1 [オスカー] 二度目の誕生日
「お誕生日おめでとうございます」
朝、起きて最初に天使がほほえんだ。
「……ん」
抱きよせて額にキスをする。はにかんだような笑顔が返ってくる。かわいすぎる。
「待って、オスカーくん。二人の世界作ってるけど、わたしたちもいるからね?」
「あはは。オスカー、二十歳おめでとう」
スピラとルーカスが、運んでいた皿を置いて続いた。
返却するために走らせている船の食堂だ。五人だけだとだいぶ広い。
「二十と言うと、まだ稚児よのう」
「まぁエイシェントドラゴンからしたらそうですよね」
「エルフでもまだ子どもだね」
「ヒトだとこれで人生の四分の一から三分の一くらいだからね。ぼくも含めて大人扱いしてほしいかな」
「オスカーには長生きしてもらうので、まだ五分の一っていうことにしませんか?」
テーブルにいつもより豪華な朝食が用意されている。海上では入手が難しいフルーツも豊富だ。
「ジュリアが用意してくれたのか?」
「私と、あとみんなにも手伝ってもらって」
「ありがたい」
「ふふ。どういたしまして」
ジュリアの手料理の味だ。幸せをかみしめる。
「プレゼント、何がいいか迷ったんだけど、ぼくからはこれね」
ルーカスから四角い包みを差しだされる。両手で持つくらいの大きさで、いくらかの重さがある。結んであるヒモに手をかける。
「あ、絶対に一人の時に開けてね」
「? わかった」
「結婚祝いでもよかったんだけど、そろそろ必要になるかもしれないから」
「実用品か?」
「見てのお楽しみかな」
開けるなと言われたから横に置いておく。いったい何を渡されたのか気になるところだ。
「わたしはコレ」
スピラから小瓶を差しだされる。何かをもらえること自体に驚いた。中にはキラキラした三日月型のカケラが入っている。
「これは?」
「わたしのツメ」
「嫌がらせか?」
「え、違うよ?」
「ダークエルフのツメは希少素材ですからね。高値で売れると思いますよ。代わりに質問攻めにあうでしょうが」
「それは売れないに等しいな」
「ウヌのウロコやツメも考えたのであるが、ルーカスから却下された」
「秘密基地でなら元の大きさに戻ってもらえるけど、エイシェントドラゴンの素材なんてもらっても困るでしょ。スピラさん以上に人類に知られるわけにはいかないし、大きくてどこに置くのって感じだし」
「うむ。必要な時に言うがよい」
「わかった」
ペルペトゥスもいろいろ考えてくれたらしい。ありがたい。
そこでいったん話が止まり、つい、ちらりとジュリアを見てしまう。
「私は……、今日一日、あなたの好きなところでデートしましょう」
「ん……」
好きなところと言われて浮かんだのは、ジュリアに連れこまれた宿だ。彼女を抱きしめているのは幸せだった。
あの温もりとその先を望んでしまうのはよこしまだろうか。ジュリアが言っているのはそういう意味ではないはずだから、浮かんだイメージを必死に打ち消す。
「……少し考えても?」
「はい。もちろんです」
「そういえば、ルーカスの誕生日はいつだ?」
「ぼく? 二月二十三日。言ってなかったっけ」
「ルーカスさんのお誕生日もみんなでお祝いしたいですね。スピラさんはいつでしたっけ?」
「わたしは正確にはわからないんだよね。星が降る七の月なのは確かなんだけど。昔は今ほどちゃんと暦を数えてなかったからね」
「子どもの頃にお祝いされたりは?」
「してた気がするけど、日にちまでは」
「じゃあ、7月に入ったらお祝いしたいですね。ペルペトゥスさんは?」
「わからぬのう。ウヌらには日付の概念が薄く、はるか昔でもあるからのう」
「じゃあ、ペルペトゥスさんの好きな日は?」
「ふむ。ヒトの感覚の中でなら、年の終わりかのう。これより先はなく、新たな年へと生まれ変わる直前の息吹がよい」
「なら、その日にお祝いしましょうか」
「そう言うジュリアちゃんは?」
スピラの言葉にジュリアが不思議そうにしてから、理解したように答えた。
「あ、スピラさんとペルペトゥスさんは夏に合流したんでしたっけ。みんなにお祝いしてもらったつもりでいたのは、職場と商会でしたね。
五月十三日です。オスカーと月だと半分、日にちは一日前です」
