27 囚われている男たち
ほぼ裸、むしろ裸以上に恥ずかしく見える男たちの格好に、目をおおった。
「あはは。今度はジュリアちゃんが目隠しだね」
「あれは直視できないから、むしろ進んでつけたいです……」
笑って言うルーカスに全力で同意する。
一度絨毯を戻して距離をとってもらって、鏡を見ながら自分の目元に合うように鉄の板を出す。オスカー用にしていた布で目隠しをして、聴力強化をかけた。
「どう? ジュリアちゃん」
「オスカーとおそろいだと思うと楽しいです」
「そうか」
オスカーの声が優しい。指を絡めて手をつないでくれる。嬉しい。
「……痛そうな音とか声とかが聞こえてきます」
視力が完全に使えないぶん、音に集中できる。聴力強化も加わって、少し距離があってもよく聞こえる。つないだ彼の手を握る手に力がこもる。
「もう少し様子を見てみようか。ジュリアちゃんは会話が聞こえそうなら聞いてみて」
「わかりました」
軽く風を感じる。絨毯が男たちの方に戻っているのだろう。
「……命令に、ムチが飛ぶ音とうなり声……、『奴隷としてでも生かされただけありがたく思え』とか」
「服が違う……、というか着てない人たちがマスタッシュ王国の人たちで間違いなさそうかな」
「奴隷って言っても、服も与えないとかどうなんだろうね」
(あ、なるほど)
スピラの言葉に納得する。奴隷だから裸に近い格好なのだろう。
「傷だらけな者も多いな」
「うん。人権意識はない気がするね。でもまあ、少なくともまだ生きてはいるみたいだから、そこはよかったね」
「そうですね……、あ、あと、『王墓の建立に携われるのを光栄に思え』と」
「やっぱりあの逆さヒゲたちは王様のお墓だったんだね。歴代の王より立派なものを作るのがステータスっていう感じなのかな」
「そういう文化もあるとは習っていましたが……」
「お墓を作るのはいいけど、ぼくらには捕虜とか奴隷とかは馴染みがないもんね」
「ですね。ディーヴァ王国のあたりは平和なので。だいぶ昔に奴隷は禁止されていますし。同じ人間なのにって思っちゃいます」
「ジュリアは人間以外でも同じことを言いそうだが」
「……そうかもしれません。ユエルたちやモモがそういう扱いを受けるのもイヤなので」
頭の上のユエルを手探りで撫でておく。
「これからどうする?」
「平和的に男性たちを帰せる方法はないのでしょうか。あと、できればもう二度と戦争なんてしないようにしたいです」
「どっちもものすごい難問だね……」
参謀ルーカスが苦笑まじりだ。自分も考えてみるけれど、ルーカスが浮かばないことが簡単に浮かびはしない。
「解決方法ではないが。自分たちはまだ一方の言い分しか聞いていないだろう? この国の者の視点も得てから考えた方がいいように思うのだが」
「確かに……、そうですね」
さすがオスカーだ。いいことを言う。
「じゃあちょっと潜入調査といこうか。ぼくは透明化を解いてもらう方向で、みんなにはそのままついてきてもらうのがいいかな。ジュリアちゃんは安全なとこで休んでる?」
「うーん……、できれば生の声を聞きたいとは思うのですが、足手まといですものね」
一人で歩くこともできないのだ。大人しく待機していた方がみんなの負担にならない気がする。
「自分が目隠しをしている間、足手まといだったか?」
「それはぜんぜん。むしろ役得でした」
「なら自分も役得だな」
「え」
言葉を終える前に抱きあげられた。お姫様抱っこだ。
(ひゃあああっっ……)
オスカーの匂いも体温も、いつもよりしっかり感じられる気がする。心音がうるさい。
「あの。嬉しいけど、ずっとは疲れませんか?」
「疲れるほどではないが……、いつものジュリアの方がいいとは思う」
「あ、こっちのが重いですよね」
女性のときの自分より大きくなっているのだから、体重も増えているだろう。
「スピラさん、戻してもらってもいいですか? 透明化したままで行くなら男性でいる必要はないかなって」
「え、ヤダよ?」
「はい?」
「男性でいる必要はないけど、女性に戻る必要もないでしょ? うらやましいからヤダ」
「けど、こっちのが重いかなって」
「そのくらいのペナルティは甘んじてもらいたいね」
スパッと言い切られる。どうやらスピラには魔法を解く気が皆無らしい。
