32 私にとって異性はオスカーだけなので
「……ということがありまして」
「あー……、夢の魔法、かけちゃったんだ」
午前の打ち合わせでルーカスに話したら苦笑された。
考えてみれば、女王の側仕えたちに魔法をかけたのは自分とスピラの判断だ。ルーカスの指示ではない。
「ダメだったでしょうか……」
「女王様への工作が疑われないようにするっていう意味でも、オスカーのことをあきらめてもらうっていう意味でも、ちょっと悪手だったかもね」
「すみません……」
「そうかな? 一度したら興味を失うこともあるかなって思ったんだけど」
「現実だったらあるんじゃない? けど、期待を見ちゃう夢だとね。ハマりこむ方が可能性が高いよね」
「ううっ……、もうオスカーをあの王宮に連れて行きたくないです……」
「なら、連れて行かなくていいんじゃない?」
ルーカスがさらりと言って、オスカーが思いっきり不服そうに眉をよせる。
「いやジュリアを一人にはできないし、スピラと二人はもっとダメだろう?」
「そうじゃなくて、スピラさんと同じように透明化してついて行けば? ってこと」
「なるほど?」
オスカーが半分納得という感じで答え、今度はルーカスが苦笑する。
「まあそれはそれで問題はありそうだけど……」
「ですね。それだと目隠しはできないですものね」
「そこ?」
当たり前だと思って言ったら不思議そうにされた。参謀としてはそこではないのだろうか。
「やっぱり譲れないんだ? 見慣れてきた頃かなと思うんだけど」
「私は見慣れてきて、最初ほどの衝撃はなくなりましたが。オスカーに見せるのはイヤです」
「王宮の中だけなら、だいぶ慣れたからな。スピラが声である程度のことを伝えてくれれば、目が見えなくてもなんとかなる気がするが」
「……うん。オスカーがそれでいいなら、それでいいんじゃない?」
「ああ。普段使わない五感をフルに使うのが修行のようで、むしろ楽しくなっているところがあるからな。食事も、スピラと同じタイミングでとればいいだろう」
「介助が終わっちゃうのはちょっとさみしいですが」
「ジュリアちゃんも楽しかったんだ……」
ルーカスが苦笑してばかりだ。
「本当に苦労されている方には申し訳ないのですが。一時的な『ごっこ』なので」
「うん。ぼくにはできないから、やっぱりジュリアちゃんとオスカーはセットなんだなって思ったかな」
「私はやるよ? ジュリアちゃんが望むなら」
「スピラさんは好きなだけ見ていいですよ」
「それ完全に異性として眼中にないからだよね……」
「まあ、私にとって異性はオスカーだけなので」
「うー……、それ何度言われても泣きたい……」
「いい加減あきらめたらどうだ?」
オスカーがそう言って軽く肩を抱きよせてくれる。すり寄って甘えておく。
「私にとっても、異性はジュリアちゃんだけなんだからね! 赤ちゃん相手には勃たないからね!」
「スピラさん、それセクハラ」
「ただの事実なのに。ヒト基準が難しすぎるよ……」
肩を落とされても困る。ダークエルフ基準、あるいはスピラ基準が緩すぎると思う。
夕方、スピラとオスカーに透明化をかけて、表向きには一人という形で王宮に戻る。
女王の側仕えたちがあからさまにがっかりしたように見えた。
「ウォードの介添はもうジュリオでなくてもよいのかえ?」
「他のみんなに練習してもらいました。私はまだしも、彼がいつまでも王宮でお世話になるわけにはいかないので」
「妾たちは構わぬがの。よい。ウォードの世話が不要になったのなら、客間も不要よの」
「え」
「そうであろう? 妾の閨だけで事が済もう」
(ちょっと待って……)
目隠しの問題を指摘した時にルーカスは「そこ?」と言っていた。ルーカスが想定していた問題はこっちだったのかもしれない。
必死に頭を巡らせる。
「ブルネッタ様との時間を大切にするためにも、一人になれる場所はいただけるとありがたいです。私の両親も、仲がいいのですが、それぞれの部屋を持っているので。その方が長く続くものなのかと」
「ほう? 確かに一理あるかもしれぬ。よい。ジュリオがそう望むのであらば、引き続き客間を使うがよい。
否、客間という呼び方を改めるのがよかろうか。あの部屋をジュリオの部屋に……、否、妾の部屋の隣をジュリオの部屋としようぞ」
「……ありがとうございます」
それ以上は譲歩してもらえなさそうだし、女王様の部屋に近いのはそれはそれで助かるだろうから、甘んじて受けておく。
その後は特に困らずに過ごせてホッとした。
二日後の打ち合わせでルーカスたちに会うと、これからゴーティー王国の王様との交渉に行くという。
「昨日の午後に行くつもりだったんだけど、曜日の概念が近いみたいで、週に一日のお休みの日だったんだよね。
商売の方はうまくいったよ。この国の貨幣を持ち帰っても仕方ないから物々交換にしたんだけど、思っていた以上に価値の感覚が違っていたね」
ルーカスがそう言って戦利品を見せてくれる。宝石の原石や砂金、真珠などだ。それらを扱う店に持っていけばけっこうな金額になりそうだ。
「ルーカスの口のうまさは商売人向きよのう」
ペルペトゥスが感心したように口にする。
「あはは。この国は物流も人の往来もほとんどないから、たまたまうまくいっただけだよ」
「魔法使いにしておくのがもったいないと思うことがあるとは思わなかったな」
オスカーが手にしたものを眺めながら加えた。
「あはは。褒められてることにしておくね」
「ああ。褒めている」
「それはありがと。ついでに街の生の様子を見れたのもよかったかな。戦勝ムードも合わせてか、活気があっていい街だと思うよ。
けど、やっぱり適齢期の男性がだいぶ少ないね。森の中にお墓のエリアがあるんだけど、真新しいものが多かったから、戦争の影響かな。
あと、マスタッシュ王国に近い方の村とかで埋葬が間に合っていなかったところは、衛生面も考えて埋葬させてもらったよ」
「……ありがとうございます」
そういう話を聞くと胸の奥がぎゅっとして、目頭が熱くなる。ぐっと涙を飲みこむと、オスカーがそっと甘えさせてくれた。
一人の人にはたくさんの思いがある。思いをよせる人もたくさんいる。人がひとり亡くなるというだけでも、失われるものはとても多いのだ。
その人数が増えるほどに一人の重みが薄れてしまうのはなぜなのだろうか。その重さは何ひとつ変わらないというのに。
もし争うこと自体が人のサガだとしても、どうかそれによって命をとりあうような愚かなことだけは、この世界からなくなってほしいと願ってやまない。




