26 インパクトが強すぎる
「とりあえず祭壇の方を済ませようか」
いったん森の中に絨毯が降りる。
この国に来たのは世界の摂理の祭壇巡りの一環だ。
「ペルペトゥスさん、祭壇は街の中って言ってたけど、どのへんとかわかりそう?」
「ふむ。当時と変わっておらなんだら、女王の寝所にあろう」
「はい?」
「それなら空間転移で行けるね。たぶんもう昨夜の形跡は片づけてあるかな」
ルーカスはフラットに言うけれど、先につっこみたい。
「なんでまたそんなところに……」
ペルペトゥスの代わりにスピラが答えてくれる。
「ムンドゥスと通じる場所は世界のエネルギーに満ちたパワースポットだからね。昔は特に、権力者ってそういうのを感じられる人を重宝してたから。古代の偉い人がそういう作りにしたんじゃないかな」
「世界の摂理が、建物の中に作ったわけではないってことですか?」
「うむ。元々祭壇は地にあり、その上に建物が建っておる」
「え、じゃあ、建物をどけないと入れないんですか?」
「建物の上からでも扉は開けよう。物理的な扉ではなく魔法である故」
「なるほど……」
なんとなくわかった。
空間転移は行ったことがあって明確にイメージできる場所にしか行けない。まさか女王の寝室に連れて行かれていたことがこんなところで役に立つとは思わなかった。
「透明化、空間転移、人がいないタイミングで扉を開けて祭壇に行く、でいいでしょうか」
「そうだね。問題は祭壇を出る時に扉を人に見られないかだけど」
「部屋のドアにカギはついていなかったので。何かを置いて開けられなくするしかないですかね」
「うん。最短で祈って戻って、元に戻そうか」
そうと決まればやることは単純だ。全員に透明化をかけて、昨日の夜に行った女王の閨に空間転移する。都合よく、人の姿はない。かけ布やシーツ、まくらがなくなっているのは洗濯されているのだろう。
ペルペトゥスが軽々とベッドをどけて扉の前に置いた。比較的軽い素材とはいえ、小物を動かすくらいな感覚で動かしてしまうのはさすがだ。
「アド・アストラ・ペル・アスペラ」
元々ベッドがあった場所に手をついて合言葉を唱えると、いつもの祭壇への扉が開いた。中は変わらず、いつも通りに体の一部を置いて呪文を唱える。
帰りも特に問題はなく、ベッドを元の位置に戻して森へと空間転移した。
「これでぼくらの目的は完了したから、いつでも次に行けるね」
「あとひとつだな」
残るは北の凍土にある祭壇だけだ。ここ数十年、人の立ち入りはないらしいと聞いている。
「魔物の領域と聞くと普通は嫌厭するのだろうが。今はむしろホッとしている」
「あはは。エルフとかヴァンパイアとかヒトとか、ヒト型と関わるの大変だったもんね。まだここは終わってないけど」
「すみません。このままいなくなるのはやっぱり後味が悪くて」
「じゃあ、ゴーティー王国を見に行こうか。絨毯ごと透明化をかけて」
「絨毯ごとですか?」
「うん。ぼくらの絨毯がゴーティー王国に出入りしてるのをこの国の人に見られて、女王様に報告されたらめんどうでしょ?」
「確かに」
完全透明化の魔法を絨毯や荷物にもかけて、改めて出発だ。
島と島の一番陸が接しているあたりは、小舟でも十分もかからなさそうだ。人によっては泳げるだろう。
細い土地がマスタッシュ王国から少しずつ離れていった後に大きくふくらみ、パイプの形になっている。
植生はあまり変わらない。ところどころ開けている場所が村や町なのはマスタッシュ王国と同じだろう。
「一番大きな町はふくらみはじめのあたりですね」
「行ってみようか」
空を飛んでいくとそれほど遠くない。町が近づいてくると、先の方にある別のものが気になってくる。とんがり帽子のような形に岩や土が盛り上がっている場所がいくつも見える。
「あれはなんでしょうか?」
「人工的な感じがするな」
「マスタッシュ王国にはなかったですよね」
「王墓じゃない? ピラミッドに似てるし、権力者って大きいものを建てたがるから」
世界を回っていろいろと見てきただろうスピラの説には説得力がある。参謀ルーカスも同意した。
「そんな気がするね。逆さまにしたヒゲの象徴っぽくも見えるのがおもしろいね」
(確かに……!)
