25 昨夜は激しかったらしい
早起きして、空間転移でマスタッシュ王国の近くまで戻った。他のメンバーを海上にドロップして、オスカーとユエルと王宮の客間に戻る。
朝食に呼ばれて部屋を出た瞬間に女王に抱きしめられて頬ずりされた。
「ジュリオ! おお、妾のかわいいジュリオ!」
唇へのキスを求められたから、手を挟んで防ぐ。
「なんぞ、あれだけ激しい夜を過ごしたというに、人前では恥ずかしいのかえ?」
「えっと……、はい……」
そういうことにする以外にない。
「ほんに愛いの。こんなにもかわいいそなたが獣のような一面を見せようとは。ひと月と言うたが、妾はこの一晩でそなたなしでは生きれぬ体になってしもうた」
(ちょっと待って。女王様、いったい私でどんな夢を見たの……)
頭を抱えたい。
「朝食は妾のひざでとるのと、妾がジュリオのひざでとるのと、どちらがよいかえ?」
「すみません、普通にイスに座って食べたいです」
ひざに座るならオスカーのひざがいい。とは思っても言わないでおく。
「昼のそなたはつれぬのう。そのギャップがまたよいが」
腕を組まれて胸を押しつけられる。そのくらいは許容しておく。反対の手でオスカーの手を握ったままなのが救いだ。彼には不便をかけているけれど、目が見えない設定にして本当によかった。
(おかげで補助のために宴の時も隣に座らせてもらえたし、朝ごはんの席も隣だし)
少なくとも自分の目が届く範囲では手を出されていないのも、目隠し効果があるのではないかと思っている。顔が隠れていなかったら、カッコよすぎて入れ食い状態間違いなしだっただろう。
軽くオスカーを手伝いつつ、反対側からぐいぐいくっついてくる女王様の相手もする。
「そういえば、そなたの仲間には魔法使いがおると聞いたが」
「はい。二人、魔法使いがいます」
ということにするようにルーカスから言われている。
魔法の絨毯を運転してきたスピラと、ホウキに乗ってスピラと逃げたルーカスのことだ。
ペルペトゥスはヒトの姿では魔法を使えないため、スピラのホウキに乗って行ったらしいから問題ない。
自分たちは魔法使いだと知られない方がいろいろと工作しやすいだろうとのことだ。
「お相手願ったら逃げられた上、夜もどこに泊まっておったかわからぬと陳情があっての。彼らは女に興味がないのかえ?」
「私たちの国では体の関係を持つ前に心を通わせることを重視しますし、その人と決めたパートナー以外と関係を持つのは倫理に反していると考えられます。
なので、女性に興味がないというより、順番が違ったのではないかと」
「ほう。それはつまり妾がひと目でジュリオを愛したのと同じように、そなたも妾に惹かれたということかの」
「……ソウデスネ」
答えた声がものすごく平坦になってしまった。さすがにここで「いいえ」と言うわけにはいかないのはわかっているけれど、演じきれるほどのスキルはない。
が、女王は嬉しそうだ。言葉だけを受け取ってくれたのだろう。
「安心せよ。妾の生涯の伴侶はそなたを置いて他にない。今後は他の男とは通じぬと誓おうぞ」
「……コウエイデス」
事が収まるまでは女王を虜にしたままでいるようにと言われている。騙しているのがすごく心苦しいけれど、今は割りきるしかない。
「そなたと妾の子であらば、目に入れられるほどにかわいかろうな。十人以上は産みたいの」
(いったいなんのチームを作る気ですか、女王様……)
「話しておったら欲しうなってしもうた。朝食後はどうかえ?」
(元気ですね、女王様……)
昨夜はしっかり寝ているのだから、元気なのは当然かもしれないが。
「えっと、すみません。私たちは旅をしながら各地の風土を調査していて」
ということにすることになっている。
「お誘いは嬉しいのですが、いろいろとやることがあるので、また夜に……、幸せな夢を見せられたらと思います」
「楽しみにしておるぞ!」
思いっきりデコちゅーをされた。唇以外は拒否していないからか遠慮がない。
本当の意味で夢を見せるのだけど、女王は比喩として受けとってくれているはずだ。
王宮の庭に絨毯が迎えに来る。自分たちがここを出発した事実が必要だからだ。街中での合流は身の安全に関わるから絶対にしたくないとのことで、女王の許可をとって庭に出入りさせてもらえることになった。
絨毯が浮かびあがり、街が小さくなってくると少しホッとする。
「お疲れ様。朝の方が大変だったでしょ」
「気に入られすぎていて怖いです……」
「あはは。大変だろうけど、少しの間だけ辛抱してね。どんな結末を目指すにしても、女王様はキーパーソンだろうから」
「わかりました……」
街から少し離れたひと気のない森へと向かう。目撃されても簡単には来られない距離だ。
下からは見えないだろう位置でオスカーの目隠しを外すと、オスカーが難しい顔をしている。
「どうかしましたか?」
「……いや、自分の問題だから気にしなくていい」
「ジュリアちゃんが穢されたような気がした? あるいは、うらやましいのかな」
ルーカスが軽く言うと、オスカーが不快そうに眉を寄せた。
「ブルネッタ様、朝から凄かったですものね……。一回全身を洗いますね」
洗浄魔法で丸洗いだ。これで熱烈なデコちゅーも洗い流されたと思いたい。
「うん、ちょっと違うんだけど、ジュリアちゃんはそれでいいと思うよ」
「?」
何を言っているのかわからないから、ルーカスの言うことは放っておく。
「あの。キレイに洗ったので……、おでこ、キスしてもらいたいです」
洗い流したからオスカーと女王の間接キスにはならないはずだ。洗ってもなんとなく残っている感触を上書きされたい。
オスカーが目をまたたいてから、小さく笑って頷いてくれる。優しく触れる感触がとても愛おしい。
「オスカーくんは本当に、ジュリアちゃんが男の姿でも一切気にならないんだね」
「スピラさんは気になるんだ?」
「私? どうだろう。……むしろ私が女性になって抱かれるのもアリな気がしてきたかな。あれ、今自分で言ってて名案だと思ったんだけど。ジュリアちゃん、男の私がダメなら、女の私を抱く?」
「黙れ。吸血鬼の時に男でいたいと言っていたのはどの口だ」
「あの時はジュリアちゃんが女の子のままっていう前提だったからね。完全に入れ替えるなら、それはそれで倒錯的でよくない?」
「その感覚はわからないし、中身がジュリアである限りは体の性別がどうなろうと渡す気はない」
「……オスカーが女性になったら、できそうな気がしました」
「ジュリア?!」
「あはは。さすが、ジュリアちゃんはブレないね。だって、スピラさん」
「……もういっそ生まれ変わってオスカーくんになりたい」
「スピラさんが生まれ変わった時点でそれもうオスカーじゃないよね」
ルーカスが軽く笑う。
そんな物騒な想定はやめてほしいと思うものの、話しながら少しオスカーを補充できたのは満足だ。