(なら、仕方ないわね……)
「……リーベラーティオ」
自分で唱えて解除すると、スピラの驚いた声がした。
「え、待って。人からかけられた魔法ってかなり魔力で上回らないと解けないんだよ?! 古代魔法は古代魔法でしか解けないのは当然として」
「はい。なので、ちょっとがんばりました」
「がんばったって……」
スピラの声がため息混じりだ。
あまり普通ではないのは、この件については自覚がある。人同士でも、かけられたのを解くのは大変だから、まずかけられないようにするものだ。ましてやダークエルフの魔法をヒトが解くのは異例だろう。オスカーがいつもの自分がいいと言うからがんばった。
「……ジュリアはかわいいな」
「ひゃいっ?!」
突然のささやきの直後に軽く唇が触れあった。嬉しすぎる。
「だいすき」
手探りで彼の頭を抱きよせて、頬にキスを返す。
「私、ちょっと泣いてきていいかな」
「いいんじゃないかな」
スピラのつぶやきをルーカスが肯定して、ペルペトゥスの楽しそうな声が続く。
「手伝ってもよい」
「ペルペトゥスはパワーで泣かせにくるから遠慮させて……」
スピラたちの声がどこか遠いことのように聞こえる。
絨毯の上にいるうちは問題ないため、オスカーに一度降ろしてもらった。奴隷たちがいた場所を離れて目隠しも外す。
「スピラさん、ぼくの性別を変えてくれる?」
「ルーカスくんの?」
「うん。ここで調査するぼくらと、マスタッシュ王国のぼくらが同一人物だって気づかれないようにしたいからね。変装だけより確実でしょ?」
「あ、なら、空間転移でドレスを取ってきましょうか?」
「ジュリアちゃんのを貸してくれるの?」
「ルーカスは変装用の服を持っているだろ?」
「あはは。やっぱりぼくが借りるのもイヤなんだね。言ってみただけだから安心して」
「お前……」
「イメージとしては行商もする冒険者かな。服を取りに戻るのに合わせて、このあたりでは珍しそうなものを仕入れてこようか。
あと、ソロより二人以上の方が自然だろうから……、ペルペトゥスさんも女性になって一緒に来てくれる?」
「スピラさんではなく、ですか?」
女性になるならスピラの方が似合うと思う。
「うん。理由はふたつ。ひとつめは、ぼくが魔法使いだから。戦闘職と組んだ方が冒険者としてバランスがよくて自然に見えるでしょ? ふたつめは、ペルペトゥスさんの方が性別を変えた時に大きく外見が変わりそうだから」
「なるほど」
「うーん、どうかな。私がペルペトゥスに魔法で干渉できるかがわからない」
「ふむ。元の姿では難しかろう。今の姿は既に魔法がかかっておる故。それとの相性かのう」
「なら、やるだけやってみようか。ムーターティオー・ファーミナ」
「……ふむ」
スピラが男性を女性に変える古代魔法を唱える。魔法の光がペルペトゥスを包んだが、見た感じは変わらない。
「やっぱりムリかな」
「単純な出力不足かのう。あるべきものはなくなっておると思う」
(あるべきもの……)
男性の男性たる部分だろう。想像すると恥ずかしい。
「重ねがけすればなんとかなるかな?」
「魔法の効果を増幅させる魔法がありますよね? 確か、フィト……」
「フィト・ウィア・ウィー? 次に使う魔法ひとつを強めるやつ」
「はい」
「あんまり得意じゃないんだけど、重ねがけよりはうまくいきそうかな」
スピラが、増幅魔法を唱えてから再度ペルペトゥスに性別変更をかける。今度は目に見えて姿が変わっていく。
母より少し上の歳で、印象はオスカーの母親に近く、それ以上に女性の中では大柄だ。一見して何か武芸をやっていそうに見える。
一方で、元のペルペトゥスのヒトでの姿よりは全体的にひとまわり小さくなっている。それなりに胸元もふくらみ、顔つきが大きく変わっていて、女性にしか見えない。
「あ、うまくいったね」
「うん。パーティとしてバランスよさそうに見えるね。
ジュリアちゃん、空間転移で拠点まで戻ってもらえる? そっちの荷物に女装用の服も入れてあるから。
ぼくの変装を済ませたら、ペルペトゥスさんの服と商売用の品物を仕入れて再出発かな」
「わかりました」
空間転移を唱えて、全員透明化した状態のまま、魔法卿の庭の拠点へと戻った。




