような見た目の場所があるが、そちらには地面はなく、純粋に氷でできた海氷なのではないかと言われている。


 北の凍土は広大だった。エタニティ王国があった大陸よりも大きくて、絨毯じゅうたんに乗って上から見ても全体を見渡せない。自分たちのディーヴァ王国やその周辺の国を合わせたよりもずっと広いだろう。マスタッシュ王国やゴーティ王国のような島国とは比べものにならない大きさだ。

 見る限り、どこまでも真っ白な氷が続いている。天気はよく、まぶしいくらいに明るい。


「ペルペトゥスさん、祭壇はどのへん?」

「どうであろうな。ここばかりはウヌには位置が把握できぬ。グレースの時はアイスドラゴンの協力を得たのであったか」

「え」

「アイスドラゴンは六十年前に退治されたと、爺さんが言っていたな」

「それ、同じ個体なのかな?」

「エレメンタルの寿命ってどのくらいだっけ?」


 エレメンタルは属性持ちのドラゴンの総称だ。アイスドラゴンの他にアースドラゴン、ファイアドラゴン、ウォータードラゴンなどがこれまでに確認されている。

 カラーズと呼ばれる属性がない通常種のドラゴンよりもはるかに強靭だ。エイシェントドラゴンのペルペトゥスには遠く及ばないだろうけれど。


「はて。数千年は問題がないと思うておるが」

「寿命としてはグレースの時代から生きてるかもしれないけど、退治されてる可能性もあるっていう感じかな」

「うーん……、正確な時期はわからないのですが、前の時は今から四、五十年後くらいにまだアイスドラゴンが生きていたかと。

 私が戻ったことで未来が変わっていたとしても、六〇年前の事件には影響していないはずなんですよね」


「会ったの? アイスドラゴン」

「いえ。話に聞いただけです。氷の眷属たちが世界の三分の一を占拠して、多くの冠位魔法使いや有力な冒険者の犠牲の元でなんとか押し戻したとか、その長が永久凍土のアイスドラゴンだったとか。

 私は魔法協会から半追放のままだったので、直接は参戦していません。まあ、自分にふりかかるものは払ったし、ちょっと目に余って一般人に手を出していたところはこっそりおしおきしておきましたけど。スピラさん……、師匠と別れた後なはずです」


「ふむ。ここのアイスドラゴンはそういう気質ではなかったと思うたが。相互不干渉で、ヒトの世界をどうこうしようとする印象があらぬ」

「じゃあ、六十年前に世界を凍らせたアイスドラゴンも、四、五十年後に眷属と世界を占拠したアイスドラゴンも、ペルペトゥスさんを案内したアイスドラゴンとは別個体なんですかね」


「待って。それだとアイスドラゴン多すぎない? まあ、この環境なら増えててもおかしくない、のかな?」

 スピラが不思議そうにするのもムリはない。エレメンタルのドラゴンは、強い代わりにあまり個体数が多くない印象だ。

 とはいえ、ヒトの手が入っていない広大な氷の大陸の生態系の頂点がアイスドラゴンなのだとしたら、三体以上いるのはそこまでムリな話ではないかもしれない。人類としては脅威になるだろうけれど。


「どうだろうね? とりあえずペルペトゥスさんの知り合いのアイスドラゴンを探してみようか」

 ルーカスの言葉でスピラが絨毯じゅうたんを降下させていく。大陸は広いけれど、アイスドラゴンならそれなりに大きいだろうから、探せなくはない気がする。


 と、空は晴れているのに、とつぜん進行方向が吹雪でおおわれた。


「このままつっこむよ?」

「はい。お願いします」

 自分たちは絨毯ごとミスリルで包んだ飛行形態の中だ。多少天候が荒れても問題ないだろう。スピラが絨毯のスピードを上げて吹雪の中を飛ばしていく。

 中を飛ぶこと自体は問題がないのに、一向に抜けられそうになく、地面も見えてこない。


「魔力をまとった吹雪だね。多分これ特殊な結界で、進んでも進んでも抜けられないやつ」

「なるほど? 空からの入場はお断りってことかな。降りられそうなところを探してみようか」

 絨毯の方向を変えて上に戻ろうとすると、すぐに吹雪を抜けた。やはり物理的なものではなさそうだ。


 下はずっと吹雪いている。絨毯を低く飛ばして吹雪の切れ目を探していく。が、大陸の端まで戻っても、陸地に近づこうとすると吹雪におおわれてしまう。

「大陸に入ること自体を拒否されてる気がするね」

「昔はこんなことはなかったのだがのう」

「グレースの時のことはもう昔すぎて参考にならないかもね」


「魔法封じを打ちこんで相殺そうさいして上陸したら、敵対行動になりますかね?」

「関係性としてはそうかもしれないけど、他に方法はない気がするかな。できるの?」

「はい。相手の結界魔法より強い魔力が必要なので、力技にはなりますが。それで結界は突破しちゃいましょう。

 全員に魔物と話せる魔法をかけておきますね。可能な限り話し合いができればとは思います。オムニ・コムニカチオ」


「ヌシ様! 寒いです、ヌシ様!!」

 言葉が通じるようになったとたんにユエルが叫んだ。このあたりに来たころからそわそわしている気がしていたけれど、寒かったらしい。

 ルーカスの頭の上のジェットもこくこくと頷いている。


「すみません、ユエル、ジェット。クロノハック山の氷雪エリア出身だから、寒さには強いのかと」

 暑い場所に行くときは気をつけて気温調整の魔法をかけていたけれど、寒さは気にしていなかった。すぐにユエルとジェットに気温調整の魔法をかける。


「あのあたりとここはちょっとレベルが違うかと!」

「モモは大丈夫ですか? スライムって寒さにはどうでしたっけ?」

「そういえばさっきからおとなし……って、凍ってない?! ちょっ、モモ、大丈夫?!」

 モモは元々それほど動く方ではないから、動かないでいても違和感がなかった。


「え、どうしましょう。火であぶったら溶けますかね?」

「落ちついて、ジュリアちゃん。スライムってたしか、火力が強いと蒸発するんじゃなかった?」

「水を出して火であたためて、適温の湯に入れるのがいいと思う」

「あ、凍傷の要領ですね。ミスリル・プリズン、ウォーター、ストーン、フローティン・エア、ファイア」


 小さめの、上が開いた形のミスリルの檻を出し、その中に水をためる。ミスリルは熱を通さないから、石を出してあたためて水に入れ、水の温度を上げる。

 触ってみて適温なのを確かめてからモモを入れてもらう。


「スライムって息をしてましたっけ?」

「どうだったか……」

「呼吸はないと思うよ。ちょっと凍ったくらいじゃ死なないんじゃないかな」

 解凍されるのを待つ間にお弁当を食べようとしたら、そっちもカチカチになっていた。パンでクギが打てる気がする。


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