「そっか。じゃあ、来年楽しみにしてて?」
「あはは。プレゼントはダークエルフの血とかそういうのじゃない方がいいと思うよ」
「え、ダメ? じゃあペルペトゥスのウロコをむしって、くだいて使いやすくして渡そうか? キバとかツメの方がいい? さすがに龍玉とか魔核とかはムリだけど」
「待って、ついさっき、もらっても困るって説明したよね?」
「自分たちを素材扱いするのはやめていただけたらと。気持ちだけで十分です」
「うーん……、その方が難しいんだけど、考えておくね」
「他人の婚約者に個別のプレゼントを渡す時点でケンカを売られている気がするのだが」
「え、そうなの?」
「あはは。ぼくらみんなからの方が気が楽だろうから、そういう方向にしようね」
食後、ジュリアと二人で空間転移をして、ルーカスとスピラからもらったプレゼントを拠点の部屋に置いた。
「ルーカスさんからのプレゼント、なんでしょうね?」
「絶対に一人の時に開けるようにと言われたな」
「私でもダメでしょうか」
「そういう意味だと捉えているが」
「隠されるとむしろ気になりますね」
ちらちらと気にしているジュリアがかわいい。開けて見せてしまいたい気持ちと友情がせめぎあう。
どうしたものかと思っていると、ジュリアから話を変えてきた。
「どこに行きたいかは決まりましたか?」
「……それも難問だな」
何か浮かんでも、手を出したいのが勝ってしまう自分はよこしまだ。信頼に満ちた瞳に申し訳が立たない。
「そうですね……、例えば、空中散歩、ピクニック、ハイキング、登山、ロッククライミング、釣り、魔物狩り、アイテム採取……、街歩きとか秘密基地でゆっくりとかですかね」
ジュリアからの案はかなり自分に合わせてくれている気がする。
「ジュリアは何か希望はないのか?」
「あなたの誕生日ですし、私はあなたと二人でいられるだけで幸せなので」
(か わ い い か!!!)
そういうところだ。もう何も考えずに押し倒してもいいんじゃないかと思ってしまうのは。
つい口づけてしまうと、嬉しそうに口づけが返る。彼女からも求められているのは明らかなのに、この先をガマンしている自分は相当偉いと思う。
(室内はダメだな……)
秘密基地でゆっくりしようものなら、ゆっくりできる気がしない。
「二人で……、無人島とかか……?」
「あ、楽しそうですね」
ただの思いつきに、パァッと笑う彼女がかわいい。
「ゴーティー王国を移す場所を探していた時に、あたたかいエリアでいくつか小さな島を見かけたんです。上空までは空間転移できるので、そのうちのひとつに行ってみますか?」
「ああ。ちょっとした探検だな」
「ふふ。そうですね」
転移先が上空とのことなので、ホウキを出す。
「……乗るか?」
「えっと……、はい。お言葉に甘えて」
恥ずかしそうな上目遣いをやめてほしい。加えて、彼女がおずおずと自分のホウキにまたがるのだ。かなりくるものがある。
昨日の二人乗りはあくまでも用事のためだった。彼女には大仕事が控えていたから、必死に抑えてサポートに徹した。が、今日は必要に迫られたわけじゃない。
(女性が男性のホウキに乗るのは、あなたに身を委ねます、だったか……)
どう考えても襲っていいように思えてくる。婚約者とはいえ、嬉しそうに男のホウキに乗るなんて無防備にも程がある。
できるだけ平静を装ってホウキに乗って浮かせた。腕の中に彼女が収まっているのが、なんともくすぐったい。
(どうしてこんなにいい香りがするんだろうな……)
彼女はいつもほんのり甘い感じだ。もっとかいでいたくなるし、なんなら食べてしまいたくなる、不思議な匂いだ。
準備ができたところでジュリアが空間転移を唱える。
「テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」
自分用の部屋から一気に景色が変わり、一面に青い空と海が広がる。体温調節の魔法がかけられたままだからか、上空の風の流れが心地よく感じられた。
「気持ちいいですね」
「……ああ」
振り返って笑う彼女の言葉に鼓動が収まらない。
ジュリアの色は空にも海にもよく映えて、キラキラとしてキレイだ。




