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4 [オスカー] 産まれても生きられない子どもたち


 煮えた汁とパンらしきものを差しだされ、それぞれに受けとった。正直なところではジュリアの料理がよかったが、言いだせる雰囲気ではない。

 爺さんの手料理は、不味くはないが美味くもなく、エネルギーは補給できるといった感じだった。


「嬢ちゃんは魔法について内密にと言うておったな。魔法協会では隠しておるのか?」

「はい。ちょっと事情がありまして。冠位とか魔法卿とかにはなりたくないというか、なっている場合ではないというか」

「まぁわからんでもないかのう」

「お爺さんもそうなんですか?」

「そう、とは?」


「さっきのでまだ本気じゃなかったなら、かなり強いですよね。私の父が冠位九位なのですが、少なくとも父より上……、本気なら魔法卿に届くかも? と。

 今は冠位二位が空位になっているし、ご高齢とはいえ、そんな人を働かせないほど魔法協会は余裕があるわけではないと思うので」


「次代につなぐまでは勤めたんぢゃがのう。社会的役割は十分に果たしたと思うておる。……社会的役割の、あまりに大きな代償が未だにどうにもできぬだけぢゃ」

 爺さんの目元に光るものが浮かぶ。ちらりと目をやったのは、この場所に似つかわしくないゆりかごの方だ。


「年寄りの残りの時間くらい、自分が切望するものを得るために生きても許されようて」

「切望するもの、ですか?」

「……見るか?」

「えっと、見ていいものなら?」

「構わん。後悔はするかもしれんがのう」

 食事を終えたタイミングで、爺さんについて奥へと向かう。


「きゃっ……」

 三つのゆりかごの中をのぞいてジュリアが小さく悲鳴をあげた。

「なんでこんなことに……」

 氷漬けになっているのは産まれたばかりの赤ん坊だ。ゆりかごひとつに一人。三人だ。


「わしの子らぢゃ」

「え」

「六十年近く、その姿のままぢゃ」

「ぁ……」

 高齢なのに稚児がいるという不思議はその一言で解消された。産まれたのはまだ若い頃ということだ。


「なんで、と言うたか。六十年ほど前、世界を凍らせたアイスドラゴンがおったんぢゃ。わしらは多くの仲間の犠牲の上で辛勝したのぢゃが、引き換えに、わしが呪いを受けてのう。

 凍らされただけの者たちは、魔法陣や魔道具にアースドラゴンの力を加えることで取り戻せたのぢゃが。この子らは産まれた時からこの状態で、何をしても溶かせなんだ」

 アイスドラゴンは氷の竜で、アースドラゴンは地の竜だ。地竜には癒しの力や生命の力があるのだったか。


「その下にあるアースドラゴンのウロコによって、かろうじて生きてはいる状態を保ち続けておる。

 妻は三人目を産んだ後に病気で亡くなった。いつか必ずなんとかすると約束して、未だに成らず。世界のために戦った代償がこれでは、死ぬに死ねん」


 つないでいるジュリアの手に力がこもる。

「解呪師の知り合いがいるので、見てもらいますか?」


「まだ一人目が産まれたばかりの頃に、全てのツテを使って探しあて、見てもらったことがあるんぢゃが。呪いが強大すぎてどうにもならぬと言われた。

 最低限、アイスドラゴンと同等かそれ以上の魔力を持ったドラゴンの血が必要とのことぢゃったが、それでも解呪師自身の命と引き換えて解呪できるかどうか、と。アイテムの入手を含めて、不可能と言われたのと同義ぢゃ」


(アイスドラゴンと同等かそれ以上の魔力を持ったドラゴンの血……)

 思いっきり顔が浮かぶ。何か素材が必要になったら言うようにと、今朝言われたばかりだ。


 解呪師ギルバート・ブロンソンの解呪に立ちあった時のことも思いだされる。人によってスタイルは違うのかもしれないが、ブロンソンは呪いを引きだして物理で叩きつぶす形だった。引きだした呪いが強大すぎる場合に解呪師が命を落とす可能性は理解できる。

(そこに協力すればどうにかなる気がするが……)

 アイスドラゴンを上回るだろう戦闘力がある仲間が、少なくとも三人はいる。


「ドラゴン自体がほぼ絶滅種ぢゃからのう。ワイバーンやドリュウ、カラーズ程度ならまだしも、エレメンタルやそれ以上となると、アイスドラゴン以降には目撃情報すらない」


 ワイバーンやドリュウは竜種の中では下級で、人によっては竜種に分類しないこともある。

 カラーズは通常イメージされる普通のドラゴンで、中級程度、他の魔物の中では上級となる。ごく稀に出現が確認され、魔法協会や冒険者協会が対応していたはずだ。


 エレメンタルは、アイスドラゴンやアースドラゴン、ファイアドラゴンなどの属性持ちの総称で、上級のドラゴンだ。爺さんが戦った時にも多くの犠牲が出たと言っていたように、ヒトにとっては出現自体が脅威になる。

 エイシェントドラゴンのペルペトゥスは完全に規格外で、一般にはただの伝説とされている。存在が知られるだけでも人類が恐慌状態になりかねない。


「だからわしは他の手段を探し続けておる。当時の解呪師はもう寿命で亡くなっておるしのう」

 ジュリアがその瞳に凛とした決意を宿す。

「どこまでできるかはわかりませんが。力を貸してくれそうな友人や、解呪師の知り合いに話してみてもいいですか?」


「ひゃっひゃっひゃ、好きにせい。期待はしとらん。

 わしもモウロクしたからのう。若い者に話を聞いてほしかっただけかもしれん。……産まれても生きられない子らがこの世界に存在したことを知る者が増えるのは、せめてもの妻への手向けよのう」

「わかりました。必ず、また来ます」


 しっかりと請け負ったジュリアがこちらに視線を向ける。

「帰りましょうか」

「ああ」

 そういえば互いに名乗っていなかったなと気づいたが、ジュリアの魔法を見られている以上、知られない方がいい気もする。爺さんからは聞かれていないし、向こうにも名乗りたくない理由がある可能性があるから、気づかなかったことにしておく。


「リリース」

「フライオンア・ブルーム」

 ジュリアが魔法封じを解除したのに合わせてホウキを出す。島から離れてから空間転移が安全だろう。ジュリアについては知られることが少ない方がいい。そのあたりを信用できるほどには、まだ相手を知らない。


(なっ、ちょっと待ってくれ)

 ジュリアがナチュラルにホウキに乗ってくる。考えごとをしていて無意識にそうしたような、他意がない顔だ。

 さっきまで真剣な話をしていたのに一気に他意に引っ張られそうになるが、必死になんともない顔をしてホウキを飛ばした。


「やはりカップルは嫌いぢゃ」

 爺さんのぼやきが聞こえた。身体強化により聴力も強化されたままでなければ聞こえないくらいの声量だ。

 詠唱の声が続いて、イヤガラセ程度の水の鳥が飛んでくる。放っておいても濡れて不快になるだけのものだ。

「ファイア・バード」

 同程度の火の鳥を飛ばすと、ぽしゅっと音をたてて同時に消えた。


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