33 奴隷をゆずってもらうための交渉
前回と同じように、ルーカスとペルペトゥスが女性の冒険者として王宮を訪ねる。自分たちは完全透明化でついていく。王宮内に裸体に近い奴隷はいなかったそうだから、目隠しはなしだ。
謁見を受ける王様は上機嫌だ。献上品の液体時計をかなり気に入っているようで、手の上で転がしている。
「お主らがこの国に持ちこんだものはなかなかに評判がよい。王宮にも道具の愛用者がおると聞く。また機会があれば来られよ」
「ありがたき光栄でございます」
「して、今日の用件は?」
「まずは、いい商いをさせていただいたことに心からお礼を」
「うむ」
「それから、もうひとつ売っていただきたいものがございまして」
「ほう。我に話すということは我の持ち物だろうか。言ってみよ」
「国王様がお持ちの奴隷をおゆずりいただけないかと思っております」
「ふむ。お主らの商いには奴隷も含むのか」
「左様でございます」
「何人だ?」
「全員を」
「対価が莫大になるのは承知の上か?」
「対価として、奴隷には作り得ない王墓を国王様のためにご用意させていただくのはいかがでしょうか」
「ほう? 今奴隷が従事している仕事を代わりに完了させると? それこそ莫大な時間と金がかかるであろうに」
「いえ。代わりに完了させるのではなく、より偉大なる国王様の威厳を高められる王墓をと思っております。方法はお伝えできませんが、契約が成立しましたら一両日中には完成させられるかと」
「まるで魔法のような話だな」
「そうですね。魔法のような話ですが、そこらの魔法使いにはできないことでございます」
「聞こう。我の威厳を高められる王墓とはいかに?」
「いくつか案をご用意しますので、お選びください。プレイ・クレイ」
ルーカスが土魔法で小さい模型を出しながら説明する。
「まずこちらは、現在ある他の王墓と同様の作りを模したもので、元々の設計図に近いものかと思います。
この形でしたら、奴隷たちが作っている基礎の1.5倍ほどの大きさ、元の計画の1.5倍ほどの高さでの製作が可能です」
「なんと! その大きさは今後も超えられまいな」
「人力ではなかなか難しいかと存じます」
「ふむ。他にはどうだ?」
「はい。プレイ・クレイ。こちらは、偉大なる国王様のあごひげを模した王墓でございます」
「これまでの王墓とそう形が変わらぬが?」
「はい。特に違うのは、この向きで、こう、立つようにいたします」
言いながら、ルーカスが尖った先端を地面につける。
「待て。物理的に不可能であろう」
「通常でしたら不可能ですが、周りにミスリルを巡らせて固定すれば、かつてない美しさと高級感を兼ね備えた王墓となりましょう」
「ミスリルは非常に高価で加工も難しい素材であろう? ……いや、この液体時計を作れる技術があれば可能か」
「左様でございます。こちらも今後の国王様たちが超えるのは不可能かと存じます」
「うむ。よい。いくつかと言ったが、まだあるのか?」
「はい。ご希望の形があればいかようにも。プレイ・クレイ。例えばこちらは姫君が幽閉されていそうな高い塔の形。プレイ・クレイ。こちらは世界を滅ぼせる強大なドラゴンの住処というイメージ。プレイ・クレイ。ドラゴン自体をモチーフに作成することも可能です」
「なんと! いずれも甲乙つけ難い案だな……」
「いかがでしょうか? 全ての奴隷と引きかえるだけの価値をお感じいただけると幸いなのですが」
「ふむ。お主が言うものが実現できるのであれば価値はあろう。が、あまりに非現実的すぎるようにも思う。よもや我を謀ってはおるまいな?」
「それはもちろん。お互いに安全な契約履行のために、奴隷たちを船に乗せさせていただき、その船を陸に固定して見張りをつけてもらい、施工が完了した時点で船を出させてもらうというのはいかがでしょうか」
「よかろう。もし指定のものが作れぬ場合は全ての奴隷を返してもらう。加えて、現在の作業を遅らせた分の罰則を支払ってもらうが、それでよいか?」
「はい。それはもちろん」
ルーカスが承諾して、王様と詳細を打ち合わせていく。まず自分たちが奴隷を乗せる船を用意してきて、そこに奴隷を積んでもらい、王墓を作成。完全したところで船を出す許可をもらうという形だ。
王様を信用しないと成り立たないように見えるが、ルーカス曰く、船にさえ積んでしまえば万が一ごねられても武力行使でどうとでもなるから問題ないとのことだった。確かに、武力ではこちらが完全にオーバースペックだろう。
無事に交渉を終えて、魔法の絨毯でゴーティー王国を離れて大陸へと向かう。
「島から見える範囲はゆっくり飛ばして、その後スピードを出して、大陸で船を決めてから少しゆっくりして出発しようか」
高速での移動や空間転移などはできないというていで、違和感がないように日程を調整する方向だ。
戦利品を換金すると、潤沢な資金になった。
魔法の絨毯の船版、大きさがあって速度が出る魔法船を借りることに決める。大陸の港から普通の船だと十日ほどかかる距離だが、魔法船なら五日くらいで着けるはずだ。
「じゃあ、私たちはマスタッシュ王国に戻りますね」
「うん。もうしばらく女王様の相手をよろしくね」
オスカーも透明化して同行するようになったから、夜ずっと王宮に残っている必要はなくなった。
船を借りて走らせ始めた夜、マスタッシュ王国から船に空間転移しようとしたらスピラに止められた。
「待って、ジュリアちゃん。船の中のイメージをちゃんと持てていても、動いているものの中に空間転移はできないよね? 常に位置が変わってるわけだから。大体の移動方向に行って、ホウキで向かうんじゃないの?」
「心配なら一応、ホウキに乗っておきますか? 私たちの絨毯のような高速じゃないし、けっこう大きい船なので、多分、多少の誤差はなんとかなると思うのですが」
「……うん。ジュリアちゃんならできる気がしてきた」
魔法の師匠に引かれるといたたまれない。
「そんな私が普通じゃないみたいな……」
「明らかに普通ではないからな」
「ううっ、オスカーまで」
その評価はもう諦めるしかないのかと思いつつ、一応ホウキに乗っておく。オスカーとスピラもその場でホウキで軽く浮いた。
オスカーに触れて、スピラにはオスカーに触れてもらって、船の位置と中をイメージしながら空間転移を唱える。
無事に操舵室に空間転移できた。
「……ほんとにできたね」
「ですね」
自分はできると思ってやったけれど、スピラの反応を見る限り普通ではないらしい。
(普通って難しすぎる……)
透明化を解いてルーカスたちと合流する。
奴隷を乗せる前の自分たちだけの船旅は、絨毯を飛ばしている時とはまた違って、ゆっくりしている感じが楽しい。
「あ、オスカー」
「ん?」
「この件が片づいたら、デートしたいです」
「ああ。喜んで」
みんなの目がないところで約束して、軽くキスを交わした。
ほわほわして、すごく嬉しい。




