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31 文化というのはここまで違うものなのだろうか


 上書きも必要だろうと言って、オスカーが上半身を脱いだ状態で抱きしめてくれた。

「……どうだろうか」

「すごく幸せです……」

「ん……」


 彼の厚い胸板に顔をよせる形になっている。目を隠していた手を離し、心地いい硬さがある筋肉を指先でなぞる。

「おすかぁ……。だいすき」

 ささやいて、やわらかく胸板にキスをした。彼の腕の中で、このまま時が止まったらどんなに幸せだろうか。


 と、ふいに、抱き上げられてベッドの上に降ろされる。

「……ジュリアに同じ思いを返したい」

 考えるより先にうなずくと、男装用の簡易的な服のボタンにオスカーの指がかかる。ドッドッドッと自分の心音がうるさい。

 恥ずかしいのに嬉しい。期待が高まるばかりで、先に進んではダメだという考えは浮かばない。


 トントンと扉が叩かれた。


 ビクッとして体がこわばる。オスカーが残念そうに手を止め、扉の方を見た。

(また、この国の女性……?)

 昨夜も何人も来ている。いい加減にしてほしい。


 通信の魔道具が反応する。

『ジュリアちゃん、オスカーくん、ただいま。開けてくれる?』

『……おかえりなさい、スピラさん』

 相手がスピラでホッとした。同時に、いいところでという気持ちと、止めてもらえてよかったという考えが重なる。


『そのまま少し待っていてくれ。扉の前の机をどける』

『はーい』

 オスカーが通信を切るのと同時に、もう一度口づけられた。自分からも返しておく。

「……続きはまた」

(ひゃああああっっっ)

 心臓が飛びだしそうだ。


 オスカーが服を着直してから机をどけて、自分のときと同じように扉の裏側に立って扉を開ける。スピラが入ってきたところで、扉と机を戻した。


「ちょっとかかったね。あれ、二人とも赤い? ジュリアちゃん女の子に戻ってるし……。待って。私がいないのをいいことにいちゃついてなかった??」

 反論できる要素が皆無だ。

「未遂だ」

「待ってそれどこまでするつもりだったの?!」

「想像に任せる」


「オスカーくん?! ちょっ……、オスカーくんを狙ってるらしい女官たちを眠らせてきたんだけど。放っておけばよかった……」

「スピラさんもですか?」

「ってことは、ジュリアちゃんも?」

「はい。ほんと、やめてほしいです。オスカーに大きく私の名前を書きたいくらいです」


 オスカーとスピラが笑う。

「ジュリアに自分の気持ちを体験してもらえて何よりだ」

「……書いておきましょうか。私に。オスカーって」

「ちょっ、ジュリアちゃん?! やめて。想像するだけで笑い死ぬから!」

「恋人の名前のタトゥーを入れる人がいるのはそういうことか……?」

「待って。オスカーくんも真剣に検討しないで?!」


 話していたら扉がノックされる。反射的に息をひそめる。


「ウォード様?」

 知らない女性の声がした。答えないでいると扉がガチャガチャされる。カギはない。机が障害物になって開かないだけだ。

 しばらくして、昨日と同じように、あきらめたように静かになった。


「……そういえば、オスカーは名前を名乗らなかったんでしたっけ」

 女王をはじめ、全員『ウォード』呼びだ。

「ああ。あの女王は呼び捨ててくるタイプだろうと思ったから……、以前は気にしていなかったが。今はジュリア以外の女性からはあまり名を呼ばれたくないと思ったんだ」

 思いもしない理由だった。嬉しすぎる。


「オスカー」

「ん?」

「おすかー」

「なんだ?」

「ふふ。呼びたくなって。私だけ、ですね」

 オスカーが嬉しそうに目を細める。視線が重なり、顔が近づく。


「ストップ!!! ここには私もいるの、ほんと忘れないでね?!」

 スピラが割って入った。

「待って、オスカーくん。なんでいるのって顔しないで。ジュリアちゃんが自分で性別変更できるようになったのに、二人きりにしてはおけないでしょ?!」

「あ、なるほど……」

「ジュリアちゃんまで……」


「あ、いえ、昨日はオスカーと二人だったので、なんで今日は違うのかなって思っていただけで、決してスピラさんが邪魔というわけでは」

「邪魔だな」

「ちょっ、オスカーくーん?」

 二人の間でバチバチと何かが弾けているように見える。


 それからも何度か扉が叩かれる案件があったが、昨日よりは少なくなっている気がした。



(ちょっと待って……。どうしてこうなったの……)


 翌朝朝食に出ると、女王の側仕えたちのオスカーに向ける目が変わっていた。どう見ても気に入っている色だ。目隠しをしていることでオスカーからは見えないのがせめてもの救いだろうか。


(間違いなく魔法のせいよね……)

 眠る前に望んでいたことを夢に見て、それを現実だと思う魔法をかけた。自分が二人で、スピラが三人だと言っていた。初日と違って何人かでまとまって来ようとしていたらしい。

(いったいオスカーでどんな夢を見たの……? むしろ私が見たい……って、そうじゃない)

 肉食獣に囲まれた鹿を守っている気分だ。


「ジュリオ? 聞いておるか?」

「え。すみません、聞いていませんでした」

「なんぞ。昨夜も激しかったから寝不足かのう。妾は元気なのにのう」

(よく休まれていますからね)

「そうかもしれません。すみません」


「よい。なんぞ欲しいものはないかと聞いておったのじゃ。わらわが用意できるものであらば、なんでも与えようぞ」

「えっと……、お気持ちだけで十分です」

「なんぞ、欲がないのう。ほんにそなたはい」

「ありがとうございます。……あ、ひとつお願いしたいことがありました」

「なんぞ?」


「オ……願いというのは、ウォードのところに夜な夜な訪ねてくる方たちがいるようで」

「ほう」

「遠慮いただけないかと」

「それは何故じゃ?」

「何故とは?」

「そこに男と女がおればつがうのが自然であろうに」

「はい?」


 何を言っているのかがわからない。ユエルに言われたならまだ、ヒトと魔獣の違いとして理解できるけれど、同じ人間だ。文化というのはここまで違うものなのだろうか。


「合意の上でするのであれば、妾とてとやかく言えるものではない。ましてやこの国には他に子種があらぬ。むしろ推奨したいくらいよ」

 一切悪びれずにさらりと言われる。頭を抱えたい。


「……とはいえ、かわいいジュリオのたっての頼みじゃからのう。他にも三人おった仲間を王宮に滞在させるかえ? いくらかは分散されよう」

 全くもってそういう問題ではないのだけど、どう説明すればいいのかがわからない。


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