35 『ご休憩』ってこういう時に使うんですね
強い魔法を続けて使ったのと魔力切れが重なって、体に力が入らない。
「ジュリア。よくがんばった」
「ありがとうございます」
心配そうに呼ばれた後、優しい声がした。大切に包んでくれるオスカーに、安心して身を委ねる。
「次の魔法はしっかり休んでからだな。予定通り、一度大陸に向かうぞ」
「はい。夕方までには船をマスタッシュ王国に運んで、男性たちを解放して、私たちも解放されましょう」
「ん。……ジュリアがイヤでなければ、少し自分から魔力を持っていってもらえばと思うのだが」
「いいんですか?」
「ああ、もちろん」
「……なら、少しだけ。トゥーム・メウス」
魔力をもらう古代魔法を唱えて、軽く唇を触れあわせる。脱力感と気分の悪さを解消するだけなら、ほんの一瞬で十分だ。
「ありがとうございま……」
軽く重ねて解放し、お礼を言いかけたところでオスカーからキスで口をふさがれた。
「んっ……」
魔法の効果は一度で解けているはずだ。応えても問題ないだろう。大好きを込めて自分からも彼を求める。
ホウキが少しゆれて、ゆっくりと口元が離れる。
「……手をつなぐつもりだったが」
「ぁ……」
何も考えないで当たり前のようにキスをしてしまったのが恥ずかしい。
「自分だけ……、というのは、嬉しいものだな」
少し熱を帯びた声が耳をくすぐる。
初めて魔力を渡す古代魔法でオスカーに魔力を渡した時を思いだす。あの後、他の人とはしない話をして、彼とも緊急時以外はしないという話をしていたか。魔力の受け渡しに関係なく、大好きの気持ちで触れ合えるようになったのがとても嬉しい。
ゴーティー王国から十分離れた海上で透明化を解いて、見えてきた大陸の、一番近い街で軽い昼食をとった。久しぶりにちょっとしたデートをしているみたいだ。
食べ終えてから、オスカーと手をつないで街を歩く。
「空間転移で船を運ぶのを考えると、もう少し休んでおきたいのですが」
「ああ。元からそのつもりだ」
「時々、裏道の宿屋とかで見かける『ご休憩』ってこういう時に使うんですね。あ、あそこにもありますよ」
言って、休憩するために向かおうとしたけれど、オスカーが動かない。
「オスカー……?」
見上げると、彼の顔が赤い。いろいろと負担をかけているから、不調が出たのだろうか。
「大丈夫ですか? とりあえず休みましょう」
「……いや、待ってくれ。あれはそういう意味では」
ごにょごにょと何か言っているけれど、調子が悪いなら早く休ませた方がいいと思う。静かに自分の魔力回復も待てて一石二鳥だ。
「後のことは休みながら考えましょう?」
オスカーの腕を引いて宿屋に入る。香油を焚いているのか、入り口から少しいい匂いがした。
受付は顔が見えないようになっていて、前払いで部屋の鍵が渡される。番号をたどって部屋に入る。
「部屋に対してベッドが大きいんですね。あ、浴室もついてますよ。広いし、なかなか贅沢ですね」
外の宿に泊まる機会はあまりなかったから標準はよくわからないけれど、部屋に浴室がついているのは珍しいのではないだろうか。なんだか楽しい。
「……ジュリア。非常に言いにくいのだが」
「? あ、疲れてますよね。早く休みましょう」
オスカーが耳まで真っ赤だ。これ以上ムリをさせるわけにはいかない。ベッドに入って横を示す。
と、隣の部屋からカン高い女性の声が聞こえた。壁がしっかりしているから大きくはないが、聞いてはいけないものを聞いた気がする。
(ちょっと待って。あれって……)
「……ハァ」
オスカーが長く息をついて上着を脱ぐ。
「そういうことをする宿に連れこまれたということは、この前スピラに邪魔された続きをしてもいいということだよな?」
「え」
オスカーが上半身の素肌をさらし、上からおおい被さるように迫ってくる。盛大に心臓が跳ねた。ドッドッドッドッと自分の心音がうるさい。
「……ちょっとだけ、ですよ?」
驚きはしたけれどイヤなわけではない。大好きを込めて彼の肌に触れる。
オスカーがひとつ息を飲んだ。いくらかの重さを預けられつつ、そっと抱きしめられる。
「理性を保てる自信がまったくないから、少しでもイヤだと思ったら抵抗してほしい」
「ん……」
唇が触れあうだけのキスも幸せだ。もっとと求めるように彼の頭を抱く。ちゅっちゅっと音をたてる触れあいを重ねて、それだけでは足りなくてお互いにキスを深めていく。
指先を彼の肌に滑らせていくと、彼が小さく吐息をこぼす。愛しさが増すばかりで、撫でる手を止められない。
オスカーの指先が服のボタンにかけられる。男装用の服はいつものドレスよりずっと簡単な作りで、あっという間に胸元まではだけていく。
首筋、鎖骨、胸へと優しいキスが落ち、それから素肌が触れあうように抱きしめられた。どうにも彼を求めてやまなくて、このまま繋がれたらどれだけいいかと思う。
「おすかぁ……」
「……ジュリア」
見つめあって、キスを重ねて、触れあって、オスカーを感じる。
大きな手に全身を優しく撫でられる。愛しさをこめて彼の頭を撫でる。
イヤなら抵抗するように言われたけれど、そんな瞬間が訪れる気がしない。
もうこのまま抱かれてもいいんじゃないかと思って、それから、やはりそれはダメだと思い直す。倫理観の話だけではない。彼を危険にさらす可能性が残っている限りは、この先には進めない。
(けど、ここまでにしたら苦しいわよね….?)
たくさんの大好きをこめて彼の背を撫で、ささやくように呼びかける。
「……おすかぁ。……夢を、見ますか?」
尋ねると、オスカーが驚いたように顔を上げた。視線が重なって、それから柔らかい口づけが落ちる。激しく求めるキスではないのに、とても愛されていると感じる。
「……いや。……自分はジュリアと思いを重ねたいから……、その時が来るまで待てたらと思う」
「すみません……」
「もう少し……、抱きしめていても?」
「はい。それはもちろん」
オスカーが横向きに寝転がり、腕の中に大切に抱いてくれる。胸が彼の腹部にあたる位置だ。触れあう素肌が心地いい。
(オスカー……)
たくましい体がとても愛しい。もっと触れたいと思うけれど、彼がガマンしてくれているのに邪魔するわけにはいかない。
今はただ、大好きに包まれて甘えておく。暖かくて幸せで安心するのに、鼓動の高鳴りは加速するばかりだ。




