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23 キスもそれ以上も回避したい


 これまでの伴侶じゃなくていいのかと尋ねたら、ブルネッタ女王は自分の方がいいという。


「あの、でも、他の人たちは」

「どうであろうな? この国は元々特定のパートナーを持たず、みなの子をみなで産み育てる文化じゃからのう」

「え」

 言葉はわかるのに、まったく想像できない世界だ。


「いくらか思い入れが強い相手はおるやもしれぬが。その者でなくてはならぬというほどのことは珍しかろう」

「……ちょっと、なんと言っていいのか」

「構わぬ。外から来た者はだいたい驚くようだからの。けれどヒトも自然に生きる動物の一種であり、種の存続を最優先とするなら、にかなっておろう?」

「……この国ではそうなんだな、としか」


「ふふ、安心せよ。そなたがわらわを抱く限り、他の者と通じたりはせぬよ」

 そこではないのだけど、曖昧あいまいに笑ってごまかすしかない。


「なんぞ、他に聞きたいことはないのかえ? まだメインが残っておろう?」

 再び唇を示される。それはなんとしても回避したい。


「知りたいことは大体わかりました。ありがとうございます」

「ふむ。ところで、わらわからも気になっておることがあったのだ」

「なんでしょう?」

「今度はわらわからのキスでジュリオが答えるのはどうかえ?」

 女王が体を起こし、顔を近づけてくる。唇と唇の間に両手を挟む。避けるように少し後ろに引かれた感じがあったのは、透明化してついてきてくれているオスカーだろう。


「キスなしで答えるので、そのルールはなしでお願いします」

「残念よ。夜の楽しみにとっておくかの」

「あの、それで、聞きたいこととは」

「その格好は暑くないのかえ?」

「この服ですか?」

 使っている布の質は夏向きの比較的薄手のものだ。もちろん透けたりはしないが。


(魔法は知られない方がいいわよね……)

 快適さを保つのに使っている気温調整の魔法は古代魔法だ。話せるものではない。

(あ、ちょっとひんやりしてるって言ってたの、適温の層があるからかしら)

 この国の外気温はかなり高そうだ。それに比べたらひんやりしているだろう。


「……この国ではちょっと暑いですが、まあ、過ごせるくらいですね」

「ほう。汗ひとつかかぬとは。やはりそなたは天使か何かか」

「普通の人間です……」

「男の肌は熱くてベタついているのも苦手での。汗くさいのも敵わぬ。ほんにそなたはよい。わらわの天使じゃ」


 女王からほほをさわさわされる。その手が肩の方に行きそうなタイミングで、オスカーの重さが離れた。触れられて気づかれないようにするためだろう。残念だけど、オスカーが女王に触られるのはイヤだからいい判断だと思う。

 抵抗しないでいたら、女王から軽く抱きしめられて首筋を吸われた。女王の片手が下半身の方へと滑っていく。


(えっ、ちょっ、助けて……!)

 そう思ったとたんに、女王の全体重がかかった。

「やっ、待っ……」


 押し倒されるのかと思ったけれど、よく見ると気を失っているようだ。

『ジュリア、聞こえるか? 見かねたから軽くサンダーボルト・スタンをかけた』

 通信の魔道具越しのオスカーの声にホッとする。詠唱が聞こえなかったのは、他の誰かに通信を繋いだ状態で唱えたからだろう。


『すみません……、助かりました……』

『ん。それほど長くは気を失わないはずだから、疲れているようだとでも言って降ろして立ち去るぞ』

『わかりました』

 女王のお付きたちに疑われないようにしないといけない。

(えっと、えっと、こんな時、ルーカスさんならどうするかしら……?)


「……いとしのブルネッタ女王様。どうぞおたわむれは夜の楽しみに。お疲れのことでしょうから、しばしお休みを。私も再会を楽しみに、一度失礼させていただきます」

(こんな感じでどうかしら?)

 ちょっと大げさに言ってみたけれど、不審がられた感じはしない。


『フローティン・エア』

 通信を繋いだ状態で呪文を唱えて女王にかけ、自分で定位置に戻ったように見せる。完全に浮かないように調整するのは難しかったけれど、なんとかなった。

 女王のそばを離れると、オスカーが手をつなぎ直してくれた感覚があった。ホッとして、しっかりと握り返した。



 一度元の部屋に戻ってオスカーの身代わり人形を解除して、目隠しを回収し、オスカーとユエルの透明化を解いた。

 ユエルにオスカーの分の通信用の魔道具を持たせ、扉が叩かれたら連絡するように頼んでから、ルーカスに提案されていた方法で王宮を抜けて合流し、海底で休憩しながら女王から聞いた話をひととおり共有した。


「ということでした」

「なるほどね」

「あの。これからどうするかの前に、オスカーが心配なのですが」

「オスカーくん? いつも通りじゃない?」

 スピラが不思議そうにする。

「え。明らかに表情が暗いですよね?」


「オスカーのそのへんの違いがわかるのぼくとジュリアちゃんくらいじゃない?

 で、どうしたの? ジュリアちゃんにキスマークつけられたのがそんなにショックだった?」

「……それもある」

 オスカーがしぼりだすように答える。

「え。キスマークですか?」

 ルーカスが首筋を示してくる。最後に女王様に吸われたところだろう。


「自分もまだつけていないのにとも思うし、相手が女性でも許容できない自分にも驚いているし、最初はルーカスの指示だったのが反応がかわいくて調子に乗ったことも反省しているし、中身がジュリアなら体が男でも問題なくいけそうな自分にも驚いている」

 いつもより少し速いペースでひと息に言われた。


「……私にいろいろしてたのってルーカスさんの指示だったんですか?」

「通信をつないで状況を報告してもらってたからね。ジュリアちゃんが気を持たせた方が女王様の口が軽くなるかなって」

「抱きしめるといつものジュリアの匂いがするし、いつもよりは体格がよくなってもやはり小さくてかわいいし、女性の体でないなら逆に許容されないかとも思い始めてしまうし……、だいぶ煮えた自覚はある」

 オスカーはオスカーでいろいろな葛藤かっとうがあるらしい。


「スピラさん、一回元に戻してもらってもいいですか?」

「うん。リーベラーティオ」

 スピラが古代魔法の解除呪文を唱えると、いつもの自分に戻った。服の胸元がきついし肩が重いけれど、こっちの方がしっくりくる。髪も元の長さだ。


「オスカー」

「ん?」

「上書きしましょう」

 言って、彼が座っている前に座る。


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