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30 今夜もお楽しみなのでしょう?


 女王様を魔法で眠らせてから、透明化しているスピラをその部屋に入れて、入れ替わりに透明化してオスカーが待つ客間へと向かう。

 途中、女王の側仕えたちの声が聞こえてきた。

(そういえば聴力強化をかけたままだったわね)

 どのくらいで目隠しが不要になるかわからなかったから強めにかけておいたのを、まだ解除していなかった。


「女王様は今夜もお楽しみなのでしょう? ほんと、うらやましい」

「その割にお部屋が静かなのよね」

 ギクリ。

「そう言われてみれば、昨日の夜も、お喜びの割には何も聞こえてこなかったものね」


 ルーカスたちの言う工作には、そのあたりは入っていなかったのだろう。側仕えが聞き耳を立てている可能性までは浮かばなかったのか、浮かんでいても方法がなかったのか。

 実家の方であれば壁が厚いから聞こえないのも自然だけど、ここの王宮は隙間だらけなのだ。

(何かした方がいいのかしら……)

 そう思っても対策は浮かばない。


「まあ、以前もブルネッタ様のお声はなかったから、そんなものなのかしらね」

(そんなものだと思ってください、お願いします……)

「そんなことより、私たちよ。ブルネッタ様がジュリオ様をものにされているのはいいとして、どうにかお相手願えないものかしら」

「ジュリオ様? ウォードさん?」


「ジュリオ様に手を出したら物理的に首が飛ぶんじゃないかしら。未だかつてないくらい執着されているから」

「一人の男に執着するとか、バカらしいわよね」

「しっ。体の相性はあるでしょうから、ハマりこむのはわからなくはないけれど。他も試してもとは思うわよね」

(ちょっと待って……)

 倫理観が違いすぎてまったく理解できない。頭が痛くなりそうだ。


「ジュリオ様は男離れしておきれいだけど、正直ちょっと貧相よね」

(貧相ですみません……)

「その点、ウォードさんは立派よね。ただ、目が見えないのが問題なだけで」

「ああいうのは子どもには受け継がれないのでしょう? なら問題ないんじゃない?」

「男って視覚で興奮するらしいじゃない?」

(ちょっと待って……)

 他人の婚約者に対してなんて話をしているのか。


「それに、お部屋をお尋ねしてもお返事がなかったのよね」

「あら、あなたも?」

(昨日の夜に部屋に来たのはあなたたちですか……)

 何人もいたうちの二人なのだろう。ため息が出る。

「今日は一緒に行ってみましょうか」

「そういう趣向もいいわね」

 本当に意味がわからない。透明化したまま立ち止まっている自分の方に、二人が一緒に歩いてくる。


「……ソムニウム・アエクアーリス・レース」

 とりあえず夢を見せる古代魔法で寝かせて、浮遊魔法(フローティン・エア)で人に見つかりにくい場所に移しておく。

 気絶させるだけのサンダーボルト・スタンではなく夢を見られる方にしたのはせめてもの配慮だ。バートの件があってから、サンダーボルト・スタンを使うのが少し怖いというのもある。


 客間に戻ると、内側から扉が開かないようにしてあった。中のオスカーに魔道具で通信を入れる。

『オスカー、ジュリアです。開けてもらってもいいですか?』

『ああ。おかえり』

『ただいま帰りました』

 彼がいる場所に帰る。そんな単純なことがすごく嬉しい。


 中で物が動く音がして、扉が内側に開けられる。オスカーは廊下から見えないようにドアの裏側に回っているようだ。きちんとドアを閉め直してから、ぴょんと彼に飛びつく。室内だからか目隠しはしていない。オスカーの匂いにホッとする。


「……自分からはジュリアが見えないから、透明化をかけてもらえるとありがたいのだが」

「あ、そうですね」

 自分が姿を戻すより、両方透明化した方がここでは安全だろう。

「トランスパーレント・カラーレス」

 オスカーにも透明化をかければ、お互いにだけ姿が見える状態になる。


「透明化していれば必要ないかもしれないが。一応机を戻しておければと思う」

「そうですね。お願いします」

 自分なら浮遊魔法を使うところだが、オスカーは軽々と物理で動かす。


「今は戻っててもいいですよね。リーベラーティオ」

 性別を変える魔法だけを解除して元に戻る。

「じゃあ、改めて。ただいま帰りました」

 見上げると、そっと唇が触れあわされる。

(ひゃあっ)

 不意打ちはずるい。嬉しすぎる。


 彼の首に腕を回して、大好きをこめてキスをする。

「ん……」

 オスカーからも抱きしめてくれて、もっとと求めるように舌先が触れてくる。小さく舐め返してキスを重ねる。愛しさに包まれて、身も心も彼に染まっていく気がする。


 どれだけ求めあってからか、お互いに小さく息をついた。ぎゅっと、さっきまでよりも強く抱きしめられる。

「……ろくでもない会話が聞こえてきて。一応扉をふさいでおいたのだが、ジュリアは会わなかったか?」

「あ、あなたも聴力強化してますものね」

「……聞いたのか」

「はい。イラッとしたから眠らせました」


「ねむ……? ふっ、ははは」

「え」

 ツボに入ったように笑われた。笑いごとなのだろうか。

「なるほどな。道理でジュリアだけが戻ってきたわけだ」


「この国から男性がいなくなっていることに同情的だったのですが、そういう気持ちもなくなりそうです……」

「ルーカスが女性から来られるのは苦手だと言っていたが。その感覚がわかった気がするな……」


「え。戻ってすぐ抱きついたの、イヤでしたか……?」

「いや? ジュリアからは嬉しさしかないが。ああ、元の姿でやり直してくれた今の方がもっと嬉しいな」

 ひたいにキスが落とされる。嬉しくてほわほわしてくる。


「そういえば、ジュリアはむしろ見たいのだったか」

「ひゃい?!」

 確かにそう言った覚えはあるけれど、だからといってなぜオスカーは服を脱ごうとしているのか。


「あの、あなたのことは大好きだし触れあえるのは嬉しいしやぶさかではないのですが」

 止めようとしているはずなのに止める言葉がなかなか出てこない。

「上書きも必要だろう?」

(上書き……)

 奴隷になっていた男たちの、ほぼ裸体に近い状態を見たことだろう。


 オスカーが上半身をさらして服を落とす。

(ひゃあああっっ)

 見ちゃいけないと思って手で目元を隠すのに、つい隙間からのぞいてしまう。

 やはり彼は彼だ。どうにも愛おしい。


 オスカーが自分にしか見せない柔らかい笑みを浮かべた。次の瞬間にはその腕に抱かれ、彼の素肌にほほが触れる。

(きゃあああああっっっ)

 心臓が跳ねる。オスカーの匂いと感触に包まれるとドキドキが止まらない。

 彼の心音も速い気がする。


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