22 キスひとつで質問ひとつ
「なんぞ、妾に会うのが待ちきれなんだか?」
謁見を願い出ると、女王に機嫌よく迎えられた。
「はい。どうしても今お会いしたくて」
「愛いやつよ。近う寄れ」
手招きされたから、おとなしく近くに行って、段差になっているところに座った。
透明化して一緒に来てくれているオスカーの手が離れる。さすがに手をつないだままではいられないからだろうか。少しさみしい。
「ほう。その趣向もよい」
女王が笑って、もそっと動き、自分の腿に頭を乗せてくる。
(えっ、ちょっ、そこはオスカー専用……!)
思ったけれど、相手は女性だ。ぐっとこらえる。
「ジュリオはいい匂いがするのう」
ハァハァされても困る。
「少しひんやりとして心地いいのもよい。ずっと触れていたくなる」
(助けて……)
ふいに背中に体温を感じて、肩の上から腕を回された感じがした。姿は見えない。オスカーの重みだ。
首筋にかすかに吐息がかかった。
(ちょっ、オスカー?!)
後ろから抱きしめられていると、彼のものだと宣言されているような気がする。嬉しいような恥ずかしいような嬉しいような、やはり恥ずかしいような感じがして、顔が熱くなる。
「反応がういういしいのもよい」
見上げてくる女王様がご満悦だ。彼女に反応しているわけではないけれど、勘違いさせたままにしておくしかない。
「あの、女王様にお尋ねしたいことがあります」
「なんぞ?」
「この国には男性がいないのでしょうか」
「至極当然の疑問よな」
女王がどこか気だるげに言って、少し考えてからニヤリと笑った。
「ジュリオのキスひとつで、ひとつ質問に答えるという趣向はどうじゃ?」
「はい?」
「この国のことが知りたいのであろう? ほれ、はよせい」
指先でちょんちょんと唇を示される。女性同士ではあってもさすがに、オスカー以外とするのは抵抗がある。
(ひゃんっ?!)
ふいに首筋に唇が触れた感触があった。見えていないのをいいことに、オスカーはなんてことをするのか。とっさに声をあげなかった自分を褒めたい。
(……あ。唇以外のところにすればいいっていうこと?)
通信の魔道具で教えてくれればいいのにと思いつつ、女王様のおでこに軽く唇を触れさせた。
「ふむ。まあよい。今はそのういういしさを楽しんでおくとしよう。
ジュリオはこの国が戦争に負けたことを知っておろうか」
「えっと、はい。隣のゴーティー王国ですよね」
「うむ。戦争に負けた代償として、老若問わず全ての男を労力として連れて行かれたのよ」
「え」
「元々若い戦士たちは殺されたり捕虜にされたりしておったが。子どもであっても男は全て連れて行く、と。既に子を身ごもっておる者も全て連れて行かれた。この国を根絶やしにする気しか感じぬであろう?」
「なるほど……。それは困りましたね……」
「うむ」
大きな国だと難しいのだろうけれど、この国くらいの規模ならできてしまうのだろう。
「そもそもなぜ戦争を?」
尋ねると、女王が再び唇を示す。今度は軽く目元にキスをしておく。
と、オスカーに頭を撫でられた。嬉しいけれど不意打ちはやめてほしい。全力でオスカーに甘えたくなりそうだ。
「ゴーティー王国とは長年、確執が続いておってのう。始まりはもうわからぬ。はるか昔から数十年おきに争っては、互いに相手から何かを奪いとる関係なのじゃ」
「そうなんですね。今回のきっかけはなかったんですか?」
「今回は、堺の海の魚がどっちのだのなんだで殺しあいになったような、そんな話であったな。妾の耳に入った時にはもう止められる争いではなくなっておった」
その程度のことでと思うけれど、両国の人たちからすればその程度ではないのだろう。女王は女王で苦労している気がする。
「この国に、魔法協会とか冒険者協会のような、世界的に支部を持っている協会の支部は設置されていないんですか?」
魔法協会や冒険者協会に依頼すれば調停も可能だと思う。
例のごとくキスを求められて、今度は手をとって軽く指先に口づけた。
「今はない。ここにもゴーティー王国にもなかったはずじゃ。どのくらい前だったか、互いに魔法使いやら冒険者やらを雇って戦ったことがあった。両国とも国土がめちゃくちゃになり、追い出したのだったか」
使い方が物騒だ。なぜ平和的解決を依頼しなかったのか。
通常、魔法協会も冒険者協会も戦争には加担しない。そうなる前の話なのか、あるいは何か事情があったのかまではわからないけれど、そこまで知る必要はないだろう。
「それで、私たちのような男性の旅人なりが来るのを待っていたのでしょうか」
勝手がわかってきたから、自分から女王の手の甲にキスをした。
「うむ。男どもを取り戻すのはムリであろうからと、外海に使いを出したりもしておるのだが、まだ無事に戻った者はおらぬ。お主らが来たのは僥倖であった。なによりジュリオはかわいいしの」
腿をさすさすされる。どう反応したものかと考えるより先に、オスカーにうなじを軽く舐められた。ゾクゾクして熱い。
「ふふ。夜までガマンできなくなりそうだの。ジュリオもそうであろう?」
(ううっ、違うのに……)
自分を反応させているのは姿が見えないオスカーだ。決して女王様ではない。がんばって呼吸を整える。
「……これまでの伴侶じゃなくていいんですか? 国のみなさんも、本当は本来の伴侶がいいんじゃないんですか?」
国を存続させるという意味では、女王や他の人たちの行動は理にかなっているところもある。けれど、感情的にそんなに簡単に割りきれるものだとは思えない。
自分は、オスカー以外はイヤなのだ。たとえシないと人類が滅びると言われたとしても。
てのひらにキスをすると、女王から頬を撫でられた。
「まず妾は、この国の男たちよりジュリオがよい。妾が夢に描いていた理想が目の前に現れたようなものだ」
「……そうなんですね」
「男くさいのは苦手での。白い肌に細い四肢、穢れのない無垢な身体……。はよ味わいたいものよ」
元の自分よりは性別を変えてからの方が骨が太くなっているし背も高くなっているけれど、男性の中だと細いし、小柄だ。肌の白さは元のままだから、この国の人たちを基準にすると現実離れしているかもしれない。
が、恍惚と言われても困る。
と思ったのと同時に、オスカーに軽く耳を食まれた。
(ちょっ、オスカー?!)
体がそういうモードになりそうだ。
「ふふ。ほんに愛い」
服の上から撫でられる。なんとも変な感じだ。




