2 フィンとの顔合わせ
(……どうしてこうなったのかしら)
フィンとの顔合わせは、休日にクルス家で行われることになった。
こちらの体調を気遣ったフィンが、自分が移動すると言ってクルス家に来てくれたことはいい。気遣いがありがたい。
問題は応接間に、フィンの護衛の魔法使いたちと父が一緒に詰まっていることだ。
クルス家の応接間は、立場に対して標準的な広さだ。三人がけのソファが向かい合っていて、間にソファテーブルがある。壁には絵と花が飾られていて、来客用の茶葉やティーセットを置く棚がある。そこそこの空きスペースもあり、大きなガラス窓からは庭が見える。本来はそうきゅうくつに感じる場所ではない。
が、今は息が詰まりそうだ。
向かいのソファはフィンを真ん中にして、護衛の男性魔法使いが両側に座っている。こちら側は自分を真ん中にして、右隣に父、左隣には護衛の女性魔法使いがいる。ソファの使用率は百パーセントだ。
使用人たちはお茶を淹れ終えて、ソファの後ろに控えている。
人数だけの問題ではない。フィンの護衛として一緒に来たのは、魔法協会ホワイトヒル支部の各部門の部長たちだ。
育成部門アマリア・ブリガム、臨時依頼部門コーディ・ヘイグ、管理部門ビリー・ファーマー。部長クラスはさすがに全員覚えている。
父は自分が知らないと思っているのだろうし、フィンは知らないようだが、そうそうたる顔ぶれだ。威圧感がすごい。
(これ以上厳重な警備はないし、お父様が信頼している人たち、ということかしら)
その父の圧が一番強いのは気のせいではないだろう。
加えて、フィンが持ってきた特大の花束も部屋を狭くしている。腕が長いフィンならまだしも、自分には抱えられなさそうな大きさだ。色々な花が入ったアレンジで、大きな夏の花もある。そろそろそんな季節だ。
「リアちゃん、これを」
「ありがとうございます……」
(気持ちは嬉しいけど、ちょっと大きすぎない……?)
オスカーがくれる花はいつも押しつけがましくなくて、こちらが気負わないようにという気遣いを感じるものだった。前の時も、今回お見舞いに来てくれた時も。比べるのは失礼だとわかっているけれど、つい浮かんでしまう。
(量や大きさを喜ぶ人もいるのはわかるけど……)
自分はちょっと引いてしまう方なのだ。このあたりは相性としか言いようがない。
「……私の部屋に飾ってもらえますか?」
使用人に言って、受け取ってもらう。女性のメイドだと二人がかりだ。
この部屋の密度を下げるためにすぐにでも持ちだしてほしいというのが本音で、自分の部屋を指定したのは失礼にならないようにだ。
「気に入ってもらえたなら嬉しいです」
どこか気恥ずかしそうに言うフィンには、女性好きしそうな雰囲気がある。普通にモテそうだ。
(私が関わって申し訳なかったかしら……)
そんなふうにも感じるけれど、今は目の前の問題が先だ。
「……あの、お父様」
「なんだ?」
「席を外してもらうわけには……」
「ダメだ」
キッパリと断られた。
普通の恋人同士でも父親同伴では話しにくいだろう。ましてや、父には聞かせたくない話もある。むしろそっちがメインだ。
「……お話ししにくいのですが」
「それはわかっている。が、お前の安全が最優先だ。お前とフィン様が会う条件は、犯人が捕まって今回の件が完全に解決するか、私たちが同席するかのどちらかだ」
父の譲れない一線なのだろう。気持ちはわからなくもないが、困った。
「お父様が私を大事にしてくださっているのはよくわかっています。けれど、やはりお話ししにくいのです」
「そう言われることもあるかと思って、これを用意してきた」
父が取りだしたのは、近距離での通信用の魔道具だ。手に持つスイッチと耳にかけるレシーバーに分かれているものが二人分ある。
前の時に魔法協会で使っていたから、どんなものかはわかる。護衛任務などでよく使われるもので、オンにすると多少離れていても声が届いて、同時に、その間はレシーバーを身につけている相手にしか声が聞こえなくなるものだ。これをつけて話すようにということだろう。
その頃に使っていたものより、スイッチもレシーバーもだいぶ大きい気がするが。
「魔法使い用ではないから、魔石もついて重くはなるが。短時間なら問題ないだろう」
「……今日のために購入されたのですか? 高価な魔石も?」
「ああ。もちろんだ」
「お母様は……」
「もちろん許可はとってある。それで私の同席が可能になるなら安いものだろう。お前の安全に代えられるものなんてないからな」
「……わかりました」
ため息混じりに了承を返した。そこまでされたら妥協しないわけにはいかない。
父から受けとり、そのうち一セットをフィンに渡す。
「これはなんですか?」
(ぁ……)
フィンの反応を聞いた瞬間、冷や汗が出た。自分も父にそう聞くべきだった。
父は取りだしただけで、用途も使い方も説明していない。普通に日常生活を送っていたら、知る機会も使う機会もあまりない魔道具だ。
必死に頭を回してとりつくろいながら、父に尋ねる。
「……私も、この前魔道具店で用途を知っただけで。使い方はわからないので、教えていただけますか?」
父は特に違和感を持った様子はなく、つけ方と使い方を説明してくれた。
「……まさかとは思いますが。実はお父様やみなさんもつけていて筒抜け……、なんていうことはないですよね?」
よく見ると、父の手と耳元に小型の魔法使い用が装着してある。それに気づいて尋ねたら、あからさまな動揺があった。
父がひとつ咳払いをした。
「あ、ああ。もちろんだ。仲間内での連絡用に私たちもつけているが、お前たちのとは混線しないように設定してある」
父が言うようなことは確かにできるが、本当にそうなのかは確認のしようがない。
「すぐに戻せる位置で持っていていただいていいので、私たちが話している間は外しておいてください」
絶対に譲らないつもりで、しっかり父を見て言い切る。
「……わかった」
しぶしぶながら父は耳から魔道具を外し、部長たちにも耳の方は外すように言った。
ふうと息をついた。やっと話に入れる。
口の動きから内容を読まれないように、念のためにハンカチで口元を隠して話し始める。