あごヒゲだと言われるとそうにしか見えなくなってくる。島の形ではなく、王墓の形からゴーティー王国の名がついたのだろうか。
上空から街に近づいても、マスタッシュ王国の時と違って特に反応はない。完全な透明化の魔法が効果を発揮しているのだろう。
「あ、ちゃんと布の服ですよ!」
女性は片方の肩から布をかけ、胸の上で巻きつけて、そのままひざ上あたりまでかかるような形の服を着ている。肩や脚の露出は気になるけれど、マスタッシュ王国の後だとちゃんとして見えて感動してしまうから不思議だ。
「こっちだと目隠しされなさそうでよかったね」
「ああ」
ルーカスが冗談めかして言って、オスカーがまじめに頷いた。
「……むしろ男が露出しすぎじゃないか?」
男性の方は、同じようなデザインなのに、なぜか胸の下で布が巻かれていて片方の胸が覆われていないし、丈も短くて、動きによっては中が見えそうだ。
「いや、まああのくらいなら……」
オスカーが眉をしかめつつも寛大に言う。
「あまり見たいものではないのですが、ちょっと視線を外しておけばなんとかって感じですかね」
「見たくないんだ?」
スピラが驚いたように聞いてくる。
「なんとなくイヤじゃないですか? 好きな人以外の異性の体を見るのって」
「ジュリアちゃんはオスカーくん以外は男じゃないって言ってたから、気にしないのかなって」
「気持ちの上ではそうでも、外見は外見なので。なんでしょう。オスカーは積極的に見たいけど、他の人は気持ち悪いです」
「積極的に見たいのか……」
「気持ち悪いんだ……」
「え。すみません、忘れてください……」
普通そういうものだと思っていたけれど、誰一人同意してくれない。オスカーが恥ずかしそうなのも恥ずかしい。男女の違いなのか、自分が違うのかはわからない。
「マスタッシュ王国から連れてこられた人たちはどこでしょう?」
「あの国の格好をした女性は見当たらないな」
「両国とも日に焼けた外見は同じだから、同じ服を着たらわからないですよね」
「雰囲気的に、町中にはいない気がするね」
「ふむ。格好が違う男であれば、町の外におったのう」
「そうでしたか?」
「ペルペトゥスは強化なしでも目がいいから、上から見えてたんじゃない?」
「あ、なるほど」
「様子を見に行ってみる?」
「そうですね。行ってみましょう」
ペルペトゥスが見たという方向に絨毯を飛ばしてもらう。状況がわかりやすいように低空飛行だ。
「何かを建てているようであったか。円形の土台が見えておったのう」
「あの逆さヒゲと同じものかな。他国から連れてきた奴隷に王墓を作らせるっていうのはよくある話だよね」
「奴隷……」
なんともイヤな響きだ。胸のあたりがザワザワする。
それほど距離はなく、すぐにそのエリアが見えてきた。
「きゃっ」
そこで働く男たちの姿が目に入ったとたん、つい悲鳴をあげてしまう。反射的に手で両目をおおった。
後ろ姿だと裸にしか見えない。前は一応隠されているけれど、硬質な筒のようなものが前に突きでていて、むしろ強調されている感じがものすごく恥ずかしい。
(ちょっと待って。何アレ……)
インパクトが強すぎて夢に見そうだ。もちろん悪夢でしかない。




