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3 [オスカー] 自分にないものを持つ者を嫌うのは人のサガ


 捕獲した爺さんを小脇に抱えたまま、ジュリアの元へと戻る。

 と、ジュリアがぺこっと頭を下げた。

「まず、無人島だと思って勝手に入ったり、使い魔を野生だと思って食べようとしたことは謝ります」

「アレを食べようと思ったんか……。見た目によらずワイルドな嬢ちゃんぢゃのう」


 彼女が顔を上げ、凛として続ける。

「けど、話を聞かずに一方的に上級攻撃魔法を展開してくるのはどうなんでしょうか。私たちじゃなかったら大ケガか、ヘタしたら死んでますよ?」

「力量は見ておったつもりぢゃったが。見誤っておったのは確かぢゃのう」

「まったくです。侵入者にお灸を据えるにしても中級以下の……」


「最初から本気でいくべきぢゃった」

「はい?」

「その歳でこれほどの魔法が使えるのぢゃから、冠位なのぢゃろう? あるいは次期魔法卿候補かのう」

「……すみません。どちらでもないので……、ご内密にお願いします」

 ジュリアがやらかしたという顔になってしゅんと縮んだ。場所が場所だけに、人の目を意識して戦うのを忘れていたのだろう。怒っていたというのも大きいかもしれない。


 爺さんが目を見開く。

「なんと?! レジナルド……、いや、今は変わっておったか? あやつらは何をしておるのぢゃ」

(レジナルド……?)

 どこかで聞き覚えがある名な気がするが、思いだせない。


「……嬢ちゃん、坊主、ついて来るがよい」

 爺さんが言う。が、自分に抱えられたままだ。

 バタバタしたから降ろすと、気絶している使い魔を爺さんが持ち上げる。大変そうに見えたから、代わりに抱えた。

 爺さんが慣れた様子でしげみをかき分けながらゆっくりと歩きだす。


「嬢ちゃんが言っておった、無人島というのは正解ぢゃ。所有者のない、むしろ発見されていない、地図上にない島にわしが勝手に住みついておるだけぢゃから、そこは気にせんでいい」

「そうなんですね」

「ここにおれば誰にも見つからんと思うておったんぢゃが。ようこの島を見つけたのう」

「ちょっと偶然が重なりまして」


 連れて行かれたのは洞窟だ。空から見た時に切り開かれたエリアや生活感がなく見えたのは、洞窟を拠点にしていたからなのだろう。魔道具の灯りがともっていて、奥まで明るい。


 入り口近くに古びた魔道具の絨毯じゅうたんが丸めて立てかけられていて、その先にはかまどやテーブルなどの食事のエリアがあり、さらに奥には多くの本や魔道具らしきものが詰まれた研究エリアのような場所がある。

 小さめのベッドの横に光るタイルがあり、その上に老人の部屋には似合わないゆりかごが三つ置かれているのには違和感があった。

 外の未開発感とは逆に、中にあるものは町と変わらない。絨毯じゅうたんで運んできたのだろう。


「腹が減っておるなら保存食でも出すかのう」

「あ、いえ、ちょっとサバイバルデートをしていただけなので、飢えているというわけでは」

「サバイバルデート? 海の移動中に迷ってここで遭難そうなんしたのではなく?」

「申し訳ないが、二人きりになれる場所という発想だった」

「ひゃっひゃっひゃ、うらやましすぎてまた攻撃したくなりそうぢゃ」


「え、まだ魔法使えませんよね? 魔法封じを解除してないので。物理ですか?」

 ジュリアがちらりと自分を見てくる。ひとつうなずいた。物理ならいつでも抑える準備はできている。

「気分の話ぢゃ。……だいぶ昔に妻を亡くしておってのう」

「あ……」

 とたんにジュリアが同情的な顔になる。が、同じようには思えない。


「独り身でさみしいことと他人を攻撃することは別問題だと思うのだが」

「ひゃっひゃっひゃ、小聡こざとい坊主ぢゃ。細かいことは気にするでない。

 飢えておらんのはわかったが、近づきの印に昼飯くらいは用意してやろう。またパルを食おうとされても困るしのう」

「すみません……」

 連れ戻ってきた使い魔は目を覚まして、ジュリアから距離をとるように奥にひっこんでいる。


 自炊は慣れているのか、爺さんが鍋で食材を煮ていく。

「で、お前さんらは、魔法協会には所属しておるのか?」

「えっと……、はい、一応」

「役職は?」

「特にないです」

「二人とも?」

「ああ」

 今は魔法卿直属ということになっているが、あくまでも表向きで、用が済めば解除されるし、それは役職ではない。


「周りは節穴だらけか。嬢ちゃんが異色すぎて見落とされがちぢゃろうが、坊主もいい線をいっておるのにのう。判断も魔法の精度も、その歳ではなかなか見なかろうに」

「そうなんですよ! オスカーはすごいんです」

 自分が答えるより先にジュリアが前のめりに胸を張る。かわいいけれど恥ずかしい。恥ずかしいけれど、かわいい。


「元々すごいんですが、成長もすごくて。単調な訓練を黙々と続けられる才能もすごいし、飲みこみも早いし。本当は私よりオスカーの方がすごいんです」

「ひゃっひゃっ、坊主の師匠か親みたいに言うのう」

「あ」

 ジュリアがしまったという顔になる。かわいい。


「互いに得意なところを教えあっているから、互いに師匠で弟子みたいなものだな」

「あ、そうです。そうなんです」

 体術では今でも自分が師匠だから真実だ。ジュリアが助かったという感じでこくこくとうなずく。かわいい。


「ふむ。幸せな人間は嫌いぢゃが、坊主と嬢ちゃんはおもしろいのう」

「え、嫌いなんですか?」

「自分にないものを持つ者を嫌うのは人のサガぢゃろうて」

「……まあ、そうですね。私も、笑っている人を見るだけで泣いていた時期がありましたし」

「ひゃっひゃっ、だからぢゃろうか。嬢ちゃんの目の奥の影にはシンパシーを感じるわい」


「え、影ってますか? この一年でかなり改善したと思っていたのですが」

 一年。自分が彼女と一緒に過ごせるようになった期間だ。その間に少しでも傷が癒えているのだとしたら嬉しい。


「影と言うよりも深みかのう。いつか来る終わりを知っている目ぢゃ」

「……そう、ですね。それは痛いほど」

 思い出して泣きそうになった彼女を抱きしめたい。けれど、早くに妻を亡くしたという爺さんの手前、控えておく。代わりにそっと手をとって、しっかりとにぎった。


「で、坊主は嬢ちゃんの傷を知っているわけか」

「ああ。二度とそんな思いはさせないと約束した」

「……そうできるとよいのう」

「そうするつもりだ」


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