2 [オスカー] 小島の探索でジュリアが怒る
「あの島とか、人は住んでなさそうじゃないですか?」
ジュリアが眼下の小島を示す。木々が生い茂っていて、人が生活していそうには見えない。
砂浜はなく、海との境は崖になっている。魔法使いくらいしか来られないだろうし、わざわざ大陸から離れたこんな場所まで来る魔法使いもそういないだろう。
ホウキの高度を下げていく。大きさはホワイトヒルの街の半分くらいだろうか。簡単に歩いて一周できそうだ。
上からだとなんとなくハートのような形に見えてドキリとする。
「ひよこみたいな形でかわいいですよね」
(ピュアか!!!)
今の彼女の精神年齢は自分よりずっと上なはずなのに、ずっと純粋な気がする。最近の自分がよこしま過ぎるのかもしれないが。
「鳥がいっぱい住んでいますね」
崖の穴を巣にしているらしい海鳥を見て、ジュリアが楽しそうに目を細める。彼女が楽しそうなのが楽しい。
海沿いの、あまり木々がしげっていないあたりでホウキから降りた。
「まずは探検しながら、お昼用の食べ物を探してみますか? なければないで空間転移で戻ってもいいですし」
「ああ、そうだな。サバイバル感も楽しそうだから、空間転移は最終手段として封印するのはどうだろうか」
「ふふ。楽しそうですね」
(あー、かわいい)
楽しそうだと思えるものを共有できるのは嬉しい。一緒にいられるだけで幸せだというのは自分も同じだ。
安全のために身体強化をかけておく。特に、異常に気づくための五感は重要だろう。ジュリアの前を歩く形で、しげった木々の中に入っていく。
「食べ物を探すなら上か下だろうか」
「ですかね。果物やキノコは見当たりませんが、鳥や小動物はいそうですね」
「ジュリアは、生き物を狩るのは気にしないのか?」
「はい。植物より動物の方が毒を持っていることが少ないですし、手頃かと」
女性の中には血を見るのが苦手な人もいる印象だが、そのあたりは気にならないらしい。
「そういえば、エターナル王国の時に狩りを提案したのはジュリアだったな」
「そうでしたね。なるべく人と関わらないで生きようとすると、自給自足ベースになるので。
命をもらうこと自体に抵抗がないわけではないのですが、普段の生活でも誰かが殺めた命をいただいていることには変わりないので。
自分で命をいただくと、そのありがたさを感じられるから、食べるための狩りは好きかもしれません。もてあそぶような趣向はイヤですが」
「なるほどな」
彼女の言うとおりだと思う。誰かが殺めた命にも本来は感謝した方がいいのだろうが、なぜか実感が生まれにくい。
「……鳥を丸焼きにするのはいいかもしれないな」
「強火で羽毛を焼ききるのがオススメです」
「魔法だと火加減が難しそうだ」
「周りを包むイメージで強火にするといいですよ」
「コントロールの練習になりそうだな」
「ふふ。そうですね」
話しながら獲物を探す。
バサバサと飛んできたのは、やたらカラフルな、ヒトの頭くらいの大きさの鳥だ。近くの枝に止まってこちらを見てくる。
「見た目がキレイだと、ちょっと燃やすのが惜しくなりますよね」
「そもそもアレは普通の鳥なのか? 魔物という可能性もあるのでは?」
「うーん、どうでしょう? 鳥にも鳥型の魔物にも特に詳しいわけではないので、なんとも」
「魔物だったら素材を売って、鳥だったら食べればいいか」
「魔物の中にも食べられるものはあるので、味見はしてみてもいいかもしれませんね」
「それは楽しそうだ。ファイア・アロー」
唱えたのと同時に、「ウォーター・シールド」と唱える人の声が聞こえた。大きなものではない。身体強化をしているから拾えた感じだ。
鳥に向かって飛んだ火の矢を水の盾が打ち消す。
「こりゃ。だれぢゃ、わしの使い魔を燃やそうとしたんは」
鳥の向こう側から、しゃがれた老人の声がした。
「あ、ごめんなさい! 野生かと思いました!」
ジュリアが大きめの声で答える。
「なんぢゃ、おなごなら許す」
「なんだその男女差別は……」
「男連れは許さん」
「え」
驚くジュリアの声がかわいい。
差別のされ方にため息が出る。ろくな相手ではない気しかしない。
詠唱の声が耳に届く。
「ファイアアロー・シャワー」
「え」
「なっ」
自分にはまだ使えない上級魔法だ。空を覆いつくしそうな数の炎の矢がこちらに向けられる。
(いや待て。森が大火事になるぞ?!)
「インテンス・レイン」
大量の水を降らせて炎の矢を消す。一年以上前に同じ魔法を使った時よりも魔力消費が楽になっている気がする。
「ジャイアント・ウォーターバード」
消しきれなかった部分をジュリアが出した巨大な水の鳥が飲みこんで、炎の矢は一本残らず消えた。
「ほお。脅すだけのつもりぢゃったが。遊んでやるとするかのう」
「あの、すみません。私たちに戦う意思はなくてですね……」
「ミリオン・ストーンズ」
「プロテクション・ドーム」
ジュリアの声が聞こえているのかいないのか、無数の小石が飛んでくる。メテオほどのバカげた威力はないが、十分に強力な上位魔法だ。
球体の防御壁を展開して弾き落とす。なんとか防ぎきったが、防御壁も砕けた。
「ちょっ、オスカーがケガをしたらどうするんですか!」
ジュリアがぷんぷんだ。かわいい。明らかに守られる側に見えるのに、彼女はそこが彼女自身ではないのだ。
「魔法使いならば魔法で治せばよかろう」
「そういう問題じゃ……」
「サンダーボルト・ジャッジメント」
「サンダーボルト!」
クルス氏が得意な追尾型の紫電が向かってくる。全体を覆うタイプの防御壁で防ぐか、体に直接かけるタイプの防御魔法で耐えるか、同等の魔法で打ち消すかがセオリーで、反射的にサンダーボルトで打ち消す。一瞬せめぎあったが、相殺できてホッとする。
「……ミスリルプリズン・ノンマジック」
サンダー系の魔法が消える直前から、ジュリアの詠唱が聞こえた。
「わしの姿を視認しておらぬのにどう捕まえるのぢゃ? そもそもプリズン系は相手の動きをある程度止めてから……」
相手がそう指導的なことを言いかけて、止まった。
「いやいやいや、なんぢゃ、ありえんぢゃろ?! 魔法封じのミスリルの檻で島ごとおおうなんぞ官位上位か、ヘタすると魔法卿クラスぢゃぞ?! お嬢ちゃん何者ぢゃ?!」
「オスカー、確保してもらえますか?」
「任された」
魔法が使えなくなった魔法使いを相手に遅れをとる気はない。ましてや相手の声は老人のものだ。
「こうなったら……、逃げるが勝ちぢゃの。地の利はわしに」
言いかけた声が止まったのは、見つけて小脇に抱えたからだ。声の方向から大体の位置は把握していたから、見つけるのは難しくなかった。
小さな爺さんだ。簡素な格好をしている。自分の半分ほど、ドワーフサイズに近いが、見た目や体格がドワーフではないから、ただ小さいだけのヒトだろう。バタバタと暴れるけれど、力はない。
ジュリアがいる方へと向かう。
「パル! わしを助けるのぢゃ!」
「アーッ!!」
「っ……」
最初に見つけたカラフルな鳥が向かってきて大口を開ける。
ペルペトゥスが炎をはくのは魔法ではなくて、ノンマジックでは防げなかった。近似の生態を持った魔物が相手だと今は部が悪い。
爺さんを持ったままどう避けようかと思ったが、炎や雷が飛びだす前にジュリアの声がした。
「ごめんなさいっ」
ドカッと太めの木の枝でトリが殴られ、地に落ちる。
「あとで魔法で治せばいいですよね?」
ジュリアが爺さんに向かってニコリとして言ったが、目が笑っていない。
「……爺さん。観念した方がいい」
ジュリアはそう怒る方ではないが、一度怒らせると怖いのを知っている。




